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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【三十九点】愚弄天罪

「はぁ……」


 ヴァーテックス・指揮所内。

 多くのオペレーターが言葉を交わす中、最上段に居る東雲は傍に側近が居るにも関わらずに溜息を吐く。

 一組織の長として毅然とした姿で居てほしいと男は思うも、そうしたくなるのも無理はないと若干同情的だ。

 こうして此処に座っていることすら、今の東雲には憂鬱でしかない。彼としても、側近にしても、今回の件はなるべく相手を刺激したくないのだ。

 前面モニターに映るは、彼が手配したホテルの裏口。最低限致し方無しと思わせる戦力がそこに集合しているが、既に先遣隊の信号は途絶えた。

 死んだか、機械だけが潰されたか。どちらにせよ先遣隊はもう戦闘に復帰することは出来ないだろう。

 だから言ったのだと、再度東雲は憂鬱気に息を吐く。


 こうなったのは全て日本政府、並びに大国側からの要請だった。

 生産装置が停止するだろう話は既に世界中の政府が知っている。未だ市井の間に大々的に情報は流れていないが、インターネットの片隅では小規模ながらに議論が交わされていた。

 そういった芽を政府側が削除をしているものの、何れ件の話は外部に大きく流れ出るだろう。何処の国もAIが口にする例の子孫を探し、日本が一番最初に発見した形となる。

 そして、ヴァーテックスが公平に子孫を発見した報告を各国に行った。傍に子孫を守るかのように存在する五百年前の偉人が居ることも添えて。

 

 彼等からすれば寝耳に水の話だったろう。

 ヴァーテックスはこれまで一度として狂言と取られかねない発言はしなかった。生産装置についても、四家についても、世界情勢についてもだ。

 治安維持組織として彼等は実に健全なままである。賄賂を断固として否定し、戦力は各国の治安に合わせて調整され、福利厚生も充実している。

 そうしなければ人が堕落するからであるが、結果的に職員達の満足度も悪くはない。

 この世界で唯一の軍だ。そこが腐敗すれば、即ち世界の均衡が歪む。

 人選は常に厳しく、評価基準に僅かでも達しなければどんな理由でも落す。

 

 そんな組織だったからこそ、死んだ人物が帰って来た事実を悪戯に狂言だと断じることは誰にも出来なかった。

 だが、それでもというのが人間だ。彼等が未だ正気であると解っていても、画像や動画を見せられても、真実その人が本物であるかと疑ってしまう。

 女帝の生死は不明なまま。過去の遺物はその殆どが発見され、今や他に見つかることはない。

 四家が保有している遺物についても同様で、故に彼女が実は生きていたとする考えることも不可能ではないのだ。

 超能力者達は当時から驚異的な技術を持っていた。何処かで眠っていたとしても、一概に否定は出来ない。


 ならばこその試し。相手が本当に偉人であるなら、人類の戦力程度呆気無く殲滅するだろう。

 出来れば人死には出したくないが、これも世の均衡を保つ為。偽物が本物であるかのように振る舞うなど許される筈もないのだ。

 

「連中の言いたいことは解るが、責任を負うのは俺なんだぞ……」


「何時の世も、権力者は無茶を言うものですね」


「他人事みたいに言うな。 場合によっちゃ俺とお前は一緒に責任を取る為に首切りだぞ。 物理的にな」


「考えたくもない話です」


 モニターからは悠々と姿を見せる俊樹達が居た。

 彼等は多数の武器を向けられているにも関わらず、警戒はしても臆してはいない。特に女性二人に関しては笑みすら浮かべる程だ。

 その笑みが寒々しいもので彩られていることなど容易に想像が出来る。折角話の機会を貰えたというのに、これでは最初から交渉など出来もしない。

 彼女が本物であることは東雲の目で解っている。そも、彼女のような氷を操る人間など生まれても来なかった。

 それが四家であっても同様。彼等は彼等で異なる能力を獲得しているが、それが一概に強いかと言われると否だ。

 強いには強い。しかし対処出来ない程ではない。


 東雲の命令を待たず、画面先の隊員達は一斉に攻撃を始める。

 現場に裁量権を与えた結果として彼等にはある程度の自由が与えられているが、きっと彼等の表情もこれまでのような活力が漲るものではない。

 寧ろ逆だ。古の超能力者が本物かを確かめる為に戦えなど、誰が聞いたって処刑にしか思えない。

 彼等が願うのはそれが偽りであることだけ。しかし現実、白い女性の周囲には鋭い菱形の結晶体が三つ空中に生成される。

 その三つは円を描くように周囲を漂い、盾のようにも刃のようにも見えた。

 現実に真向から喧嘩を売る様子は、もう頭が狂ったと思っていた方が余程健全だ。いや、狂っている時点で健全も何もないが。


 隊員達が轟音を立てながら銃から弾を吐き出していく。

 人間三十人程度なら容易く死へと誘う一斉射は、彼女達に触れる目前で地面から生えたコンクリートの壁に阻まれる。

 物質の分解、再構築。古代の錬金術が如く、何かを消費して発生される奇跡は管理AIにして五百年前の超能力者の力だ。

 罅すら走らぬ堅牢な壁を即席で作り、次の瞬間に左右に白い靄を纏った冷風が幽霊のように姿を現す。

 二つの靄を半円を描くように隊員達に迫り、彼等は慌てて盾を構える。

 あれは駄目だ――触れてはいけない。


『……っふ』


 高感度マイクが女の冷笑を聞いた。

 聞いた全員の背に極寒の寒さが襲い掛かり、震えが全身に襲い来る。

 盾に直撃した瞬間から冷風は対象を氷漬けにしていった。それは津波が人間の建築物を呑み込むように、如何な防壁も根本的な解決にはなりえない。

 誰かがうわ、と口にした。横でそれを聞いた隊員は反射的に首を横に向け、盾を越えて身体を氷塊に変えられる同僚を目の当たりにする。

 生き物のように冷風は隊員達だけを襲う。曲がり、くねり、軟体生物のように自由自在に姿を変えて心臓に至るまで全てを停止させる。

 彼女の前では如何なる敵対者も生き残れない。ただひれ伏すのみだと、その場は一気に絶望へと叩き落される。

 悲鳴だ、阿鼻叫喚だ。悲しみも苦しみもあの場所には広がっている。

 

 オペレーター達は顔面を蒼白に変えた。

 これが英雄なのか?人々を守らんとした者が、こんな簡単に人を殺そうとするのか?

 冷風は動員された二百人全てを呑み込み、碌な命令も出す暇も与えずに全てが氷塊へと成り果てた。彫像と彼等は細胞の全てが停止し、臓器の活動も今や無い。

 今直ぐに解凍すれば彼等は生き残るだろう。急速な復活に身体に多大な負担を強いることになるが、死ぬことに比べればマシだ。

 だが、そうはならない。彼女達は誰一人として彼等を助けることはしないのだ。


「ぜ、全滅です……」


「全隊員のバイタルサイン消失……。 生存者、零です」


 静かに告げられる残酷な言葉。

 無情な結果に、東雲も眉を寄せる。これが意味のある死であれば誰しも胸の内で処理することが出来ただろうが、今回の死には何の意味も無い。

 全て無駄。ただ消費しただけ。それの何と惨いことかを、彼もまた理解している。

 壁が地面へと溶けるように消える。彼女達は事態の惨状を直接見て、けれど眉一つ寄せることもしない。

 代わりにあるのは、冷え冷えとした感情。邪魔する者を許さぬ断罪者の前で、もう東雲はこれ以上の攻撃行為をするつもりは無かった。

 

 このモニターだけがまだ生きている。ドローンに搭載された長距離カメラだけが彼等の姿を映し、これからの動向を眺めていた。

 直ぐに降参の意を込めて高級車を手配させ、オペレーター達は気を明らかに落としながら腕を動かしていく。

 士気は最悪。あと一押しあれば、誰かが東雲に直訴でもしていた。

 危ない橋を渡ったのだ。であれば、もう政府達の意向を気にする必要は無い。


 不意にカメラの先に居る瑠璃色のAIが隊員の通信機を奪い取った。

 それを眺め、彼女が力を流し込むことで白に染まった通信機が元の黒を取り戻していく。

 幾つか弄ると、唐突にオペレーターの一人が通話許可が来たと告げる。

 相手が誰かなど、敢えて考えるまでもないだろう。


「回線を繋げろ。 此方に回せ」


『あー、テステス。 ただいま感度の調整中。 聞こえてますかー?』


「聞こえている」


『OKOK。 んじゃあ、訳の説明を後でお願いね?』


 多くの死体を生み出したというのに、管理AIの声は場違いなまでに明るかった。

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