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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【三十二点】突撃!五百年前からこんにちは!

 大外から見て、生産装置周辺は悲惨な状態になっていた。

 撃墜したARの数々。倒れ伏した死体も多く、堅牢を謳っていた建物の壁には大小様々な穴が開いている。

 黒煙が空へと昇り、周辺住民は避難警報を聞くよりも前に独自の判断で既に離れた。施設周辺の人影は無くなり、代わりとばかりにヴァーテックスの人間や報道関係者が犇めくように占領している。

 報道関係者側としては今回の件はスクープもスクープだ。お茶の間を騒がせ、視聴率を稼ぐことが出来るのは非常に美味しい。

 ヴァーテックス側としては追い出したいし、実際に何度も注意勧告を告げている。だが彼等は中々離れず、最後には注意されない限界距離でカメラを回していた。

 一度放った言葉は引っ込めない。ここまでは駄目だと言われれば、彼等は言外の寄って来るなという注意を無視する。


「状況は?」


「っは。 現在封鎖が終わり、部隊を四方に展開しております」


 ヴァーテックス本部。

 内部にある指揮所は普段よりも活発に言葉が飛び交っている。人類の規律を守る側としての彼等は常に多忙であるが、今回は特に重要だ。

 あれが占拠されれば日本は終わる。物資的にも、人間的にもだ。物が無くなれば人は困窮し、必然的に文句や暴れ出す者が出る。

 経済にダメージが出ることイコール、人間性の低下だ。人は裕福であるからこそ穏やかに過ごせるのであって、窮すれば窮する程に自分を生かす為に暴力的になる。

 生産装置が停止した信号は発されていない。既に内部には西条家と鳴滝家が突入しているものの、双方からの通信は無し――最悪の場合、両名は死んでいる可能性がある。


「周辺に変化は?」


「外部に異常はありません。 ですが、内部温度が急激に低下しています。 北極並の気温ですな、これは」


「……異常気象か何かか?」


 三段になった指揮所の頂上。

 そこには鎮座する一台の机と椅子がある。複数の通信回線と接続することが可能な指揮台の傍で座っているのは、若さと老いの丁度中間に位置する男だ。

 傍には立っている別の男も存在し、両者は共に渋い顔を隠さない。

 厄介な事がやはり起きた。表情にはそう書かれ、故に準備に余念は無かった。戦力を多めに保持し、監視は常時強化され、人員も過剰と言える程に割いている。

 一国の経済を左右する建物に対してであれば、戦力は間違いなく妥当ではあった。仮に創炎を使う人間が襲撃を仕掛けてきたとしても、黙らせることが出来る程の力を有している。

 それでも、状況は良いとは言えない。

 報告通りであれば、侵入者は二人。二名共男で、彼等は何故か暴走しているAR達の下を潜るように入った。


 その時の片方の男の動きは間違いなく普通の人間の動きではない。

 創炎を発動した者特有の動き。つまりこの騒動は、言ってしまえばお家騒動と表現することも可能だ。

 はぁ、と椅子に座った男は溜息を吐く。

 ヴァーテックスとて四家と関係は深い。前身の組織は怪獣を専門に討伐する組織であり、そこに無数の戦力が集まった結果として治安維持の役割も担うようになった。

 数百年前の情報であるが、そこまで大きくなった所為で自衛隊や警察のような組織の存在が疑問視されたのだ。

 彼等には無力化に対する複数の選択肢があった。よって徐々に徐々にと軍や治安維持組織は力を喪失していき、最後には全て吸収されている。

 

 前身の組織の長は渡辺の性を持っていた。

 つまり、四家の内の一つである渡辺家。そことヴァーテックスは特に深い繋がりを有しており、彼等からの命令にヴァーテックスはあまり逆らえない。

 支配権はやはり彼等だ。この国の実質的な頂点は、現状政府よりも彼等にある。

 とはいえ、彼等は基本的に権力を不必要に乱用しない。するとなれば、それは絶対に必要だから行うことだ。

 今回の件は政府も了承済みであるが、最初に伝えて来たのは渡辺の当主である。生産装置に関係するので政府の人間も交えた話し合いを行い、件の子孫と呼ばれる青年の確保にARを差し向けた。

 

「例の侵入者があの青年であるのは間違いない。 画像もあるしな」


「そうですな。 これを行った理由を推測するなら、利用される前に利用してやろうといったところでしょうか。 生産装置の支配権が今移行されては我々も迂闊に手が出せません」


「政府も保護に乗り出すだろう。 四家も彼を欲しがるだろうし、そうなれば政府対四家の構図になるな。 此方が巻き込まれるのも必然、か」


 生産装置は今や世界規模の要。

 最初に託された四家が今も支配し、彼等が平等を謳っているからこそ表向きは政府の指示で全てが作られていることになっている。

 それが崩れればどうなるか。誰か一人に、それも四家に属しているとは言い難い人物が生産装置を支配すれば今現在の均衡は容易く崩壊する。

 故に必死になって保護という形を取るのだ。最悪国外に飛ばれることでその国の政府が捕縛に動く可能性が多いに有り得る。

 

 現場は緊張感に支配されていた。

 無闇に突撃せず、そこから出て来るであろう存在に対して彼等は捕まえる流れだ。

 生産装置内には飲食物は無い。今から作る手はあるが、ずっと引き篭もることは精神的に難しい。

 内部に窓は無いのだ。穴が開いているが、それでも閉鎖空間に極めて近い。

 仮に相手が立て籠ることを選んだとして、ヴァーテックス側がガスを流し込めば必ず充満する。排気口は全て生産装置の為だけに存在するので、何時かは脱出しなければならなくなるのだ。

 まだ何が起こるのかが不明であるので強硬策は取っていない。しかし痺れを切らせば、麻痺性のガスを用いて対象の捕縛に動く。


 ――だが、状況は動いた。

 建物にある唯一出入りが出来る正面口。建物が破損している状態にも関わらずガラスの自動ドアは自然と開き、中から人が現れて来る。

 それを見て、誰しもが驚いた。何せ出て来たのは報告には無い女だ。

 白いメタリックなパーカーが如き服装の女性は、悠々と歩きながらヴァーテックスの人間の前に立つ。

 その後ろからも女が現れ、今度は別の意味で驚かされる。

 瑠璃色の髪を揺らして現れた紺のパーカーに短パン姿の女は、生産装置に関する資料に記載されている人物だ。

 管理AIと名付けられた彼女は、本来表に出ることはシステム上不可能だと本人が伝えている。

 それが嘘である可能性は零ではなかったが、この状況を見るにほぼ嘘だと考えるべきだ。


『――此方は治安維持組織・ヴァーテックス。 お前達は包囲されている。 大人しく投降しろ』


 お決まりの言葉だ。数百年経過しても常套句までは流石に変わらなかった。

 それを聞き、女はふふと微笑む。女神も嫉妬する美貌から放たれる笑みは、ただそれだけでも精神に影響を及ぼす。

 一部の兵士の武器を持つ手が緩んだ。思わず見惚れたのは間違いなく、されど彼女はその隙を狙う真似はしない。


『この顔をもう忘れたか。 ……まぁ、五百年も経過すれば致し方ない。 時の流れとは存外残酷なものだな』


 囲まれている状況で、彼女はまったく怯む様子を見せない。

 寧ろ逆だ。彼女の醸し出す得体の知れない圧が、徐々に徐々にと兵士達を呑み込み始めている。

 知らないのならば仕様がない。だが――この名を聞いて武器を向けるのであれば、その時は生死など知らんぞ?


『氷の女帝、だったか。 お前達には馴染みのある言葉だ。 ……それ』


 怜の足元から急速に氷が広がっていく。生ある者以外の全てを呑み込み、彼女の世界が小規模ながら構築されていった。

 その力を知らぬ者は居ない。五百年が経過しても、彼女のその力は教科書にも載る程に有名である。

 人類の恩人。大英雄の嫁。あるいは、氷の女帝。

 

 ――冗談だろ。

 指揮所の頂点で、席に座った男は思わずつぶやいた。

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