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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【五十六点】空の旅

 中国に向かう国際線の便は早朝である。

 俊樹は一週間分の荷物を新しく購入したキャリーケースに詰め込み、そんな姿を父は心配していた。

 何せ、これから向かう先は未だ国際的に不安な要素が強い国だ。如何に治安が改善されたとしても、そもそもの土壌が日本とは異なる。

 安全措置を取ったとして、日本のような安全意識を隣国が持っていると考えるのは難しい。粗製乱造を繰り返し、何か起これば直ぐに自国ではなく別の国の所為にするような国を信用など出来よう筈がないのだ。

 そこに設置された生産装置も、四家の力があるからこそ今もまともに稼働している。中国政府側も必死になって損壊を避けているが、こればかりは忌々しい家の連中の方が信用出来るだろう。


「無理そうなら帰っても構わないんだからな」


「解ってる。 俺だって馬鹿な真似はしたくないよ」


「そう言って馬鹿な真似をするのがお前なんだから。 頼れる奴には頼っておけ。 例えそれが嫌な奴でもな」


「……」


 海外では味方となれる人間が少ない。

 生産装置の件を鑑みれば、殆ど居ないと思って良いだろう。ヴァーテックスは既に現地に兵を向けたそうだが、それとて安心出来る材料にはなりえない。

 一度は戦った相手だ。友好的になるには、双方の間に些か距離が開いていた。

 加え、中国政府も日本での件は知っている。彼だけが全ての生産装置を操る権限を得たと知り、さてどのような対応をしてくるのか。

 胡麻を擦るか、捕縛するか、帰国させない状況にするか。

 少し考えるだけでも浮かぶ最悪なシナリオ達。関わり合いになりたくない世界に積極的に飛び込まねばならない事実は、少し憂鬱だ。 

 

 荷物を纏め、数日後には怜と家を出て空港に向かう。

 ここでも彼女の美貌が注目を集めることになるが、気にしていては仕様がないと無視を決め込み続けた。

 彼女もまた朗らかに笑みを浮かべるだけでまったく気にしない。五百年前でも同様の状態に幾度となくなったのは想像に難い。

 ヴァーテックスが手配した席はファーストクラスの高級な場所だった。

 飛行機に乗って何処かに行くといった経験も少ない彼は若干緊張しながら席に座り、CA達が酷く業務的な笑みを浮かべて対応する。

 ファーストクラスに座る人間は、総じて金のある者達だ。権力を持つ者も少なくはなく、機嫌を損ねればどうなるかも解らない。


 特に俊樹達はヴァーテックスの名義でファーストクラスの席に座っている。

 世界最大の軍の名義で乗ることになった青年と女性。どう見ても普通ではない搭乗客に、CAの女性陣は緊張を抱いていた。

 役員の家族か、それとも特殊な人間か。詮索するべきではないと慌てて首を振り、彼女達はその顔を笑みで固定させて嵐が過ぎ去るのを待つことにする。

 その様子は怜には丸解りだ。スパイが居ればと多少意識を外に向けはしたものの、この分であれば大丈夫であろうと対面に座る俊樹に目を戻した。


「意外に豪勢にしたね。 正直普通を装う為にエコノミーにするかと思ったよ」


「俺はそっちの方が良かったけどな。 変に意識される接客なんて面倒なだけだ」


「それはCAの努力次第ってことで。 ……さて、暫くは暇な状態だ。 寝てても構わないよ?」


「じゃあそうする。 ――ああ、いや、少し話を良いか?」


 一度目を閉じて、けれど何かを思い出したように再度目を開ける。

 うん、と怜は首を傾げた。彼女が話し掛けることはこれまでも幾度かあったが、俊樹側から積極的に話しかけることは少ない。

 話すとしてもそれは愚痴であったり、仕事に関することだ。雑談をする程の仲には未だ至っておらず、だからこそこうして話をしようと言い出すことは珍しい。

 良いよと彼女は返す。心なしか声音を落すことで、俊樹も声量を幾分か抑えて言葉を発する。


「例の分離作業。 どこまでいってる」


「……ああ、そうだね」


 彼が尋ねたのは、大英雄と自分の分離だ。

 思想の先鋭化、意識の強化、限界の超越。普通の人間が持ち得ない力は、総じて俊樹を生かすことに成功している。

 これがあったればこそ死ななかったのであり、そうでなければ今頃は棺桶の中に全身が入ってしまっていた。特に西条・実次との戦いでは絶命寸前にまで追い込まれていたのは想像に易い。

 だが、それ故にデメリットも大きかった。大英雄化とでも称すべき強靭な精神は、あらゆる人間の縛鎖を拒絶する。

 元々の性格も合わさり、強くなり過ぎた精神は他を求めなくなった。ただ己の自由だけを目指し、一人で何処までも飛翔する。例えそれが蝋翼であったとしても。

 

「現状、彼の意識は創炎と混じっている。 元々が彼の炎で構築されていたんだから当然だけど、正しい状態を間違った状態に変えるのは難しい」


「御託はいい。 結果を」


「……僕だけだと難しいね。 けど、中の彼とは話が出来た。 お蔭で現状を伝えて、内部からの解決を図ってる」


 悲観する程状況は悪くない。

 怜の表情は明るく、俊樹もその点には安堵の息を吐いた。

 彼女の説明を具体的にしていく。創炎を間違った形にする上で必要なのは中の大英雄本人の承諾だ。

 彼が抑えること、我慢することを選んでくれれば即座の暴走は無くなる。逆に彼が自分を第一とした場合、暴走の危険は加速する。

 されど、俊樹の精神は安定していた。これは中の大英雄が協力してくれているからで、ならば協力体勢は十分に敷ける。

 元より俊樹と大英雄の相性は悪くない。互いが互いに初対面で悪い印象を覚えず、寧ろ共感出来る部分が多かったので良いとすら言えるだろう。

 

「これなら強引に分離するんじゃなくて、彼と一緒に制御でも良いだろうね。 個人的にも、君の身体に異常が出るような真似はしたくない」


「植え付けた張本人だけどな」


「言わないでくれよ。 創炎自体は安全なんだからさ」


 困ったような笑顔に変わる怜を半目で睨みつつ、ならと彼は思考を切り替える。

 植え付けたのは彼女だが、流石に大英雄が居たことは本人にも予想外だった。それを責めることはしない。実際、創炎自体はメリットの方が大きい。

 厄介な血族に生まれることが第一条件とはいえ、強靭な肉体は生きていく上で絶対に必要だ。

 制御が出来れば、正に頼れる力と言えるだろう。

 そうなれるようにするには、やはりもう一度彼と話をするべきだ。勝手にやろうとしても考え方の相違で肉体に問題が発生しかねない。


「……一度相談してくる」


「そうしてくれ。 僕は正直、あんまり会わない方が良いんじゃないかと思ってるからさ」


「嫁なのに?」


「未練が出ちゃったら止まらない性分なんだよ」


 一度終わった関係だからこそ、怜はあまり直接の関与はしたくないのだろう。

 大英雄は既に終わった存在。死を望んだ男に対し、新たな生を与えることは絶望を与えることと変わらない。

 その考え方を俊樹は理解するだけに留めた。納得までしては、恐らく彼自身が大英雄の復活を望んでしまうだろうから。

 座り心地の良い椅子の背凭れを倒し、その場で目を閉じる。到着するまでは長い時間が掛かるであろうし、会話の後に一度実践してみるのも悪くはない。

 眠気は無かった。それでも、意識を深層へと潜り込ませていく。彼が居る場所へ、魂の在る場所へ。

 それは夢見る行為に近い。明晰な夢に到達し、己が好きな世界を創造する。

 

 瞼の裏は本来暗闇だ。だが意識の深層に伴い、世界は明るく照らされていく。

 遥か彼方の太陽に接近する星が如く、体感には熱が伴って離れてはくれなかった。


『これで二回目だな』


 白く照らされた空間で男が呟く。俊樹が向けた視線の先で、フードを被った赤いパーカーは立っていた。

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