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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【四十九点】愚かしくも美しき花

 ――銀閃が煌めく。

 金属音が鳴り、影の如き人影は小さく息を吐いた。

 相手の視線の先には氷の盾。細く長い棒の如き氷柱が宙に浮き、俊樹の目前で鋼を思わす硬度で対象を阻害する。

 人影は後方宙返りで距離を取り、そのまま二人の前に姿を晒した。

 全身を黒いローブで包んだ人物は、その手に一本の短剣を握っている。何の刺繍も施されていない無地のローブは街とはあまりに合わず、道行く人が居れば注目を集めていたことだろう。

 フードで顔を隠しているとはいえ、僅かに口元が見える。きめ細やかな白色の肌は、どうにも人間と思うには不気味に映った。

 

「――誰か、などと聞くのは無粋か」


 怜の他所向きの声が辺りに広がる。

 先程の攻防。けたたましく響いた金属音は、例えアパートやマンションの中に居ても聞こえていたことだろう。

 何が起きているのかと野次馬が如く様子を見に来る人間は居る筈で、にも関わらず様子を見に来るような人物はまるで見受けられない。

 此処は東京の街中だ。日本の重要都市の中央に近く、人口もこの国の中では最高密度を保っている。

 有り得ない状況だった。であれば、お膳立てされていたと考えるのが妥当だ。

 

「西条だな。 こうして街中で襲うなど、中々急いでいるようだな」


「…………」


「何も言わずか。 まぁ、いい」


 相手は無言で短剣を構えている。

 言葉を交わすつもりは無く、それは怜も俊樹も解っていた。突然の襲撃に俊樹自身の胸中は未だ驚きがあるが、それよりも先ずは相手を無力化する必要がある。

 目を赤に染め、両の腕に熱を通す。罅割れのように腕に走った炎の線に、相手は初めて小さく笑い声を漏らす。


「……やっぱり、やっぱりか」


「……?」


「お前を殺せば、私が当主だ」


 瞬間、相手は駆け出した。

 場所は街内。それも住宅地だ。周辺に広がる壁を跳ね、軽業師のように襲撃者は円形に動く。

 上下を意識した動きは認識速度を鈍らせ、極端な差に一瞬視界から襲撃者が消える。その僅かな隙間に差し込むよう、相手は滑るような動作で氷の盾を越えて俊樹の胸元に入り込む。

 狙いは急所の心臓か首。致命の一撃を決め、即座に決着を付ける。

 洗練された技術だった。殺害という観点において、目前の相手の技量は感嘆を吐いてしまいそうな程に見事だ。

 静かで、美麗さがあり、殺される瞬間を被害者側も認識出来ないだろう。

 

 極致に至ろうと磨かれた技だ。――故に、極致に至っている者には効果が薄い。

 短い剣の刀身を俊樹が左腕でそのまま掴む。触れれば切れる剣は赤熱した腕ごと彼を殺そうとするも、しかして刀身はどろりと粘性の液体へと変状した。

 そして、飛び込んだ人物に向かって今度は俊樹が右腕を振る。創炎によって強化された腕に爆発的な熱量を秘めた攻撃は、狙い違わずに相手の胸を捉える。


「――!?」


 殴れた鈍い音が鳴る筈の衝撃は、代わりとばかりに爆発音が鳴った。

 吹き飛び、そのまま相手は俊樹が居る場所とは正反対の位置にある壁に叩き付けられる。無理矢理加速させられた胴体は防御をする暇も与えず、相手は背中から叩き付けられたことで肺に入っていた空気を全て吐き出した。 

 

「一撃。 まともに入ったな」


 短く、彼は相手に放つ。

 確信を込めた言葉に、襲撃者は何も言えない。それは真実であったし、全身に走る激痛が余裕を奪っていた。

 胸元を見れば、ローブが破れている。力技による破壊ではなく、熱によって焼けた穴は白過ぎる肌をも焼いていた。

 爛れた肉は熱を持ち、既に痕が残るのは確定されている。そして意外だったのは、中央を破壊した際に谷間が見えたことだ。

 相手は細い。その上で谷間があるとなれば、性別は女。殴った感触が軽かったことも合わさり、襲撃者の正体がこれで少しは判明した。


「で、誰だ。 何処の家の者だ」


「っぐ、はは。 想像以上だ、さっすが――未来の旦那」


「は?」


 襲撃者はフードを脱いだ。

 そこから現れるのは、やはり女の顔。可愛らしさのある相貌は若く、見た目の年齢は俊樹より下だろう。

 黒のショートヘア。右側に一房若草色のメッシュが入り、瞳もまた優しさのある若草色に染まっている。

 だがその口は、可愛らしさとは無縁の肉食獣が如きものだ。犬歯を剥き出しにした笑みは、およそ普通の女性が見せるべき表情ではない。

 仮にそれを浮かべるとしたら、それは怒り狂っている時くらいなものだ。


「うんうん、ルックスも良いね。 金髪ってのがポイント高いよ。 赤い目も初代の正当後継者らしくてグッド。 ――全体的に見て、九十五点かな」


 何故か唐突に品評が始まった。

 彼女は怒りも見せず、寧ろ喜ばし気に彼を讃える。素晴らしい、素晴らしい、流石私の将来の旦那様だと奇妙な単語を口にした。

 

「お前、何を言ってる?」


 俊樹の困惑は当然だろう。怜は何となく言いたいことが解っている表情をしていたが、だからといって理解に及ぶには今一つ情報が足りていない。

 彼女がどのような存在であるかを、怜は知っている。あれは、最も生まれるべきではなかった異端児だ。


「俊樹、あれは実験体だ。 西条・実次が初代に到達する為に正妻とは別の女に産ませた子供だよ」


「――――あれの話をするなよ、女帝」


 西条・実次の種から発芽した、最強に至る為の材料。

 素材として誕生した彼女は、怜の言葉で途端に瞳を憎悪に染める。怨嗟が渦を巻く瞳には、理性の輝きは一つとして有りはしなかった。

 

「あれの名前を聞くだけで暴れたくて暴れたくて仕様がなくなるんだ。 それに、私を実験体なんて呼ぶなよ。 呼ぶべき座は、当主の妻だ」


「戯言を」


 怨嗟の眼差しが怜を見やる。

 底無しの闇を彷彿とさせる瞳を見て、しかし怜はつまらない者を見るように見返すのみ。そんな感情は飽きる程に彼女は観測していたし、そもそも襲撃者の前提情報が狂っている。

 彼女は当主の妻になると語っているが、俊樹は西条家の当主になる予定は無い。

 それに西条家は潰される。あそこが最も腐り果て、最早修正など不可能になっているのだから。

 異端児達に、厳しい状況に追いやられても自身の地位を守ろうとする者。頂点で君臨する実次が居なくなれば、途端に彼等はバラバラに崩れ落ちる。

 今の西条家を最強だと思う者は居ないだろう。個々人の実力が高いが故に刺激せずに放置しているが、戦力が無くなれば途端に他三家に潰される。

 

「西条家は無くなる。 他の三家も同様に、最低限を残して他の全てを取り上げることになるだろう。 そこに当主の妻の座は無い」


「へぇ、それは知らなかった。 なら、彼の家が新しい頂点になるのかな?」


「表面上は管理人として残した三家の人間が立つことになるが、実質的な支配者は彼になる。 こればかりは本人が否定しても無理だがな」


「強要した張本人がよく言う」


 黒幕の説明に俊樹が文句を言うも、既にそうなってしまったからにはそうする以外の道は無い。

 最低限表で活動する必要が無くなった事は良いが、だからといって今後裏側で活動することは変わらない。自分よりも遥かに目上の人物が交渉を仕掛けてくることもあると思うと、俊樹の胃は悲鳴を上げたくなった。

 襲撃者は諸々の説明を聞いて、納得するように首を何度も縦に振る。

 

「じゃあ、君の嫁になれば当主の妻になれるね?」


「事実だけ見たらその通りだが、お前みたいな奴を嫁になんてするかよ。 あの家の血が入ってるなら余計にだ」


「血については勘弁してよ。 生まれは選べないんだから」


「……兎に角。 初対面でもあるし、どうせお前も他と一緒で精神破綻を起こしてるんだろ。 いきなり襲撃を仕掛けてきたあたり、どうにも血生臭いことが好きなようだしな」


「はは、解る?」


 朗らかな雰囲気すら放ちながら、襲撃者は袖の中から二本目の短剣を取り出す。 

 切っ先を彼に向け、女は愛しさの欠片も無い喜悦の眼差しを送る。愛情のあの字も知らない人物からの求婚に、俊樹は自身の女運を呪った。

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