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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【四十七点】平和主義VS勝利主義

 平凡な大学の内容はやはり普通だ。

 特別な授業は無く、テストの数々も決して難易度は高くはない。その分だけ質の悪い人間も散見されるが、彼等は彼等で独自のコミュニティを作るだけであまり誰かに暴力的になることもない。

 不良はこの時代でも存在している。社会への反抗、親への反抗、皆と同じであるという常識への反抗。

 可愛らしいものから後戻りが出来ないものまで、偏差値が高い大学では見ることのない者達が自然に存在している。

 彼等が真面目に授業を受けることはない。常に自分にとって楽な道を選ぼうとし、その結果将来を溝に捨てる者達だ。

 欠伸をしている一人の身形の悪い者を見て、俊樹は睨みたくなった。お前が平和を望んでいないのに、どうして平和を願う俺に穏やかな日常が来ないのだ。


「先生が見ていますよ」


「解ってる」


 隣に相変わらず座ったままの女――早乙女・美鈴(みれい)の注意に俊樹はぶっきらぼうに答える。

 授業は午前の分が終わろうとしている。普段であれば後は午後を少し出て帰るのが俊樹の常だが、単位獲得の為には大学で行われる教科の全てに今よりも多く出なければならない。

 その分だけ課題が増加する傾向にあるが、それはもう仕様がないことだ。悪いのは左右を陣取る者達であるものの、一般的には彼が自主的に休みにしたと思われているのだから。

 やがて授業の終了を告げるチャイムが鳴る。古風な音声は数百年前から変わらないそうで、現代の技術が進んだ建物とはマッチしない。

 終わったと同時に帰る者は早々にバッグを掴んで外に向かい、昼食を摂る者は食堂へと向かっていく。


 俊樹も食堂へと向かう口だ。二人を無視してバッグと共に食堂を目指し、されど当然の如く左右を二人が固める。


「おい、付いて来るな」


「俺とて態々一緒に居たい訳じゃない。 お前の行動を家に報告する必要があるからな」


「貴方の行動で我々の行動方針も変わっていくので、残念ですが諦めてください」


 四家は俊樹に味方する者、敵対する者、中立に徹する者の三つに別れている。

 西条は敵対。鳴滝と早乙女は味方。そして渡辺が中立。この中でも特に西条が一番危険であり、何を仕掛けてくるかも定かではない。

 当主が死んだのだ。新たな当主を擁立せねばならないし、そもそも頂点を決める戦いがこれから勃発する。

 その当主決めは怜の手によって決まりはしないだろうが、それでも彼等は負けるつもりはないと未来を見据えて行動していた。

 けれど、そんなことは俊樹の興味に無い。二人がやっていることも俊樹からすれば邪魔をしているようなもので、ただ腹が立つだけだ。

 歩きながら左右に殺気を送る。西条・実次が称賛を送るだけの素質を持つ男からの殺意は、如何に鍛えていても身構えずにはいられない。


「殺すぞ」


 端的な言葉。灰色の瞳が赤に染まることが本気を露にし、美鈴の足を震えさせる。

 男――渡辺・真琴(まこと)もまた同一だ。全身を巡る殺意に肌が粟立ち、強制的に黄土色の創炎を瞳に顕現させる。

 殺し合いに発展する者特有の殺伐とした気配が辺りに広がり始め、不穏な様子の三名に他の生徒達は急速に遠回りを開始した。

 

「お前達は揃って俺の敵だ。 利用され合う関係じゃない」


「では、生産装置の操作をどうするのですか。 あれは私達が管理しているので、ヴァーテックスでは管理は出来ませんよ」


「女帝殿なら知ってるだろ。 当時の製作者の一人だったそうだしな。 仮にあいつが出来なくとも、管理AIだったルリも此方側に付いている。 お前達が気にする必要なんてない」


 管理運営。それが四家の最大の強味だったが、俊樹相手では一切通用しない。

 女帝という当時の人間が居る時点で管理は可能だ。慣れるまでに時間は掛かるが、そこは国家との共同事業にすれば不足は無い。

 中立性を保つ為にヴァーテックスが人員を派遣することにはなるが、そちらの方が俊樹にとって好都合だ。四家の人員を全員は知らないし、彼は見ることもそもそも出来そうにないのだから。

 

「お前を狙う影が増えることになるが、それでも敵対すると? 」


「今更な話だろ。 例え協力関係を築いていても、お前達とは何れ敵対する。 合わない奴同士が無理に組んだって崩れるだけだ」


「その意見には概ね賛成だが、人間は比較的理性的だ。 どれだけ危機的状況に陥ったとしても、打開策を考えられる程度には頭は回る」


「お前達は合理的に判断することが出来ると? ――それが出来てたらこんな状況にはなっていないんだよ」


 真琴の苦し紛れの言葉も俊樹は一刀両断した。

 そも、それが出来ていたのであれば確かに現在の状況は出来ていない。いきなり拉致を決行するのではなく、先ずは話し合いから進めるべきだったのだ。

 余計な主義が先行したからこうなった。他者と比較して自分が優れていると勝手に決め付け、格下相手には何をしても良いと暴れたから逆襲される懸念を考えなかった。

 どんなに栄華を極めても、何時かは没落する。

 それが四家にとって今だっただけだ。崩れぬ為の努力を怠った者達と俊樹が組むことはない。


「あの夜、逃がした私の恩を仇で返すと?」


「逃がした? ――ああ、あのARはお前だったのか」


 脅しによる強制はやはり不可能だったと二人は認識は、ならばと次は恩を前に引き出す。

 あの夜、美鈴は打算的に二人を助けた。帰還した後に鞭打ちされながら説教を受けることになったが、こんな場所から抜ける為ならばと口を噛み締めて耐えたのだ。

 今の状況は彼女にとって決して悪いものではない。彼女は彼に恩を売り、四家はもう崩壊寸前。

 殆どが死ぬことになれば、最早家は家としての体を成すことも出来ないだろう。

 管理だけは任せてもらえるかもしれないが、間違いなくこれまでよりも良い暮らしを送ることは出来ない。

 言ってしまえばただの管理職の枠に収まるだけ。普通の職は言えないまでも、彼女達の価値に唯一無二は消失する。


「私があの時挑まなければ、貴方は兎も角御父上が危険だったでしょう。 その恩を無視すると?」


「そもそも最初に仕掛けてきたのはそっちだろ。 助けたとしてもそれで相殺だ。 恩も貸しもありはしない」


 強制は駄目だ。けれど恩を売る行為も、俊樹にとっては何を言っているのかと馬鹿を見るように視線を向けるだけ。

 こんな事態になったのは、そもそもお前達が勝手に動いたからだ。


「……もういいだろ。 俺もアンタらも揃って無関係を貫こうぜ。 俺は平和に生きたいんだ」


「平和だと? っは、出来る訳がないだろう」


 俊樹の願いは平穏ただ一つ。殺意を向ける程度はするが、それで実際に攻撃を仕掛けることは最後までしない。

 相手が攻撃してくるのであればその限りではないが、一応は平和主義者である俊樹は暴力で全てを解決するような真似はしない。

 だが、それは真琴の琴線に触れた。平穏に生きたいと告げる彼に、憤怒を宿して言葉を吐く。


「俺達の隣人は闘争だ。 勝って勝って勝ち続けて、そうしなければ生きていけない。 嘗ての方々が勝利を常に掴み続けたように、俺達だって勝たなければ周りが蹴落とす」


 生きるとは、俊樹のように平和的に物事を解決することではない。

 彼等にとって生きるとは、即ちあらゆる難事に勝ち続けること。先人の築いた勝利の栄誉を守る為、絶対に日和ってはいけないのだ。

 忘れるなかれ。お前は何の為に生まれ、何の為に生きるのか。

 幼い時分に深く突き付けられた問い。渡辺の当主から放たれた質問に、何時も真琴は胸の内で強く答える。――――勝つことが、我が人生と。


「悔しいが、お前が一番の素質を有しているのは間違いない。 その力があれば、陳腐だが世界を自分の色に染めることも出来る。 解るだろ」


「解らんし、興味無い」


 渡辺・真琴は桜・俊樹を好いてはいない。

 だが内に秘められた素質だけは、間違いなく他を圧倒している。それがあれば世界の支配も可能だと訴え、しかして俊樹の胸にはまるで響かない。

 最早興味を持つにも値しないと俊樹は視線を切り、彼等を放置して食堂へと向かう。

 その足取りは普段通りで、先程の会話など無かったかのようだった。

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