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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【三十七点】暴飲暴食

「まったく……豪い目に合った」


「ははは、ウチのリーダーがすまないねぇ」


 俊樹は溜息を吐いていた。

 あれから怜は騒ぎに騒ぎ、俊樹に全ての情報を吐き出させた。その上で更に更にと情報を絞り取ろうとし、あまりにもの物音にルリが飛び込んだ。

 目覚めたばかりの俊樹に今の怜の状態は悪影響だ。ルリはその場で空気を掴み、中から金属塊を生み出した。

 その原理は生産装置と一緒。構築時点で内部に組み込んだ小規模な変換システムで作られた塊を投げ、怜の側頭部にぶつけた。

 結果として彼女は正気に戻ったものの、手にした情報の整理と予想立てで今も部屋の隅でぶつぶつと呟いている。

 気のせいかもしれないが、彼女の周りに暗雲が漂っているようにも見えた。


「そんなにあの赤パーカーが大事なのか、あの人」


「まぁねぇ。 リーダーの旦那さんだし」


「旦那? ――ってことは、あの大英雄?」


「そうそう。 ウチの頂点だよ、君が会った人は」


 さらりと、ルリは俊樹に誰かを告げた。

 思わず動揺の声が漏れる。記憶の中に居たあの男は確かに怜の着ている物と色違いなだけで他は一緒だった。唯一違うとすればマスクぐらいなもので、共通点があると思うのが自然だ。

 だが、あの二人が夫婦であるとまでは思い至らなかった。そもそも二人の詳しい話は少なく、政府やヴァーテックスが意図的に伏せている部分もある。

 五百年前の超能力者達の情報は常に貴重だ。データを何度も移し替える必要がある程、彼等が残した遺産を喪失させてはならない。

 今も保管されている場所にはヴァーテックスと同等か、あるいは上回る規模の侵入者対策が施されている。

 その中に、あの二人の馴れ初めは実は記録されていない。公的な記録として夫婦である事実は残っていても、ではどうやって夫婦になったかはまるで不明だ。


 そんな二人と俊樹は今繋がっている。

 そう考えると、自分の価値が否応無しに高まっていくのを感じてしまう。決してそんな立場になどなりたくなかったのに、事態は俊樹が思う以上に大きくなり始めていた。

 今はまだ、日本政府とヴァーテックスの二つの組織だけで済む。勿論それとて一個人が相手するには無謀であるが、世界と比べればまだ軽い。

 間違いなく干渉は来る。それが軽いものか、重いものかは現段階では不明なままだ。


「……面倒な奴等に目を付けられたって訳だ。 現状」


「それは向こう? それともこっち?」


「両方に決まってるだろ。 敵も味方も厄介だらけだよ、畜生め」


 悪態を吐くも、それで状況が解決する訳ではない。

 それよりも先ずはと、俊樹は自身の腹を擦る。今も空腹を訴える腹は、早く何かを寄越せと痛みすら発生させていた。 

 彼の動作を見て、ルリはああと呟く。入口傍に備え付けられている電話を手に取ると、番号を入力せずともホテルの担当に繋がる。

 このホテルはヴァーテックスや大会でよく使われる場所だ。それ故に職員全体の質も高く、秘密意識が高い。

 仮に探る人間が出たとして、即座に捜索されるのがオチだ。それがホテル独自かヴァーテックスかの違いだけで、結果は捕縛された上での処理だろう。


「取り敢えず適当に料理頼んだよー。 好き嫌いがあったら後で弾いといてね」


「……おう」


 彼の身体は未だベッドに沈んだままだ。

 動くだけの気力はまだ少なく、故に彼女の気遣いに嬉しくないとは言えない。ルリもまた厄介な人物の一人だが、他とは違って優しさが明確だ。

 怜にも優しさはある。けれど、それ以上の恐ろしさがあるのも事実。依存するようなことになれば、彼女の手によって地獄に落ちる懸念があった。

 如何に好きなように選べるとはいえ、彼女の掌の上で踊るつもりはない。己は己で、自分で道を決める。

 やがて運ばれて来る料理をルリが受け取っていき、俊樹が寝ているベッドの傍に即席の机を構築。

 空気中に漂う元素で作られた木製の机を、俊樹は興味深く見ていた。


「珍しい?」


「実際に作っている光景を生で見るのは初めてだからな。 ……しかし、なんというか、本当に不思議な力だ」


「へへへ、そうでしょ? 元は僕の超能力が発端なんだよ?」


 またも軽く生産装置誕生の起因を教えられたが、今の俊樹にはそれに対して驚く気力は無い。

 へぇ、と気の無い言葉を送って次々に並べられていく料理に目を向けた。

 単純なカレーからオムライス、ローストビーフや魚のムニエルに、豚の丸焼きやケーキなんて物もある。

 その全ての量が多く、間違っても一人分の量ではない。

 だが、何となく俊樹は行ける気がしていた。空腹であることもあるが、彼は多量に創炎を行使しているのだ。

 身体を僅かに残った力で起き上がらせ、縁に座って黒の箸を取る。

 

 そのまま手近な料理を掴んで食べれば――――もうその瞬間から彼の手が止まることはなかった。

 食べろ、飲め、全てを吸収しろ。

 本能が叫ぶ。足りない物を補完する為、必要な材料を身体に入れてくれと頼んでいる。

 噛む回数も僅かに、味もまったく確かめずに口に運んだ。ただ貪ることを是として進む様は、ルリをして思わず引いてしまいそうな程である。

 なんたる食べっぷり。十分もあれば大きな木製机に置かれた料理も全て食われてしまいそうで、彼の内に眠る食欲に戦慄すら覚える。

 

「喉、詰まらせないでね……?」


「――、――、――」


「あ、これ話聞いてないやつだ」


 会話をすることも億劫だ。

 言葉が耳に入ることすら面倒臭い。ただ食べ、それらを成長の糧としろ。

 本能は創炎の概念を目ざとくも嗅ぎ取っている。これが彼の肉体を生かす最も強力な武器になるぞと確信し、そちらの成長に精を出しているのだ。

 俊樹にとってはただ腹を満たす為の行為でしかない。ルリや他の人間の目から見てもそれは一緒だろう。

 解っているのは身体だけ。さて、全てを満たし切った時に創炎はどうなるのか。

 

 尋常ではない速度で消費されていく料理達を見て、ルリは再度受話器を手に取って追加の注文を口にする。

 急いで作られた料理群は量を多めに設定されており、最早パーティ会場に並ぶ量と殆ど変わりはしない。

 それらを、やはり俊樹は圧倒的な速度で食べていく。

 飢えが徐々に満たされていくのは解るが、消費量との差が釣り合っていない。五人前のチャーハンを食べてやっと百分の一が満たされるような感覚で進み、彼が食事を終えるまでにおよそ一時間は掛かった。


「ふぅ。 ……よく食った」


 久方振りの満腹感。

 身体に広がる快楽に頬が緩んでいるのが解る。だがそれも、横に積まれた莫大な皿のタワーに絶句した。

 どう見ても人間が食べる量ではない。目で数えれば、大皿が三十枚も積まれている。


「いや、食うね。 昔から大食いだったのかい?」


「まさか。 最高でも大皿一枚が限界だよ俺は」


 ルリの呆れた声に否を俊樹は伝える。

 創炎を発動してから異常続きだ。満腹になったのは良いが、この圧倒的な食いっぷりに少々の不安も覚える。

 何時の間にか肉体改造でも受けたような気分だ。勿論ルリも怜も俊樹に何もしていないし、彼が最後に摂取したとしたら薬のみ。 

 肉体の再構築によって体力が消耗するのは解っていても、やはり最深部の異常を察知出来る人間は極僅か。

 そして彼の場合、碌に身体を鍛えていないことも合わさってまったくと知覚出来ていなかった。


「不安があるけど、気にしていても仕様がないな」


「好きに動いて良いなら室内を魔改造して精密検査をするんだけどね」


 今は前向きに行動するしかない。

 そう締め括り、彼は最後にデザートへと手を伸ばすのだった。

 

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