【三十八点】信じられぬ者共
「――さて、皆準備は良いかね」
暴飲暴食を行って数日。
俊樹達は彼が寝ていた部屋に集合していた。
彼自身に、彼の父、ルリに怜と数は非常に少ない。味方が彼等四人程度では部屋の圧迫も起こりえず、各々が距離を空けている。
父は時折俊樹に視線を向けていた。それを息子である本人は少々煩わしく思っていたが、彼の抱えたモノや怪我は親を心配させるのに十分だ。
その親である父としても、本音で言えば四家と関わり合いになりたくなかった。最低でも自分だけで済めばと考えていただけに、中心に息子が居る現状を彼は良しとしてはいない。
だが、父は俊樹の親なのだ。親として出来ることは、子供の前でやせ我慢でも明るく振る舞ってやることだろう。
だから復活したと知った時は、まるで心配でもしていなかったように明るく乱暴に頭を撫でた。止めろ止めろと言われても、男親らしい振舞いで彼の生存を喜んだ。
それを俊樹が理解しているかどうかは関係無い。今必要な真実は、息子が無事であるという一点のみだ。
「連絡が来た。 本日の午後十八時より、ヴァーテックス本部にて我々と彼等が話し合う場が用意される」
「地の利を取って来たってことかよ」
「まぁ、此方は未だ得体の知れぬ存在だ。 あの東雲という男が確信していても、他が納得していない可能性は大いに有り得る」
「まぁ、普通に考えれば死んだ奴が蘇生するってのは有り得ないしね」
ルリは気楽に常識を語るが、実際その通りだ。
死んだ人間は生き返らない。寿命というどうしようもない因果が人間を死へと引き摺り込み、容赦無く在るかどうかも解らない黄泉へと運んでいく。
もしもそれに反したとして、それはもう一般的に人間を超えている。超能力者である二人でも肉体の蘇生は出来ていないのだから、終焉はそれだけ大きな力を有しているのだ。
されど、肉体を用意出来れば超能力者は戻って来ることが出来る。ルリは事前に記憶データを生産装置内にバックアップしておいたが、怜に関してはまったく別の方法だ。
兎も角、死んだ奴が蘇生したと聞かされて人間が先ず信じる筈がない。
それでも話し合いの場を用意出来たとするなら、それは一重に東雲が努力した結果であるだろう。
場所までは流石にどうにも出来なかったようだが、それはそれで良い。
どだい何処を選ぼうとも彼等にとって敵地も同然。このホテルで話をしたとて、背後への心配はしなくてはならない。
父の悪態は見当違いではある。しかし、彼が真に問題としているのはそこではない。
彼等はまだ、俊樹の確保を目的としていることだ。
地の利を取る。それはつまり、戦闘を想定しているに他ならない。話し合いだけで此方は済ませるつもりだが、向こうにはそのつもりは無いのだ。
もしも東雲の語る内容が真実だとしたらとは考えるだろう。けれど、まだ彼等はそこから先の事態を具体的に形に出来ていない。
空想が無いとされる世界において、彼等は非現実性を切り捨てる傾向にあった。
「ん……、足音だ。 どうやら迎えが来たようだな」
優れた聴覚を持った怜とルリの二名は室内玄関を目指す複数人の足音が聞こえた。
同時に僅かな金属音も聞こえ、これがただの迎えではないと即座に看破。
「足音は四名。 金属音の種類は……結構重たいね」
「この場でそんな音を鳴らすとして、さてなんだろうな?」
からからと怜は笑う。
この場の他の面々は直ぐに行動に移した。俊樹と父は無言で扉横の壁に張り付き、ルリと怜はベッド端に座る。
食事の時間は当に過ぎていた。台車がこの階を通らないと断言は出来ないものの、女帝が居ると解っている東雲が他の客が居る層に彼等の部屋を用意するだろうか。
否だ。断じて否。
更に言えば、ルリはもう音声照合で靴音の種類を割り出している。今鳴っている音は、硬質なブーツだ。
一人か二人であればそれは自然である。世の中には無数の靴があるのだから、同じ種類の音が鳴っても不思議ではない。
だが四人全員同じ音が鳴るのは違う。団体が来るにせよ、それでもシューズであったり革靴であったりと異なるものだ。
小規模な部隊が、あるいは外に待機させている大部隊が来ようとしている。
その理由を推測するのであれば――――真偽の確認。
怜が本当に嘗ての偉人なのか。管理AIとされているルリが本当に彼女の組織に属していた人間なのか。
そして、俊樹が真に引き継ぐのに相応しいのか。これを全て確認しなければ、東雲への糾弾も始まる。
人間、何時の世も変わらない。正しさを確認する際に他人を地獄に落とすことなど容易に行う。
「まったく、だから嫌いなのだ。 馬鹿な奴は」
豊になっても本質は変わらない。
嘗て彼女の旦那が願った未来は、どうにもまだ訪れる兆しも無い。
であれば今一度。表だって暴れる真似はしないが、上でふんぞり返っている連中に恐ろしさを味合わせるのも悪くはない。
全てを決めるのは僕だ。怜の定めた法を破ることは世界の誰にも許されない。
それが例え、嘗ての仲間であろうとも。
扉の前で足音が止まる。
普通はそのままノックの一つでもするものだが、相手はまったくとそれをする素振りを見せなかった。寧ろ逆に、相手は突入の用意をしている。
唐突に始まった戦闘であるが、戦意自体は誰もがあった。馬鹿な真似をする奴等には相応の報いを与えてやろうと、寧ろ逆に高過ぎるまである。
故に、一気に開いた刹那に氷結の風を流し込んだだけで勝負が終わった事実に足をずっこけそうになった。
発生源は勿論怜。彼女がパーカーの内側から発された冷風は、北極の風をも容易く凌駕する。
触れるだけで身体の硬直が始まる温度を前に、只人が耐え切れる道理は無い。
分子そのものを固定化させたことで服は曲がることすら許されず、彼等は銃の引き金すら満足に押せはしない。
そっと父と俊樹が開かれた扉の先を見ると、やはりと言うべきか完全に氷結している四人の人間がその場で固まっていた。
ゴーグルを掛けているとはいえ、僅かに露出していた肌から肉体内部にまで氷は浸透したのだろう。
紺の軍服には白い雪めいた物が付着し、床や壁等にもそれは広がっている。咄嗟に放ったにしては圧倒的な威力に、二人は言葉も出ない。
「やっぱりか。 装備品はどうなっている?」
「うーん、アサルトライフルが一丁にハンドガンが一丁。 後はグレネードが五個に発煙筒が二個にナイフが一つかな」
「お粗末だな。 此方を舐めているとしか言えん」
「一応言っておくが、これでも普通の人にとっては脅威だからな?」
二人の会話に俊樹がツッコみを入れるも、元から基準が高い二人だ。
そうか?と首を傾げられてしまっては口を紡ぐしかない。実際、この二人の前では銃火器など何の意味も無かった。
幾つかの武器を漁り、父は武器を身に着ける。最悪徒手空拳を覚悟していた身に、彼等の装備は酷く有難いものだ。
「使い方解るのか? 親父」
「ARの整備をしてたんだぜ? 自然と銃火器の構造も解るようになるってもんだ。 それにこれは正式採用されてる奴だ。 カスタム品でもない限り、使いやすいように出来てるもんだぜ」
簡単に弾薬の確認を済ませ、軽くコッキングレバーを引く。
その様は手慣れている雰囲気を感じさせ、俊樹の知らない父の姿でもあった。
襲撃の気配は他にはない。彼等が先遣隊だったのか、突撃隊だったのかは定かではないが、どちらにせよ喧嘩を売られたのは事実。
どうせやるなら徹底的に。その上で他人の目を過度に集めないように。
絶妙な手加減が必要であるが、それでも彼等に負ける要素は微塵も無い。――五百年前の怪物達が、親子を守らんとしているのだから。




