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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【五十三点】喫茶店にて

「ヴァーテックスさんから話は聞いている。 向こうからの願いであれば此方も多少は目を瞑ろう」


「有難う御座います」


「うむ、その代わり課題は確りとな」


「はい」


 大学の放課後。

 担任と呼ぶには適切ではないが、俊樹は大学で最も受けた授業の教師から一部単位免除の資格を手にすることに成功した。

 一枚の資格書の紙をクリアファイルに収めてバッグに仕舞い、頭を下げて職員室から退室した彼は計画通りと口角を歪めて外を目指す。

 少し前から始まった一連の騒動を中身を弄ってヴァーテックス側が大学に告げ、甘い対応を取らせたのだ。

 今の彼は謎の武装襲撃者に親を入院させられた被害者であり、事情聴取や今後の対応に関する話し合いなどでヴァーテックスと密に行動しなければならない立場である。

 大学としてもそんな生徒を身近には置きたくないのだろう。快く送り出し、彼の見えていない場所で今頃胸を撫で下ろしている筈だ。

 

 思ったよりは上手くいった。

 俊樹の率直な感想だ。嘘も信頼のある組織からであれば騙され易い。加え、あの大学は特に有名でもない。生徒一人一人を大事にすると言いながらも、彼等は義務的に授業を施すだけ。

 親身になって相談する生徒は居るだろうが、教師が深く生徒と付き合うことは滅多にないだろう。

 様々な理由が重なり、今の俊樹はかなり身軽になれた。後は面倒な二人からの追求を避けることが出来れば御の字だが、正門まで辿り着いた段階でそれが無駄であると悟らされた。

 

 壁に寄り掛かる美男美女。注目を集めながらも、両名が見るのは俊樹ただ一人。

 何処で聞いていたかは定かではない。けれども、この二人であれば何処かで話を聞いていただろうとは俊樹も半ば考えていた。

 それでも運の良い方を願っていたが、現実は上手くいかないものだ。険しい顔をしつつ、彼は無視するように門の先へと歩を進める。

 何を言われても黙る。その意思で突き進むが、当たり前であれど二人が道を塞いだ。

 渡辺は眼光鋭く。早乙女は探りを込めて。

 どちらも感情を隠さないあたり、言いたいことがあるだけなのだろう。


「唐突だな、桜」


「何が、とでも聞いておけばいいか」


「此処では目立ちます。 近くの喫茶店に来ていただけますか」


「……嫌だと言えば?」


「残念なことになります」


 早乙女は彼の味方になりたがっているが、それでも彼が断わっている以上は完全な味方にはなれない。

 となれば、彼女は普通の四家として行動しなければならなくなる。彼の行動を本家に伝えるのは勿論、場合によって脅すような真似もしなければならないのだ。

 それが彼を生かすことに繋がるのであれば、今の早乙女家はどんな真似でもする。自身が生き残る事を第一とした様は怜に言わせれば無様だが、誰もが昔の偉人達のようには振る舞えない。

 超人である前に一個の生物だ。生存本能に抗うのは中々に難しい。

 

 舌打ちをして、それを承諾と取った美鈴は此方ですと先導する。

 案内された先にあるのは、妙に洒落た雰囲気の喫茶店。明らかに個人店と思わしき雰囲気を放ちながら、二人は慣れた動作で木製の扉を開ける。

 俊樹が一拍遅れて中に入ると、周囲はアンティークで溢れていた。

 テーブルから椅子、照明や硝子コップに至るまで。大きな物から小さな物まで古めかしい品で溢れたこの場は、妙な懐かしさを感じさせる。実際にこんな場所に居たことは無いというのに。

 店員もまた古い服装をしていた。女性は過去のデータに残されていた大正ロマン味のある着物に近い恰好をしていて、男性は男物の着物で接客をしている。

 

 特殊なコンセプトで営業されているのだろう。

 コスプレ喫茶に近い形で営業されているのか、年齢層も若い。その内の二名が俊樹以外に近付き、恭しく頭を下げた。

 数居る店員の中で、この二名は一回り老けているように見える。恐らくは店長かそれに相当する役職の人間だろうと当たりを付け、四人の会話に耳を立てた。


「ようこそいらっしゃいました。 本日はどのようなご用件で?」


「部屋を使わせてもらいたい。 なるべく会話の聞こえない部屋が良いな」


「畏まりました。 では此方へ」


 渡辺は随分と気安い態度である。

 格下に見ている訳ではないが、かといって同じ位置に居る人間として二人を見ている訳でもない。

 自然体の上位者と言うべきか。棘が無い分穏やかであるが、それは結局区分していることと差異は無い。

 これが渡辺の普段なのだ。学校では優しい男を演じ、早乙女も波風を立てない程度に本性を隠している。

 案内された部屋は四人掛けの椅子とテーブルが置かれた、物の少ない密室だ。

 個室としては広く、椅子をもう二つ足しても余裕があるだろう。赤い絨毯に黒檀の椅子と机は時代を感じさせ、退室していく二名に渡辺はついでとばかりにアイスティーを三名分頼む。

 

「まぁ座れよ。 此処なら騒いでも外には漏れない」


「……」


 無言で俊樹は座る。

 渡辺と早乙女も座り、両名とは対面の形で落ち着いた。

 暫くの後にノック音が鳴り、一名の別の店員がアイスティーを三名分テーブルに置いて退室する。

 他に注文は無い為、これで誰かが室内に入って来ることはもうない。部屋には三名の息遣いが僅かに聞こえるだけとなり、先に早乙女がアイスティーを静かに口に含んだ。


「単刀直入に聞くぞ。 何をするつもりだ」


「言う必要があると?」


「ある。 それ次第では、俺達はお前に協力出来ることがあるかもしれない。 癪な話だがな」


 ふんと鼻息を鳴らす渡辺はこの会話自体を望んでいないのだろう。

 敵意や嫌悪、あるいは侮蔑の感情がダイレクトに俊樹に伝わってくる。そんなものをぶつけるくらいならば来なければ良いのにと思いはするが、それをしては本家から文句を言われてしまうのだろう。いや、もう既に言われていると見るべきだ。

 実際、彼等との間に協力関係は無い。互いが互いに協調しないのだから、そうなるのも自然の理。

 唯一早乙女だけはなんとか歩み寄ろうとしているが、有利な場に居る俊樹が城の門を開ける真似はしない。

 

「実際、私達の持っている情報はいくらでも引き渡せます。 当主の情報となれば流石に本家に許可をいただかねばなりませんが、それでも貴方の為になると言えば知っている限りは教えていただけるでしょう」


「……はぁ」


 早乙女の提案は中国で出て来るであろう敵に対して有益だ。

 相手を知らねば策など立てられない。力量を知れば、派遣される戦力だけで解決出来るか否かが解る。

 魅力的な話だ。彼女がそれを是とした以上、嘘で終わらせることは恐らく無いのだろうとは思う。

 何も知らないままなら、それも致し方ないと協力するのも吝かではなかった。

 情報は何よりも必要だ。それが生死に直結する以上、どうしたって集める作業からは逃れられない。

 彼女達は即断で切り出した。必死であることがありありと伺え、もしかすれば自分だけでも助かりたいと思っているのかもしれない。

 

 兎も角、俊樹の答えは常に一緒だ。

 彼女達は大前提を理解していない。そういった情報の全てを怜が把握していることを、彼等は真に脳味噌で解っていないのだ。

 だから齟齬が生まれる。先日に教えたというのに、彼等は自分達についての全てを把握されていないと確信していた。それが愚かだと、どうして考えてくれないのか。

 実際に話せば、実際に彼女が能力を使う場を見れば、あれがどれだけ怪物じみた存在かを肌で感じることが出来る。 

 未だまともに相対していないからこそ、四家は何処かで慢心を抱いているのだ。


「だから、これで何度目だ? お前達が保有しているだろう情報は、もう全て把握している」


「……例の女性ですか」


「まさかとは思うが、偽物だとそっちは思っているのか? 確かに死者が蘇生するなんて馬鹿げた話だと俺も思うが――そもそも俺達の枠じゃ彼女を測れない」


 疑念の目が俊樹に向けられる。

 その目を見て、ああやはりと彼は生温い目を返す。そして優しく、聞き分けの悪い幼子に親が語るように優しく教えてあげるのだ。

 お前達の足掻きなんて、結局何の意味も無いのだと。


「五百年前の英雄。 彼女は確かに蘇生を果たしているよ、それもずっとお前達を見ていた上でな」


「……ッ」


「馬鹿な――そんな話がっ」


 今更の驚きが場を支配した。

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