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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【五十四点】ミテイルヨ

「渡辺家でも彼女の存在は大きかったが、最終的な結論は似たような恰好をした人造人間だった。 ……それが、まさか当人だと?」


「有り得ないとしか言えません。 仮に私達を見ていたとして、どうやって存在を維持していたというのですか」


 二人は驚きながらも、至極当然の疑問を口にする。

 当たり前だ。五百年前の人物が本当に居ると、彼等は本気で思ってはいない。居れば凄いなと口にはするだろうが、それだけだ。 

 幻想は幻想に過ぎず、理想は理想でしかない。今この時代に彼女は居らず、種々様々な問題は現代の己達で解決するのが道理。

 だから、彼の発言を信じることは出来ないでいる。協力関係を拒絶する為の苦し紛れの理由であると。

 俊樹としては信じようが信じまいがどちらでも良い。最終的に痛い目を見るのは彼等なのだから、態々必死になって材料を見せびらかすことも無い。

 

「何でも当人は肉体を捨てて魂だけの状態になってたんだとさ。 そんで、怪獣を生み出していた星の意思を排斥してその座に着き、これまで地球を管理していたんだと」


「はぁ?」


 渡辺の疑問の声にそうだよなと俊樹も肯定する。

 まるで三文小説だ。死んでいた奴が実は死んだ訳じゃなくて、オカルトも真っ青な意味不明な方法で天下を取っていた。

 怪獣は確かに偉人達が消えてから出現していない。そこだけを見れば彼女が怪獣に関係する何かに干渉したと推測を立てることは出来るが、詳細に語れば語る程に噓臭さに拍車がかかっていた。

 

「妙な話をするな。 俺達は真面目に言っているんだぞ」


「失礼な奴だな。 俺だって真面目に話しているさ」


 誓って、俊樹も渡辺も真面目だ。真面目に意味不明な真実を語り、それを受け入れることが渡辺や早乙女には出来ないでいる。

 これをこのまま続けても平行線だ。隠し事をしていない以上、俊樹には更に真実を語ることは出来ない。何せ、これが全部なのだから。

 二人が見ている前で俊樹は携帯を腰ポケットから取り出す。時間にして夜も夜なので、更に時が過ぎれば家人達が慌てるだろう。

 護衛として遠目で見ている彼女も、このままを良しとはするまい。喫茶店にまで黙って付いて行ったが、遅くなるのなら流石に断りを入れねばならないだろう。

 

「……まぁ、彼女の話が真実かどうかは今は関係ないだろ。 重要なのは、俺がお前達に何も話すことがないという部分だ」


「話の解らない奴だな。 今のままじゃお前は敵を作り過ぎるだけだと解らないのか。 このまま仮に生産装置を全部支配下に置いたとして、西条以外にも多くの政府を敵に回すことになる。 そうなる前に、出来る限り味方を増やそうと思わないのか」


「思わん。 そも、お前は勘違いをしている」


 彼等は解っていない。味方を増やす努力をしていないと口にするが、実際はもう万の軍を相手にしても勝てるだけの戦力を有している。

 そして、戦力はこれだけではない。管理AIであるルリが語る通りであれば、一つ支配下に置くことごとに五百年前の英雄達が仲間入りをしてくれる。

 彼等は俊樹を主とはしないだろうが、怜には従順であるだろう。それは結局、俊樹の味方となることと変わらない。

 一人増えれば、国一つを相手取れる程戦力が強化される。偉人の復活を否定している彼等には理解不能な話だが、味方は着実に増加するのだ。


「味方が増えることは既に確定している。 四家以外でお前達を打倒する術はあるんだよ」


「ARですか?」


「その予想は好きにしていろ。 俺から話すことではない――さて、もう良いんじゃないか?」


 不意に俊樹はまったく異なる方向に顔を向けた。

 先にあるのは壁が一つ。二人は一瞬顔を疑問に染め、次いで直ぐに何を言っているのかを理解した。

 だが、この段階で理解したのではもう遅い。外から唐突にノック音が鳴り、施錠された空間に場違いな来訪者が訪れたのだ。

 誰であるかなど態々考えるまでもない。最近になって俊樹と共に行動するようになった女。

 本家が西条・怜に極めて似ていると称した女性が、こうして俊樹を迎える為にやってきたのだ。

 

「……会員制の場所にすれば良かったな」


「どちらでも構いはしないと思うぞ? あれはそういう道理を気にしないからな」


 ほら、と俊樹が指で扉を注視させる。

 ノブにある鍵穴が徐々に軋みを上げ、段々と白い霜で光沢を曇らせた。

 そして、次の瞬間に軽快な開閉音が鳴る。扉はゆっくりと開かれていき、中から怜が穏やかな笑みと共に姿を現した。

 此処は一般の喫茶店だ。如何に個室があるとしても、セキュリティが強固であるとは言い難い。

 鍵開けの技術を習得していれば、此処くらいの扉であれば突破は容易だろう。

 

「――や、もう話は終わったかい?」


「ああ、元々無かったけどな」


 席を立つ。出入口まで歩み、それを止めようと早乙女が手を伸ばす。

 此処で行かせてしまっては彼等が今何をしようとしているか知ることは出来ない。少なくとも、手掛かりくらいは入手しなくては本家も予測は立てられない。

 けれど、伸ばした手は途中で止まった。誰が止めた訳でもなく、彼女が自分の意思で静止させたのだ。

 怜が見ている。笑みを浮かべながら、氷河の瞳が身動きをさせない。

 動けば殺す。彼に手を出せば殺す。余計な言葉を発しても殺す。動かないことだけが正解で、瞳の奥から僅かに見える殺意は濃密に過ぎる。

 

 本家の人間など比較にすらならない。

 彼女は彼女なりに死には何度も近付いた。鍛錬の中で師範役を務める人間から殺されかけ、動物に襲撃されて実際に肉を食い千切られた経験もある。 

 一瞬一秒が死に繋がる経験を積んでいる彼女は、それ故に敵意や殺意には慣れ親しんでいる。

 それでもなお、彼女は怜に怖れを抱いた。その目を見たくないのに、培った莫大な経験が逸らすことを許さない。

 

「それじゃ、僕等はこれでお暇するよ。 あんまりこの子に強要しないようにね。 ……じゃないと死んじゃうから」


「俺が弱いと言うつもりかッ」


 早乙女は気付いた。しかし、渡辺は気付いていない。

 彼女は今も見定めている。生き残らせるべきか、そうしないべきか。選別され、選ばれてしまった者は総じて屠殺される。

 文句を口にする渡辺の服を咄嗟に早乙女は握った。鼻息荒く立ち上がった彼は、彼女を見て眉を寄せる。

 どうして止めると言わんばかりの顔に、何故気付かないのだと早乙女は怒りすらも抱く。

 渡辺とて決して温い鍛錬を積んではいない。こと戦闘となれば、実力は拮抗している状態だ。

 二十六戦中十三勝十三敗。

 

 勝ちと負けを交互に繰り返したが故に、双方共に実力は把握していた。

 だからこそ、何故気付かないと憤るのだ。普段のお前なら絶対に気付く程、今の彼女は不機嫌だぞと。

 恐らくは挑発されたからだというのがあるだろう。これは先の一件だけでなく、これまでの俊樹に対する鬱憤も影響している。

 したくないことを強制されれば、人間は不満が溜まってしまう。それが渡辺の理性を薄れさせ、余計な行動を良しとしてしまった。

 そして、その隙に怜は気付く。この子は思った以上に単純なのかと。


「弱いというのは正しくないな。 君もそうだけど、そこの子も含めて前提が違うんだよ」


 意味深な言葉を送れば、怒りに濡れた眼差しが怜を射貫く。

 だがそれも、彼女にとっては幼子がじゃれついてくるようなもの。可愛い存在を視界に収め、馬鹿だなぁと内心で呟いた。

 

「この子は強くなろうとすればその場で強くなる。 限界なんて無いんだよ」


 怜は最後にそう言い放ち、俊樹の肩を掴んで一緒に部屋を退室した。

 後に残されたのは、彼女の放った言葉の意味を考える渡辺と――嵐が過ぎたことに安堵する早乙女のみ。 

 五百年前の偉人。不意に俊樹の放った言葉が、彼女の脳裏に過った。

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