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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【四十五点】信用の要不要

 結局、父は東雲を睨むだけだった。

 俊樹と父は引っ越すことが決定され、三日という時間を掛けてヴァーテックスの人間と共に元の家から本部近くの一戸建てを購入することになった。

 本当は内部に部屋を用意するつもりであったが、ヴァーテックスの本部はやはり世界的に見ても重要な施設だ。

 そこに見知らぬ青年を住まわせるとなると、どうしても内部の人間と同様に有る程度業務を手伝うことになってしまう。

 彼自身はこの世に唯一の人材であれど、仕事とは万人に与えられる責務。そこは俊樹も逃れようがなく、されど彼は此処でアルバイトでも働きたくはなかった。

 実は政府としてはこの機に俊樹をヴァーテックスに取り込む腹積もりもあった。


 東雲としては頭痛ものであるが、やはり何処かの公的な組織の所属にしたかったのだろう。そうすることで日本の物だと主張し、今後の国際会議を左右する立場に就きたかったと想像するのは容易だ。

 要らぬ騒ぎの素になる。幾分か政府の言い方は正論が混ざっていたが、やはり根底には自国の黒い利益があった。

 そうなれば、本部内に住まわせることは出来ない。最終的に傍のセキュリティが高い家を東雲名義で買い上げ、今はそこで生活することになった。

 勿論、彼等の家には常に発信機や監視の目がある。俊樹も個人で外出する際には必ず護衛が付けられ、その役目はルリや怜が担っていた。


「……ちゃっかりしてんなぁ」


「なに、その方が都合が良くてね」


 大学へと向かう歩道で俊樹と怜は会話する。

 俊樹は普段着で、怜も怪しまれない程度の私服姿だ。黒いスーツでは逆に目立つとし、白いパーカーも脱いでいる。

 ベージュの緩やかなパンツに、白いシャツに紺の長袖ジャケット。

 灰色の長髪を一房で束ねて流し、その顔は恐ろしい美しさだ。改めて見ることになったが、格の違いを俊樹は感じて止まない。

 自信のある灰色の目はしっかりと前を向き、全身から放たれる強者としての圧が前方に居る人間を退かせていく。

 その所為で余計に注目が集まっていくが、これはもう慣れていくしかないだろう。


「本来護衛をするには専門の資格が必要なんだけど、僕は特別に許可証が発行されたんだよ。 無理なら無理でボランティア的に活動しようかと思ってたんだけど、そこは東雲元帥殿に感謝かな」


「あの人が頭を抱えている姿が想像出来る……南無」


「一緒に住めるようにもしてくれたし、いやぁ彼には足を向けられないね」


 明るく語るが、その裏で奔走していた人物の苦労を思うと黙祷せずにはいられない。

 今やヴァーテックスは最強の戦力を手にした形だ。各国政府にも古の英雄が復活した事実は伝えられ、にわかに騒がしくなっているとのこと。

 公表は避け、彼女と友好的に接することは皆が賛成している。今のところは世界共通の軍であるヴァーテックスの所属とし、生産装置の護衛官に就任していた。

 その間に無数の取引があったことは間違いない。中には強制的に意に合わせた国も存在した筈だと俊樹は思い、しかし深くは考えずに足だけを動かす。

 僅かな時間で一気に俊樹の生活は変わった。

 父も職が変わり、同居人が二人増え――狙われる立場も得ている。

 こうしてゆっくり歩けているのも怜が居るからで、そうでなければ今頃は車での厳重移送だ。


 とてもゆっくりすることは出来ず、ストレスの多い人生を過ごしていた。

 ならばこそ、本来であれば怜に感謝を示すべきなのだろうが、元の原因は彼女にある。四家が腐っているのは俊樹の目にも解ったものの、だからといって利用されるなど言語道断。

 己の意思で決めたのなら兎も角、強制的に追い込まれた身として彼女に良い感情など持ってはいない。同居生活は今のところ始まったばかりで問題は起きていないが、彼女が更に不穏な行動に出たら何も言わずに彼は姿を消す。例え彼女が容易く見つけられるとしてもだ。


「そういや、何処まで護衛するんだ? 流石に学校内は無理だろ」


「許可さえ取れればいけるんだけど、君に関しては公表しないことになってるからねぇ。 正門までって所だよ」


「つまり、校内で襲われたら自分で対処しろと」


 電車に乗り、大学前まで進む。

 ここでも彼女の美貌で注目を集めるが、二人は意識的に気にしない風で話す。

 怜は護衛官であるものの、それは正式なものではない。特別護衛官と呼ばれる急造の役職が宛がわれ、彼女の上司は必然的に東雲になる。

 つまり本来の護衛官とは異なり、手続きについては殆ど彼任せだ。負担を寄せたくないのであれば、彼女は正門前で控えることしか出来ない。

 都合が良いと、内心で俊樹が呟く。

 校内が安全である保証は無い。寧ろ東京の有り触れた学校だからこそ、妙な奴等が紛れ込んでいる可能性は高い。

 それでも誰の目にも晒されない時間を過ごせるのだ。問題解決には苦労することになるが、それでも得難い時間である。


「一応遠くから監視はしてるよ。 侵入者云々が居たら即捕縛するし、君には専用の通信端末も渡した。 これは現在のヴァーテックスの使う回線とは別だから、僕以外に救助に来る奴が居たら関係者だと思って良いよ」


「……こんなもんがねぇ」


 カーゴパンツのポケットに手を突っ込み、揺れる電車内で一枚のカードを取り出す。

 見かけ状は真っ黒な板だ。厚さは小さく、何処を押せば良いのかも解らない。

 引っ越し初日に渡された際には念じれば回線が繋がると語ったが、そんなことが果たして出来るのかについては疑問だ。

 色々と不可思議な現象は見てきたが、純粋な技術的な驚きはまだ少ない。

 勿論、彼女達の身体が作り物であることは知っている。正に人間そのものな姿には素直に感嘆していたが、やはりどうしても人間味が有り過ぎた。

 今もそうだ。彼女の姿は人間にしか見えない。周りも彼女を普通より少し髪色や目の色が珍しい人間にしか見えなかっただろう。

 

 それがあるから技術力そのものはあると確信している。

 要は、それが本当に動作するのかどうかだ。

 電車が目的の駅で止まる。二人は降りて、徒歩十分の距離にある学校への道を進む。

 大学が近いことで若者も増えた。彼等は大人と比較すると未だ素直であるので、怜の姿を見ると途端に騒がしくなる。

 中には携帯で写真を撮る者も出始め、隣同士で何やら会話をする者も現れた。

 俊樹からすれば厄介なことである。元から彼は然程注目を集める存在ではなかったし、彼と親しくしていた者達も一般的に人気とは無縁だった。

 本当に人気な者達とは関係を持たなかったことで安穏とした日々を過ごせていたが、この分だと怜を中心に巻き込まれるのは必然だ。


「うわぁ……。 五百年前から変わらないねぇ」


「解っちゃいたけど恐ろしいな。 大学で質問攻めに合う未来が目に浮かぶ」


 カードをポケットにねじ込み、湧き出す溜息を無理に飲み下した。

 心なしか目のハイライトも消え、俊樹は途端に大学に行きたくなくなる。見るからに萎びれた雰囲気を放つ彼に、怜は横目で見てから苦笑した。

 慣れていない者特有の反応だ。きっと彼が想像する以上の面倒がこれから襲い掛かってくるのに、この分では乗り越えられるか不安になる。

 

「……ま、美醜で判断するような人間とは関わらない方が良いよ。 そういう奴等は結局、自分を飾るアクセサリーにしか見てないんだからさ」


「そもそも話すつもりもない。 しつこい奴には無視でもすれば良いだろ」


「それはそれで社交能力的にどうなんだと思うけどね」


 怜のツッコみを無視し、俊樹は到着した正門から校内に入る。

 隣に居た怜は足と止め、彼の背中をただ見つめた。そして、別の二名が彼を見ていたことに直ぐに気が付いたのだった。

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