表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/147

【五十七点】前に進む勇気、自由で在り続ける強さ

『話の方はアイツから聞いてる。 悪かったな、俺の所為で』


「いや、あんたの所為じゃないよ。 諸悪の根源は彼女の方だ」


 出会って早々、大英雄は頭を下げた。

 言葉は軽いが、そこには確かな誠実さが籠っている。本気で自分が悪いと思って、それを態度に表してくれたのならば俊樹としては何も言うことはない。

 それに、そもそもの原因は怜だ。目の前の男の嫁こそが、俊樹の生活を一変させてしまった。

 大英雄とて蘇るつもりは無かったのだ。にも関わらず、予想外でありながらも彼女の手によって意識だけでも蘇生は果たされた。

 全ての始まりこそが悪であって、大英雄は巻き込まれただけだ。それを悪く言うのは違うだろうと、俊樹は逆に同情すらしていた。

 

 兎も角、こうして此処に来たのはすべきことをする為だ。

 大英雄としても此処に来たのは話をする為だけではないと解っているのか、俊樹の次の言葉を静かに待つ。


「分離作業は難しいってさ。 それをするくらいなら、制御に重きを置いた方が良いってのがあの女の見解」


『そうか。 まぁ、あいつが言うならそうなんだろうな。 ――で、やるのか?』


「ま、肉体に何が起きるか解らない以上はそれが一番だろ。 やるさ」


 肩を回して告げる俊樹の言葉に、大英雄もよしと答える。

 大英雄としては彼に対して罪悪感があった。自分の力の所為で彼に悪影響を齎してしまい、怜曰く暴走しかける事態になったのだ。

 俊樹は気にしていない素振りだが、それでも協力はすべきだろう。自分がもう終わった人間であるということも理由としては大きい。

 終わった奴が何時までも生にしがみついて何とする。終わった人間が出しゃばっても基本的に良いことにはならない。

 

 さて、周辺の白い空間の中で両者は身体を向かい合わせる。

 何をするかを決めるのは大英雄だ。俊樹は方向性を知ってはいるが、辿り着くまでの道程を知らない。創炎に詳しい者が道程を作らねば、目的に到達することはないだろう。

 

『俺の考え方がお前に影響を与えているってのはあいつから聞いた。 だからこれまでは俺があまり思考しないことで抑え込んだが、それじゃあお前が炎を使っても現時点での全力を引き出すことは出来ない』


「一応、ヴァーテックスは事が終わるまでは直るのは避けたいってスタンスだから、露骨に改善の兆候があるのは止めてほしいだろうな。 やっぱり、創炎を使える人間じゃないとあんたらの祖先を倒すのは難しいから」


『とくれば、必要なのは二点だ。 先ず一つはお前自身の精神的強度を増やす。 俺の影響を受けてなお、自分を意識し続けられるように鍛えよう。 二つ目は、その上で限界出力を引き上げて余力を作る』


「余力を作る……」


 大英雄の語る目標は実に明瞭だ。

 一つ目、己を見失わぬ精神的強さを手にする。これによって意識の暴走を抑え、創炎の全力を維持出来るように改善する。

 二つ目、全力の上限の上昇。これまでよりも限界の数値を高め、なるべく余力を作った状態で勝てるように変える。

 共に簡単に言えることだが、やるとなれば苦しいことになるのは想像に易い。そもそもの限界値が俊樹には解らぬのだから、そこから探る必要がある。


「限界出力が解らないけど、それはどうする?」


『此処で引き出してみろ。 肉体面には異常が出ないよう、俺側でコントロールする。 意識が切り替わる寸前を見極め、瀬戸際を自覚するんだ』


「難しいことを……」


『やらねば解らないんだから、やるしかないだろ』


 実践あるのみ。その言葉は正しいが、だからといって危険行為であるのは確かだ。

 それでも今はそうするしかないと、俊樹は何時ものように創炎を発動する。この意識内で上手く動くのかと若干不安になるも、その点は問題無く発動した。

 急激に発生する炎が視界に映る。体感温度も心なしか上がっているようで、外で発動しているよりも敏感に感じ取ることが出来た。

 後はその出力を上げていくだけ。収束を気にする必要は無く、取り敢えず慎重を第一としてゆっくりと引き上げる。

 どんどんと増す炎。大英雄の目には、炎で陽炎を作り上げる男の姿が映る。

 

 創炎の仕組み自体を大英雄は知らない。けれど、この力の源泉は全て大英雄本人の炎だ。

 ならば、己の炎を調節すれば如何様にも出力を変えられる。暴走したとしても外側から弄れるのであれば、大英雄にとって不安は無い。ある意味安全装置としての役割をこの男は有していた。

 上げて、上げて、上げて、上げて――――俊樹の思考にふと妙な考えが浮かぶ。

 それは本当に小さな思考であり、集中していなければ見逃していたような一瞬の疑問。

 

 何故己は、こんな男の言うことを態々聞かねばならないのか。


「……ッ、!?」


 刹那、炎は露散した。

 周囲に火の粉を降らせつつ、俊樹は反射的に創炎を解除したのだ。

 一気に崩れる身体。奇妙な消耗を受け、息も僅かに荒くなる。あれは一体何だったのかと思考して、そんなのは一つしかないだろうと即座に結論付けた。

 大英雄も同じ結論に到達している。一瞬だけ向けられた殺意は紛れもなく本物で、俊樹の意識が変異していっていることは瞭然だった。

 つまり、そここそが今の彼の限界。うんと大英雄は頷き、未だ己に意識を向ける俊樹に一歩近寄る。


『さっきのがお前の限界だな。 変わり始めたことを自覚したか?』


「あ、ああ。 なんか急に物騒な考えが頭に浮かんだ」


『そうか。 ちなみにだが――――』


 大英雄は四肢に意識を向け、その身から炎を噴き出させる。

 俊樹の眼前で吹き荒れる炎の波は、人間が住まう街程度であれば容易く飲み込んでしまう程に巨大だ。

 

『これが、今のお前が出してみせた炎の量だ。 怜が繋げている分から考えて、全体の約二割ってところだろうな』


「これで二割? んじゃあ……」


『俺の本気はこんなもんじゃない』


 炎の規模がますます膨れ上がる。波が大海へ、色は赤から青へ。

 無限に続く炎の軍勢。俊樹が十人居ても足りない膨大な青が、白い空間を埋め尽くす。

 これを前にすれば、俊樹自身の全力などちっぽけでしかない。彼はその海を唖然と眺め、徐々に消えてなお衝撃は頭から抜けなかった。

 馬鹿げた出力値。いや、あれはそもそも人間が扱うべき基準に入ってはいない。

 大英雄。正に彼だけが使える炎が自分に宿っている事実に、深い違和感を抱いてしまった。

 これを使うべきは彼で、他の人間が使える筈がない。


『これでも貯蓄されていた分を考えた上での全力だ。 生きていた頃は、この更に十倍はあった』


「十倍!? ……あんた、本当に人間なのか?」


『周りからも同じことを言われたな。 まぁ、俺がどうなのかについては今はどうでもいい。 それよりも、先ずはお前の問題解決だ。 さっき見せた炎を十と考え、お前の炎を底上げするぞ』


「……出来るのか、それが」


 常識的に考えるのなら、少々の底上げは出来るだろう。 

 確かにあの炎は本来大英雄にしか扱えない代物だったが、出力を下げることで俊樹にも使えるように調整を施した。

 調整という枷を緩めれば、一割か二割の上昇は期待出来る。それだけでも世界で有数の強者として名を馳せることは容易だ。

 けれど、俊樹は頂点を見た。燦然と輝く玉座を見て、果たして暴走した思考が現状を良しと定めるのか。

 更なる高みを。そう願ってしまった時、果たして彼自身の身体はどうなってしまうのか。


『やらねば何も変わらない。 やる前から失敗を想定することを悪とは言わないが、そんなことを考えている時点で余裕があると言っているようなものだ』


「そんな訳――」


『本当に余裕が無いなら、そもそも良い方にも悪い方にも考えていられない。 現状の苦しみのみに焦点を当て、脱却だけに全てを注ぐ』


 ――覚悟しておけ。

 大英雄は目で語り、俊樹は自身の総身が恐怖で揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ