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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【四十点】寛容さと受容

「すまなかった」


 五人だけしかいないその空間で、未だ若いと言われる東雲は椅子に座りながら深く頭を下げる。

 彼の先には左右二つの赤茶のソファに座った俊樹達が冷たい顔で東雲を見つめていた。

 此処はヴァーテックス内にある客人用の部屋。豪華と思われない程度に装飾が施された室内に彼等は今度こそ案内され、こうして目の前でトップが謝罪に来ている。

 俊樹は静かに東雲を見つめていた。

 量産品とは異なる生地質を持つ黒のスーツ。右肩から右腕全体を覆い隠すような同色のマントがあり、肩には金の飾緒がぶら下がっている。

 黒髪を短めに刈り上げ、細身の顔の左頬には縦に長い傷跡。刃物で傷付けられているようで、それと鋭い目の所為で中々の迫力を有している。

 

 一組織のトップとしては、世間からは若いと評されている人物。

 年齢も三十の中頃ということで、ヴァーテックスの頂点に座するには些か不足が多いのではないかというのが専門家の評価だ。

 しかし、俊樹としてはそうは思えない。

 開口一番に彼が先ずしたのは謝罪だ。信頼関係を築く上で、それが絶対に必要であることは言うまでもない。

 先の出来事を悪と自身で判断し、その上で謝れるのは稀有な才能だ。他の組織の長ではなんやかんやと言い訳を最初に口にしていただろう。

 

 溜息が口から漏れる。それを発したのが怜であることで、場の主導権は彼女に握られた。


「日本政府か、各国政府か?」


「両方、だな。 貴殿の存在が真であるかを確かめろ、ということだ」


「成程」


 端的な説明で彼女は納得した。

 他の面々もこれで解らない程頭の回転が遅くはない。先の襲撃の意味は、つまるところ各国政府に証明する為の殺し合い。

 世界で最もポピュラーな装備に身を包んだ者達で彼女を倒せるか否かの話で、それが圧倒された時点で彼等も納得するしかない。

 少なくとも、彼女と同名で同じ能力を有している人物が現れたくらいには納得してもらうことが出来るだろう。

 これで納得しないのであれば、その時は自国が責任を取る形で彼女に対して戦争でも仕掛けてもらうしかない。尤も、攻めてきた時点でその国は無くなってしまうだろうが。


「事情は把握した。 彼が良しとするなら、私は目を瞑ろう。 ……どうか、俊樹?」


「……死んだ人の中に結婚している人は居ますか」


「いや、居ない。 彼等には悪いが、独身者を選ばせてもらった」


 相手は愚かなだけの人間ではない。

 口調を改め彼が問うと、東雲は首を左右に振って否を告げる。この戦いで出撃した者達が生き残れるとは思っていなかったからこそ、せめて身内の少ない人間を選んで死にに行かせた。

 彼自身の評価の落下は免れないが、それ自体は東雲も承知の上。

 ヴァーテックスは時に政府に意見出来る立場であるものの、相手が大国ばかりでは流石に無理を貫くことは出来ない。

 彼等の協力があってこそ、治安とは良い状態を保てるのだ。波風を過度に立ててはそのまま争いにまで発展しかねない。

 

「俺としては馬鹿だとしか言えません。 けれど、政府からの直接の指示であれば罵倒すべき相手は違うでしょう」


「……感謝する」


「――ですが」


 遠回しに俊樹は許した。いや、怒るべき相手が違うと言ったのだ。

 目の前の男もまた被害者だ。望まぬ事を立場上強制されてしまい、致し方なくするしか他に方法が無かった。

 ならば許す許さない以前の話だろう。真に罵倒すべきは、やはり政府にある。

 だが、それでも言うべきことは言っておかなければならない。東雲は酷く理解のある人物であるから、言えばそれがどんな事態になるかは想像してくれる。

 瞳が赤に染まる。真正面から彼を見つめる東雲と向き合い、目の端に赤い粒子が迸る。

 

「邪魔をするならば、遮るならば……相手は関係ありません」


「そう、だな。 我々も君の意思を無視するつもりは毛頭ない。 これは日本政府も一緒になってくれる筈だ。 間違っていれば、その時には今度こそ俺が止める」


 東雲は俊樹の瞳に宿る焔に直ぐに気付いた。

 これまで見て来た創炎とは違う、そもそもの本質まで異なっているような雰囲気の炎。真の創炎と言えば良いのか、彼の持つ目からは尋常ならざる気配が押し込めるように納められている。

 そして、その雰囲気は何処か彼の反対側に座る怜と同じものを感じた。

 それはつまり――やはり彼こそが子孫ということなのだろう。

 東雲は初めて、直接的に彼を見た。少し前までは普通の学生だったと記録されている人物は、驚く程に記録とは異なる印象を抱く。

 覚醒した結果からか、彼の全身から炎という単語が浮かぶのだ。燃え盛り、あらゆる者達を照らす輝きは月並みであるが太陽の二文字が当て嵌まる。


 今の四家で彼を御すことは不可能だ。

 直感であるが、されど東雲はその直感を疑わない。真実だと信じ、故に特別扱いを積極的に行うことを宣言した。

 どだい、彼が居なければ今後の装置の運用は出来ない。嘗ても四家頼りだったので彼等が運用出来ていたとは言えないが、まだ監視や警戒によって動きを牽制することが出来ていた。

 その裏で様々な優遇があったのは間違いなく、これからはそれが俊樹に対しても行われるだけだ。いや、怜からの推薦もある分だけ俊樹に比重が傾くのは確実だろう。

 

「さて、ではこれで今回の件は終わりだ。 後はお前達側で処理をしておけ」


「勿論だ。 ……これで漸く本題に入れるな」


 全員が息を吐いた。

 長い。実に本題が始まるまで時間が掛かった。やらなければならないことであるとはいえ、それでもここまで時間を要する必要は本来無かった。

 だが、これでヴァーテックスとしての仕事をこなせる。俊樹達としても、これからの動きについて方針を決定出来る。

 最初に口を開けたのは俊樹だ。


「先ず最初に言っておきますが、此方は特に装置について口を挟むつもりはありません。 現状で不足が無いのであれば、そのままの形で維持したいと思っています」


「此方としては願ったり叶ったりな話だ。 我々としても装置を自分勝手に使われるのは避けたい。 英雄殿は如何か?」


「今は怜と名乗っている。 私としても装置を私的に使われるのは反対だ。 あれは人類を対象に作られたものだからな」


 話の中心は俊樹、東雲、怜だ。

 父とルリは敢えて聞き役に回っている。共に中心内の身内であるが、しかし決定権を有しているとは言い難い。言うべき時には混ざるつもりであれど、それは一意見としてでしか使われない。

 兎も角、三人は共に生産装置をそのままの形で運用することを決めた。

 俊樹としては関わり合いになりたくないが故。

 東雲としては今後の治安悪化を防ぐ為。

 そして怜は元々の製作理由が為。

 理由は異なれど、現状を崩したくない気持ちは一緒だ。その上で、やはり彼等にとて邪魔になる存在が居る。

 

「それと。 私が戻った経緯は後で語るが、その前に戻った理由を言わせてもらう。 ――私達の子孫と称する者達の選別だ」


 子孫と称する者達。

 現状、彼女が子孫と認めているのは俊樹だけだ。他は自称子孫のようなもので、明確に彼女が良しとしている訳ではない。

 そして彼女が選別と語った以上、本人は認めるつもりはないのだろう。


「それは四家の粛清と捉えても?」


「処分で構わんさ。 アレを人間扱いなどするつもりはない」


 冷酷に切り捨てた彼女の声音に感情は無い。

 正真正銘、彼女は四家を滅ぼすつもりなのだ。その過程で幾人か生き残ることが出来たとしても、彼等が四家を再度名乗ることは許されない。

 

「幾つか説明をする必要があるが、私はこの世界から離れた後もお前達を観測出来る場所に居た。 嘗ての善きメンバーの子供がどのような系譜を形作ってきたのかを、私は直に見ていたのだ」


 故、彼女は断じる。


「結果として、彼等は腐敗した。 あれに私達の血が入っているなど認めがたい程にな」


 空間が軋む音を皆は耳で捉えた。

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