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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【三十六点】起き抜けの会話

「…………んぁ?」


 微睡みつつ、意識が浮上する。

 ゆっくりゆっくりと元の状態へと戻り、そうして五分が経過した頃には俊樹は意識を完全に覚醒させた。

 視界に入るのは見知らぬ天井。

 何処かの宿泊施設を想起させられる暖色系の上部には小規模なシャンデリアが配置され、今も室内を強烈に照らしている。

 右横は窓。首を傾けると、ガラス越しに東京の夜景を見ることが出来る。俊樹から見える位置から階を予想するとしたら、二十階は上に居るだろう。

 全身に襲い掛かる倦怠感を気力だけで無視し、彼はゆっくりと身体を起き上がらせる。何かを口に出そうとして、しかし強烈な喉の渇きがそれを阻害した。

 昼から死ぬかもしれない戦闘をしていたのだ。今が夜である以上、身体中から補給を求める声が上がっても然程不思議ではない。

 

「――飲むといい」


「ああ、ありがと――――!?」


 そっと視界の中に入り込む水の入ったガラスのコップ。

 妙な模様の刻まれたコップを手に取り、感謝を何とか口に出そうとして目を見開く。

 今の声は女性のものだった。少なくとも、自身の父の声ではない。

 警鐘が突如として鳴る。無理くり首を急速に左に向ければ、そこには椅子に座っている女が居た。

 白のメタリックなパーカーを羽織り、灰色の髪と瞳を持った女。

 その姿を俊樹は知らない。まったく見知らぬ人物から差し出された飲み物を誤って飲むところだったのかと、コップを握ったまま俊樹は睨んだ。

 

「そう睨むな。 お前は無事だ、お前の父親も同様にな。 今は別の部屋で寝ているよ」


「だ、れだ」


「声で解らないかね。 ……ふむ、周りに人は居ない。 素で話したところで問題はないか。 ――まったく、僕だよ?」


 女の怜悧な声は、しかし次の瞬間には柔らかいものに変化する。 

 どことなく子供らしさを内包した口調は、俊樹が暫くの間聞いた声のものだ。尤も、その時は姿を見せなかったのだが。

 予想外の相手の姿に俊樹は目を見開く。知っている声と姿は不釣り合いで、妙なアンバランスさが彼女に不思議な魅力を持たせる。

 彼女は相好を崩し、苦笑しながら飲みなよと軽く伝えた。

 

「まだ横になっていた方が良い。 君は気絶する瞬間、左腕を完全喪失したんだ。 その左腕を治すのに随分体力を消耗していてね。 だから何でもいいから取り込める物は取り込んだ方が良いよ」


 怜の言葉に、俊樹は思い出す。

 あの男――西条・実次との最後の激突を。左腕に確かな激痛を覚え、振り絞った一撃は確かに心臓を破壊した。手応えは十分に有り、けれど全力を振り絞った結果として意識を完全に喪失してしまったのだ。

 そこから先の情報は何一つとして手に出来ておらず、全てを知ろうにも身体は上手く動いてはくれない。

 だが、と俊樹は左腕に目を向ける。

 そこに在ったのは紛れも無く無事な左腕だ。怪我らしい怪我も、異常らしい異常もまったく見受けられない。

 完全喪失と言ったのであれば、間違いなく腕が無くなった筈だ。にも関わらず、件の腕はまったくとそのままの形を保っている。

 治したと彼女は口にした。それはつまり、無くなった物を元通りにしたということに他ならない。


 喉の渇きに従い、俊樹は水を飲む。

 無味乾燥とした味は常と変わらない。百円で買えるような代物と大差は無いものの、どんな薬が仕込まれているかは不明だ。

 渇きが癒され、自然と苦しみも和らぐ。安堵の吐息を零すと、小さく目前の女は笑い声を漏らす。

 飲んだ瞬間に効果が発揮される類ではないのか、それとも単に仕込んでいないのか。彼女の何処か悪戯気な雰囲気に後者の気配を感じるが、今はそれよりも先に済ませておかねばならないことがある。

 呼吸を落ち着かせ、彼女を見た。女神が如くに魅力的な表情は、万人の支持を集めるのに強力な武器となるだろう。

 

「俺が寝ている間に、何が起きた?」


「説明しよう。 長くなるけど、まぁ聞いてくれ」


 俊樹が首を縦に振ることで、彼女は説明を始めた。

 漠然とした全体の流れ、彼女とAIについて。細かい部分までは語らず、ある程度を省略する形で話したそれは機械が纏めたように解り易い。

 彼は説明の中で幾度となく驚いた。五百年前の因縁が今もなお続いていることは解っていたことであるが、それでもここまで深く結びついているとは思っていなかったのだ。

 しかも、もう今の自分には生産装置の権限がある。

 自覚は無いが、彼が命令するだけで生産装置が作る物を選定することが出来るのだ。他にもロック機能も持ち、万が一現行人類が生産装置のアクセスに成功しても使えないようにすることが出来る。

 今の俊樹は貴重極まる人間だ。日本の経済を左右すると言っても過言ではなく、今は彼女達の権限で生産が続いている。

 

「なんつう展開だよ……。 あんた、やっぱりそんなに偉い奴だったんだな」


「まぁね。 口調をさっきのにして、その上で容赦無く変えるべき事は変えていったから。 慈悲が無いとはよく言われたもんだよ」


「氷の女帝、か。 とてもそんな風には見えないな」


 彼女の身体は若々しい。

 それは生産装置を用いて、疑似的なボディを構築したからだ。管理AIも同様に肉体を作り、人間に極めて近い人口的な身体を完成させた。

 それは今の人類にも出来ない芸当だ。やはり彼女達は五百年も前から未来的な技術を多く保有していたのだと、俊樹は内心で納得する。

 だからこそ、そんな彼女がミスをするのだろうかとも疑問に感じた。

 あの男の言葉。伝言として伝えてくれとは言われていたが、彼女は非常に理知的だ。

 恐ろしさを孕んではいても、その頭脳が直ぐに殺戮に向かないだけ優しさもあると言って良いだろう。

 

「暫くは此処で滞在。 ヴァーテックスの現トップが来るまでは安心して過ごせると思って良いよ。 四家も僕の影響で関われないだろうしね」


「……会って、今後どうするかを決めろと?」


「そ。 君がどんな選択をしても大丈夫だよ。 障害があるならどうするか、君なら解っているでしょ?」


 少なくとも、彼女は俊樹の道を邪魔するつもりはない。

 複数の選択肢を与えはしたものの、進路を決めるのは何時だって己だ。納得出来ない道を選ぶなど、彼女とて容認しはしない。

 故に、邪魔者は悉く敵だ。彼女がそうであるように、俊樹もまた道を遮る者を嫌悪する。

 無理に遮るのであればどうなるか。今後の話し合い次第ではあるが、馬鹿な発言をした人間は死に絶えるだろう。

 

「……平穏無事は遠いな?」


「あっはっは、ごめんね? まぁ、サポートは任せてよ。 これでも支援は手厚くやれるつもりだぜ」


 本当に、本当に平穏とは遠い所に俊樹は来ていた。

 今の段階では当初の予定通りに学業に戻ることは出来まい。先ずは正式にヴァーテックスと話を付けるところからだ。

 意識を切り替える。戦いをしたくないとはいえ、やらねばならぬ可能性を加味する。

 その上で、今もなお悪戯気な彼女に意趣返しをしたくなった。


「そういえば、あんたに伝言だってさ」


「伝言? 誰から?」


「ミスってんじゃねぇぞアホ――――赤いパーカーの男からだ」


 彼はそれをなんとはなしに放った。

 それがどんな効果を持つのかも解らず、彼女にどのような影響を与えるかも不明で。

 彼女は呆けた顔を俊樹に向けていた。それだけで少し溜飲が下がったが、彼女は暫しそのまま硬直を続ける。

 更に五分が経過して逆に俊樹が訝しむと、唐突に再起動を果たした彼女が彼の肩を掴んだ。


「ね、ねぇ! どんな奴だった! どんなこと言ってた!?」


「お、落ち着け! 揺さぶんなって!!」


 目覚めたばかりの彼は、嘗ての誰かのように苦労する道を早速辿っていた。

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