【三十四点】似た者同士
「さて、これで一先ずは安全と言って良いだろう」
俊樹達が移動に使われたのは一台のトラックだった。
周囲の目から彼等を隠しつつ、加えて一緒に撤収しても怪しまれない為に選択されたトラックの中は居心地が良いとは言えない。
元々は武器を運搬する用途で使われていたからか、此処には換気の類が無かった。照明も無く、温度調節を行うこともこのトラックでは出来ない。
ルリが適当な石榑を片手サイズの電灯に変換してくれたお蔭で視界は確保されているが、それ以外については依然として最悪なままだ。
ヴァーテックスの酷く申し訳ない顔が父の脳裏に過る。相手が古の英雄であるならばもっと丁重な扱いをすべきであるが、それをするだけの用意は当然ながら出来ていない。
四家は独自の方法で常に帰っているようで、専用車等は皆無だった。
よって、彼等は最初からある物でやり繰りするしかなかったのだ。それを父は理解しているし、女性二人も解っている。
彼女達は非常識な力の持ち主であるが、性格は常識的だ。こんな場所に押し込められるような形になっても、二人はまったく気にせず床に座っている。
まるで慣れていると言わんばかり。俊樹を床に寝かせて怜が膝枕をしているが、そんな姿にも不思議と違和感を持ち得ない。
過去の世界は戦いが多かった。こんな移動も普通であったのだとすれば、彼女達の苦労も決して並ではない。
「んで、これからどうするつもりなんだ?」
「最終目標はこの子に委ねる形となる。 どんな選択をするにせよ、全ての決定権はこの子だ。 私達ではない」
「……意外だな。 あんたらなら再度世界を取るとか言うかと思った」
「私達は世間的には死人だぞ? ――あまり深入りしても、面倒になるだけだ」
美麗な顔から嘆息が漏れる。
そこにある苦労の気配に、ああと父も同情せざるを得ない。世の中は常に強者が気苦労を覚えやすくなっていて、彼女達の時代でもそれは変わらない。
荒らすのは簡単だ。堂々と世間に姿を晒せば、それだけで世間は彼女達を持ち上げるだろう。
古の英雄が蘇生した。きっと更なる繁栄を我々に与えてくれるぞと。
報道関係者も挙って世間を煽り、流れは完全に彼女達の求めていない方向に動く。
怜としてはそんな奴等の対応なぞしたくはなかった。嘗てした面倒事をもう一度しなければならないなど、一体どんな苦行だろうか。
これはルリも一緒だ。
彼女も変わらぬ人間の面倒さを知っている。舌を出しながら苦々しい表情をしているあたり、やはり過度に干渉するつもりはないようだった。
あくまでも自分達は裏方。上層には存在を見せるが、表立って騒ぐような真似はしない。
表に立つのは子孫達の役目であり、今寝ている彼にはそれが出来るだけの資質がある。
「……この子は世間が語る初代に近しい性格を有している。 縛られることを嫌い、自由を最良と考え、その為に驀進することを是としている。 そして、その過程で幾つの壁があっても問答無用で破壊するのだ。 そんなこと知ったことかと」
「ああ、確かにな。 自分の目標の為なら邪魔する奴は全員敵だって判断するような子だよ。 まったく極端というか、敵を作り易い性格だ」
「その目標が平凡な生活である、という点が初代との違いだな。 元よりあの人には多くの人の夢が乗っていたから、叶える為に一切の妥協はしなかった」
俊樹と初代は似ている。
共に自由を是とし、その為に愚直に走り続けることが出来る人間だ。初代が他人の未来も背負っていることと比較すれば彼の人生設計は軽いが、それでも何事も上手くいくような人生を人は歩けない。
必ず迷い、必ず辿るだろう道筋から外れる。それが単に外道に墜ちるか、異なる夢に進むことになるかは人それぞれであり、変わることは変わるのだ。
けれど、二人はそうではない。最初に定めた目標を達成する為に、邪魔となる障害は軒並み破壊する。
人であれ、物であれ、それが必要ならばそうするまで。過程でどれだけ恨まれたとしても、彼等は知らぬとばかりに前を向く。
「人はあの人を太陽だと言った。 ひたすらに先頭で皆を照らす、眩しいまでの存在だと。 悪人など許さない、罪人など死んだ方がいい。 夢を邪魔する者共など、総じて屑だ」
「……そりゃまた、随分振り切ってるな。 いや、人としては正しいのかもしれないが」
初代の話を聞けば聞く程、父にはその振り切った考え方が恐ろしくも感じた。
彼の主張はつくづく正しい。悪人が陽の光の下で歩くことなど許したくはないし、罪を犯すような人間が許されることは基本的に間違っている。
物盗りであれ、殺人であれ、詐欺であれ。それが致し方ない理由だとしても、基本的に許されるなんてことはないのだ。
贖罪など自己満足に過ぎない。償うんだと思ったところで、相手が認めなければやはり悪人は悪人なのだ。
ましてや、その一回の悪事で被害者の夢が断たれればどうなるだろう。
絶望に沈む被害者を見て、その家族が加害者の死を望むことは不思議な話ではない。――いや、積極的に殺すべきなのだ。屑は屑なのだから。
そこに受容は無かった。極端なまでに、正義という概念に振り切っている。
物事を二元論的に裁いているという訳ではないが、かといって天秤のように二つの判断だけがそこには存在していた。
恐ろしい話だ。人は神にはなれないし、それは超能力者でも一緒だ。
失敗しても機会を設ける。間違っても直すチャンスを与える。社会の中で幾つもある是正への道を、初代は一切与えはしない。
全て陽の光の中で果てろ。お前達は生きていて良い存在ではないのだから。
「まぁ、我々は生まれの時点で戦いを義務付けられていた。 人類を守れと言われ、その為に生きていた。 だから、そんな人類が間違った道を歩ませたくないと思う気持ちは理解出来るものだ」
「言われたって、誰にだよ? ……神様とか?」
「っふ、そんな都合の良い存在は居ない」
鼻で笑い、怜は嘲笑を浮かべた。
確信がある。人が思い描く超越的な存在など、彼女はこの星の中で一体たりとも見つけることは出来なかった。
「神話は無い。 星という存在がある程度の道筋を用意し、これまでの歴史を紡いだ。 だが、強いて神という存在が居るとするなら――――」
そこから先は、停車したトラックの振動で遮られる。
直ぐに荷台のドアが開けられ、複数の兵が到着を知らせた。父は彼女の言葉が気になったものの、先ずはホテルで休みたいと疲れた身体で外へと出る。
その後に俊樹を抱えた怜が降りて、最後にルリが跳ねるように降りた。
ドアは閉められ、トラックはそのまま道路へと出てヴァーテックスの本部へと戻る。
「お待たせしました。 元帥閣下が動くには御時間が必要ですので、それまでは此方で滞在していただきたく存じます」
「此処は?」
「ホテル・マルチーダ。 この国で片手で数える程しかない宿泊施設です」
関係者用の室内駐車場ではホテルの全容を見ることは出来ない。
しかし父は、その名に聞き覚えがあった。いや、聞き覚えがあったどころではない。目を見開きつつも、彼は周りを見渡す。
自分は嘗て、正面からそのホテルに入った。隣に居た愛する人と共に、大会関係者用の宿泊施設として泊ったのだ。
妙な懐かしさが胸に去来する。だがそれを口に出さず、兵士の案内に釣られるように歩き出した。
そこに最早怜に対する疑問は無い。彼女が最後に何を言いたかったのかを、彼はもう聞くことはないだろう。
――それは嘗ての星であり、現在の私である。




