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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【四十六点】あの夜からもう一度

 教室へと辿り着く。

 俊樹が扉を開けて中に入ると、既に話は回っているのか彼に無数の視線が突き刺さる。そのどれもが彼に質問をしたがっていて、あまりに露骨な視線に文句を言う気も湧き上がってはこない。

 普段から使われている席に座り、新調した大き目のショルダーバッグから教科書等を取り出した。

 公表はされていないので、彼の身分自体は依然として一般人だ。当然成績に関して考慮されることもなく、今から休んだ分を取り戻す為に多くの単位を集めなければならない。

 事前の連絡も無かったので教師陣からの評価も落ちたことだろう。致し方ない理由であるとはいえ、勉学という面では皆平等だ。

 努めて視線を無視していると、不意に隣の席に誰かが座った。別に指定席がある訳ではないので、他の生徒が座っていても不思議ではない。


「よ、おはよう」


「ん? ……げ」

 

 声を掛けられて横に顔を向けると、そこには酷く懐かしく感じさせる顔があった。

 この学校きってのイケメン。常に女子の視線を独り占めする男は、多少装いを変えてはいてもイケメン度は変わらない。

 片手を上げて気さくに挨拶を送る様子。揺れる栗色の毛は首程で留まり、何処か軟派な雰囲気もある。

 思わず拒否反応が出てしまうが、本人はそれを聞いて苦笑するだけだ。

 此方の慣れた対応に彼の相好が崩れることはない。最初に会ってからずっと、目の前の男はどうにも友好的な態度のまま――――に見える筈だった。

 

「暫く来てなかったじゃねぇか。 どうかしたのか?」


「あ? ――あー、別に何でも良いだろ」


 俊樹は相手の挙動に確かな違和感を覚えた。

 暫く濃い生活をしていたのか、現在も過度に警戒しているのか。理由は定かではないにせよ、僅かながらに今の好青年には演技の臭いが漂っている。

 顔は仮面で、言葉は音の羅列。本気の感情はそこには宿っておらず、であれば今彼に向けている顔は嘘なのだろう。

 厄介な、と俊樹は思う。昔からそのような嘘を吐いていたのであればまだ良いが、この段階でそんな態度を取られては勘繰ってしまう。

 お前もまた、四家の関係者なのかと。こんな場所にまで、以前から魔の手が迫っていたのかと。

 

 だが、彼の運命はまだ足りぬと言い放つ。

 今度は好青年が居る席とは反対の席に、また別の人間が座る。

 背後から漂う気配はとても尋常ではなかった。羨望や嫉妬が俊樹の背中に注がれ、反射的に顔をそちらに向けてしまう。

 そこに居たのは女だった。長身のロングの黒髪を揺らす美女は、彼を視界に収めて離す素振りを見せない。

 見知らぬ女とは、俊樹は思わない。

 彼女もまた、この学校の中では有名人だ。美しく、強く、賢い美女と言われれば彼女しか誰も思い浮かばない。

 だが、彼女は常に好青年の傍に居たとも友人は語っていた。あの二人は揃ってワンセットのようなもので、噂では恋人なのではないかとも言われている。

 

「――なんか用か?」


 女と俊樹に接点は無い。

 少なくとも、俊樹自身に嫌な感情を向けられる謂われは無かった。されど、それを口にして女は顔を歪める。恨みが籠った顔は、悪鬼と言われれば納得出来るだろう。


「何も解らない?」


「まったく。 どうしてあんたみたいな美女が話しかけてきたのかも解らないな」


「そう。 ――あの夜のことをもう忘れたのね」


 一体何を。

 そう言いそうになった俊樹は、女の顔に悪感情だけではない色を僅かに相貌に見た。

 それは一般的に寂しさと呼ぶのかもしれないし、喜びと呼ぶのかもしれない。

 訳の解らぬ話は誤解を生みかねないが、さりとて俊樹には実に心当たりが有り過ぎた。彼が知る中で、あの夜が指す出来事などただ一つだ。

 咄嗟に目の色が変わる。紅蓮の瞳が急に目の前に出てきたというのに、女は微塵も揺らぐ様子が無い。

 つまり、彼女は関係者であるということ。そして常に一緒に居たであろう好青年も、同様に四家に繋がる存在だ。

 

「……何時からだ」


「最初から。 当初は監視目的でしたけど、今は別の目的で接触を求められました」


「そこの奴も」


「っは、今頃気付くのかよ」


 仮面はあっさりと脱ぎ落した。

 好青年としての爽やかな表情は無くなり、あるのは此方を馬鹿にするような表情。どちらが格上であるかを態度だけで表現するその様は、中々に悪質な性格を有している。

 

「俺も彼女も、お前が何か変な真似を仕出かさないか監視していた。 それも人生を棒に振るような真似をしてでもだ。 意味が解るか?」


「いんや、さっぱり」


「だろうな。 こんな大学、俺達にとっちゃ楽勝も楽勝だ。 適当に取り繕っただけであっさり騙される場所に意味なんてありゃしねぇ」


 好青年だった男の言葉には忌々しさが宿っていた。

 自分が居るべき場所は此処ではない。もっと高みへ、頂点にこそ己は足を向けるべきだ。

 自身を過剰評価しているのか、あるいは本当に男が優秀なのか。

 俊樹としては前者を推したい気持ちである。なにせ、彼の言葉で二人が入って来た理由はある程度察することが出来てしまうからだ。

 四家は高い能力を常に求めている。能力が高ければ、必然的に優先度も大幅に変化を見せるもの。

 その中で普通の大学に監視目的とはいえ入学させられたということは、それだけ家の中での序列が低い。


「成程。 つまりお前は雑魚だから監視の役目を宛がわれたのか。 例え居なくなっても問題ない奴として」


「……てめぇ」


 あっさりと男は沸点に到達した。

 低く恐ろしさを孕む声は、創炎があれば一瞬で凶器になりえる。

 だが放たれる殺気が弱い。当主達の暴力的な圧に比べれば、彼の放つそれはそよ風のように小さなものだ。端的に言って、まるで相手にはならない。

 女もそれは解っているのか、冷めた目で男を見やる。


「止めなさい。 此処で騒ぎを起こせば、今の貴方に場所はありませんよ」


「――っち、解ったよ」


 女は冷静だった。言外に俊樹からの挑発を受けてなお、彼女は激昂にまでは一切至らない。

 静かになった男を意識から外し、女は改めて俊樹に意識を向けた。


「今、四家は大きな混乱に襲われています。 方針も、派閥も、その全てが三々五々に千切れて纏まっておりません。 ですが一部の者達は貴方の炎を見て、一つの仮説を立てました」


 女はあの夜に居た。

 脇役ではなく、一つの家の娘として。その眼に翡翠の輝きを灯しながら。

 

「あの炎は初代様の炎ではないか。 他に出来ないその力、嘗ての太陽が蘇ったのだと早乙女の家は考えています」


「……馬鹿馬鹿しい」


 女の話に、即座に俊樹は否とは言えなかった。

 彼女の話は正しい。確かにあの炎は初代のもので、何ならその初代も彼の体内に精神体として存在している。

 僅かなタイムラグ。それだけで彼女にとっては当たりを引けた気分なのだろう。

 少々顔色を明るくさせながらも、しかし楽観はしない。


「政府からは内々に話が来ています。 公表されていないとはいえ、五百年前のあの方々が貴方の傍で蘇って存在していることを。 今はもう、我等四家に生産装置を操る権限は無いことも」


「…………」


「きっと、私達は殺されるでしょう。 極秘裏に処分され、抗えば重犯罪者として偉人に討たれる」


 それは決定事項を口にしているようだった。

 実際、怜は選別をすると語っている。多くの四家の人間が死ぬのは確定事項であり、もうヴァーテックスの長は方針を固めて動き出していた。

 その動きを解らない四家ではない。多くの出血を起こした生産装置施設内での戦闘の後、彼等は生存への道を模索し始めた。

 これもその一環だ。最初の挨拶であり、次への布石であり、最後に笑う一歩。

 

「早乙女家は、何時でも鞍替えする覚悟を持っています。 それだけはどうか、覚えていてください」


 一限目のチャイムが鳴り出した。

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