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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【三十三点】ファーストインプレッション

 周辺気温が低下している。

 如何に防護服を纏ったとて、それは防御に重きを置いた代物だ。低気温に合わせた服などではなく、必然的に気温が下がれば身体に襲い掛かる冷気をあまり防げない。

 一般的に氷結状態とは周囲の気温によって容易に姿を変える。氷結時と同様の気温であれば維持されるが、それよりも温度が高ければ必ず溶ける。

 常識であり、今更語るまでもない道理。発生源とて気温の影響を受け、本来であれば長くは続けど永遠に継続されはしない。

 ――されど、今。発生源である女は気温の影響など一切受けずに冷気を発生させている。

 周辺環境など何するものぞ。私が敷いた環境こそが、この世界の条理。

 己の願望を世界に押し付ける。それによって完成される空間を、今の人類も突破する術を有していない。


「早急に通信を繋げろ! 部隊を前面に集結!!」


「報道者共を更に遠ざけるんだ! 時間を掛けるな!!」


 五百年前の英傑。

 その存在はこの世界で大いに歓迎されるべきものだ。彼等こそが今の平穏を築いたのだから、これで歓迎されないのは嘘だろう。

 だが、扱いは慎重にせねばならない。英傑一人の発言が、時には国家や組織を揺るがす事態にまで発展する。

 特に彼女の発言であれば間違いなく民衆は動く。ただでさえ生産装置で慌ただしい状況でそれは彼等も避けたい。

 彼女が嘘であるとは誰も思っていなかった。そうだと判断するには、彼女の氷結能力の出力があまりにも高過ぎる。

 

 本来時間を掛けて変わっていく環境を一瞬で塗り替えることが出来るのは、嘗ての超能力者でも一握りだけだったのだ。

 少なくとも、現行人類に同じ真似は出来ない。彼女のような真似が他に出来る人間が居たとしたら、世界は新たな人種による優性主義が流行っていただろう。

 四方に集まっていた部隊が移動する。音を揃えて走る様は、さながら一匹の動物が如く。

 同時、席に座った男の目の前に空中ディスプレイが浮かび上がる。

 最初に画面に出現したのは、恐らく通信士であろう細い男だ。


『通信繋がりました。 感度良好、問題はありません』


「よし、直ぐに彼女とコンタクトを。 なんとしても話し合いに持ち込むぞ」


 駆け出す兵。通信を繋げたまま現場の責任者の下まで行き、窓を挟んで大小異なる責任者達は無言で首を縦に振る。

 形式ばった挨拶など今の段階では不要だ。何よりも必要なのは、この問題を無事に終結へと導く柔軟性である。それがなければ彼女との会話も上手く回りはしないだろう。

 通信士からディスプレイを受け取り、彼はゆっくりと少数の兵と共に前に出る。

 彼女は目を細めて眺めていたが、表情だけは冷ややかなものだ。とても友好的な雰囲気は無く、逆に誰もを見下す氷帝らしさが感じられる。

 あの目で見つめられ続けてしまえば。

 見惚れた者も極低温の世界で現実に戻った。それと同時に、彼女の瞳に宿る無感情さに恐怖が湧き出る。


「あー、あー。 すまない、聞こえているだろうか」


『ああ、問題無い。 そちらが今代の総責任者か』


「お初に御目に掛かる。 治安維持組織・ヴァーテックスの総指揮を任せられている元帥、東雲(しののめ)(なぎ)と申す者だ」


 ヴァーテックスの総責任者。治安維持を司る軍としての総大将であり、故に彼には比較出来ない重責が双肩に乗せられている。

 相手は敬うべき相手だが、かといって下手に出過ぎるのが良い訳ではない。寧ろ互いが形だけであれ対等であることが一番だ。

 それで相手の神経を逆撫でするとしても、彼は今の地位に見合う態度を取らねばならない。

 これが個人的な話であればもっと下手に出れるのだがと内心呟きつつ、彼女の反応を伺う。

 彼女は凪の態度にまったく気を悪くした様子は無かった。最初に出て来た際と一緒で、凍てつく眼差しを向けるだけ。氷柱を差し込まれる感覚に襲われるも、まだ相手は理性的であると怯えを顔に出さない。

 

『東雲……聞かぬ苗字だな。 まぁいい、今は長々と会話をするつもりはない』


「此方としてもそれは一緒だ。 なるべくならば貴方達を人目の付かない場所にまで送りたいが、構わないか?」


『出来れば本部が最良だ。 しかし、この調子だとそれは無理か』


「貴方の力が未知数だ。 安全策を取るのであれば、やはり近くの施設になるのは避けられないだろう」


 淡々と、短く、簡潔に。

 二人の話の中で騒動に発展する気配は無い。友好的な暖かみは皆無であるが、冷え冷えとした会話が逆に安心感を誘う。

 想像以上だと凪は安堵する。古から英雄とは極端な思考をしていることが多かったし、世界の全てを掌握していた彼女であれば我儘な気質であっても不思議はない。

 されど、彼女はいっそ機械的なまでに冷静だ。冷静に、変わった世界で見知らぬ人物と会話を交わしている。

 物怖じなどしない。自分を遮られる者など居ないと断ずる、圧倒的な強者でなければ出来ない振舞いだ。

 純粋に尊敬する。自分では同じ状況に陥った時、彼女のようには振る舞えないだろう。


『致し方あるまい。 だが、再度会話の機会を設けてもらおう。 色々と話しておかねばならぬ事柄がある。 ――生産装置について、とかな』


「……ッ、やはり貴方が関わっていたか。 了解した、なるべく寛げる場所を提供しよう。 後ろの者達も含めてな」


『ああ。 ついでに言っておくが、あの建物の中に何人か死体が転がっているが気にしないでくれ。 私の子孫を殺そうとした報いだ』


 死体。

 それはつまり、最初に突入した四家とヴァーテックスの兵だろう。

 努めて気にしない風で解ったと凪は口にしたが、彼女が戦ったのであれば生き残りはほぼ居ないだろう。居たとして、それは元の形をしているのか。

 こうして出て来ていない以上、想定される未来は決して明るくはない。彼女の子孫という言葉も、今のこの国にとっては決して聞き逃せないものだ。

 彼女が宣言したのであれば、もう否定など出来る筈もない。その腕に横抱きの状態で運ばれている青年こそが、彼女の語る子孫。

 戸籍上の名前は桜・俊樹。だが系譜を辿れば、西条の血が入った男だ。

 生産装置を使う素質を有していても不思議ではない。なればこそ、彼はあの青年に対して最大限の配慮をしなければならなかった。


「佐久間隊長、彼等を丁重に付近のホテルに移送してくれ。 要求は可能な限り叶え、ヴァーテックス以外の人間の接触を全て断て」


『――ッは、了解致しました』


 一先ずは軍が所有する最高級ホテルに彼女達を運ぶ。

 そこでなら緊急時でも持て成しが出来るし、自衛設備もある程度整っている。彼等がホテルに滞在している間に、政府の人間も集めて緊急の会議をしなければならない。

 忙しい日々が待っている。まともに寝れるのは一体何時になるのだろう。 

 暗い気分が胸を過るも、おーいというもう一人の女の声に意識をそちらに戻す。

 ディスプレイには管理AIの顔がドアップで映っている。彼女が強引に隊長から端末を奪ったのか、画面の端には困った顔の本人が居た。


『いやぁ、寛大な措置を有難うねぇ。 もしも捕縛してくるようなら君達を殺さなきゃいけなかったからさ』


「AI。 お前もグルだったな」


『あ、解った? ……まぁねぇ、僕を含めた生産装置の管理AIは元は超能力者達の人格を保存したものだからさ。 どっちの味方になるかって言われれば、そりゃもうこっちでしょ』


「一度も言わなかったのはそういうことか。 他の者達も覚醒しているのか?」


『僕みたいに形を作っていれば覚醒していると思うよ。 昔話を聞きたいなら聞いてみれば? ――ってそうだ、用事はこれじゃなかった』


 追加で驚愕の事実が伝えられたが、もう彼には驚くだけの気力は無かった。

 脳内にはなるようになーれと踊り出すミニ凪が居て、彼も阿呆の如く暴れ出せたらどんなに良いだろうと溜息を零す。

 けれど、彼に安息は無い。その席に座っている時点で、厄介事の多くは彼に降り掛かってくる。

 

『色々と壊しちゃったから元に戻しておくね。 んじゃ!』


 地響きがディスプレイの先から聞こえた。

 慌てる兵を他所に、ディスプレイを隊長に投げ渡した彼女は悠々と歩き去っていく。

 ――隊長が最後に見せた光景は、時間が逆転するように元に戻っていく建物達だった。

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