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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【逡ー蟶ク莠区?逋コ逕】その女は――

 凍えていく。

 凍てついていく。

 壁も、床も、人も。一秒毎に急速に温度は低下していき、直ぐにでも零下の世界に突入するだろう。この世界で生きていける人間は居らず、生物である以上生存は絶望的としか判断出来ない。

 二人は軋みを上げながら首を生産装置に向ける。そこには本来居なかった筈の二人分の人影が存在していた。

 片方は瑠璃色の管理AI。戦闘開始前からの状態で何時の間にか姿を消し、こうして装置の上に姿を現した。

 彼女は現状を見ても眉一つ動かさない。寧ろ予想通りだと微笑で固定させたままだ。俊樹がこうなることを彼女は解っていたのだろう。

 だが、彼女に周辺の温度を下げる機能は無い。彼女に与えられた機能は、選別と製造の権限だけだ。


「――――!? 馬鹿なッ」


 実次が声を荒らげる。高揚も冷静さも捨てた驚愕の声に、父も一体何だと彼女の隣に立つもう一人に目を向けた。

 それは女だった。白いメタリックなパーカーのような服を纏い、フードを取り去って顔を晒している。

 灰色の長髪。同色の灰色の瞳。白き肌は透き通るようで、この世の誰にも勝てぬ美貌を有して佇んでいる。

 父もまた目を見開いた。何故なら彼女の顔は、あまりにも怜に似ていたから。 

 いや、似ているなどという精度ではない。最早瓜二つ。双子だと言われれば納得出来る顔立ちだ。

 

 白い女はゆっくりと空気を凍らせ、生産装置から彼等の前までに階段を作り上げる。

 そして歩き出し、白い女の後ろにAIが付き従った。ゆっくりと、言葉も無く。 

 徐々に徐々に近づく程、彼女の存在感を嫌でも感じ取れる。氷山とも、冷たき雪原ともイメージ出来る彼女はやはり尋常の存在ではない。

 五分は掛けただろうか。階段を降りた二人は、そのまま二人の間に立った。白い女は二つの男の顔を緩やかに首を動かしながら眺め、不意にその目を意識を絶った俊樹に向ける。


『薬は飲ませたのだな。 良い判断だ』


「あ、貴方様は――」


 巨漢がするには似合わぬ狼狽。冷たき世界でありながらも脂汗を流す様は、一種異様にも見受けられる。

 だが、実次の発言は女が手を前に突き出すことで止められた。冷ややかな目は変わらず、褒めたにも関わらず好意的な感情は無い。


『ああ、お前の想像通りで構わんぞ。 些か時間は掛かったが、漸く身体の再構築を済ませた』


「なんと、なんという!」


 女の発言を聞き、直後実次は跪く。

 回復で消費されていく体力を気にもせず、節々に流れる激痛を無視してでも彼は膝を折ることを選んだ。

 父からすれば訳の解らない状況である。困惑に顔を左右に動かしていると、瑠璃色のAIが白い女の隣に立った。


「ま、解らない人には解らないよね」


「あ、ああ……」


「では紹介しよう! この御方はなんと、四家の内の一つ。 西条家の初代様の御夫人だ!」


 仰々しく手を振りながらAIは答える。

 西条の初代夫人。それはつまり、五百年前の時代を生きていた人物。同時に数多の怪獣を討伐する超能力組織の長の一人として座し、氷の女帝の二つ名を轟かせていた人物でもある。

 名は見つからず、されど彼女は様々な場で出て来る人物でもあった。彼女の発言一つで経済にも多大な影響を及ぼし、支配者の一人としても有名である。

 彼女が何時死んだのかは定かではない。夫とは異なり、彼女はある日から姿を消した。今では死亡判定を受けているものの、それが事実かどうかを確かめる術を誰も持ち得ていない。

 父は女に目を向ける。白い肌は死人のようで、灰色の髪と合わさってとてもこの世の人物には見えない。


 死後の世界の住人。あるいは、人の域を超えた神の世界の住人。

 蘇生など出来る筈もない。まだこの世に、死んだ人物を元通りにする技術など有りはしないのだから。

 だからこれは、本当におかしい話だ。異常を極め切った、最早狂気染みた話でしかない。――――誰が五百年前の人物がこの世に戻ってくると想像しただろうか。

 

『五百年か。 それだけ経過した割には、あまり見た目は変わっていないな』


「……一体、どうやって此方に。 貴方様は当の昔に死んでいる筈では」


『死んだ、か。 その認識は少し違うな』


 突き出した手が人差し指を立てる仕草に変わる。


『私は最初から死んではいない。 五百年前のとある戦いで、肉体を捨てざるを得ない出来事が起きたから捨てただけだ』


 涼やかな声に嘘は無い。

 断じる言葉は真っ直ぐで、故に意味不明だ。肉体を放棄するということは、一般的に死と同義である。それを死んでいないとするなら、彼女は所謂魂だけの状態でこの世に存在していたとでも言うのか。

 実次の困惑の気配に、女はフッと笑みを形作る。その笑みはやはり、作り物特有の無機質さを保っていた。


『怪獣は知っているだろう。 あれを発生させていた星から力を奪いたくてな』


「力、ですか?」


『解り易く言えば権限だ。 あらゆる権限を星から奪い、最終的に星の意思を殺す。 奴は何時如何なる時でも人類を滅ぼす為に活動していたからな。 最深部に居る本体を破壊するには肉体を捨てるしか方法がなかった』


 地球という惑星は、五百年前までは人類の存続を否定していた。

 これは教科書にも載っている話だ。嘗ての星は環境破壊を続ける人類を絶滅させ、一度自然的な環境を取り戻そうとしていた。

 星は次々に怪獣と呼ばれる兵士を差し向け、常に人類は死と隣り合わせの状況の中を生き抜いたとされている。

 生産装置を絶対に壊してはならないとされているのもこれが原因だ。環境破壊が進めば、必然的に再度怪獣が姿を現す。

 現代の人間は環境に非常に配慮している。あらゆる非自然的な物質を捨てるのではなく、生産装置を用いて新たな資源に変えているのだ。


 だが、彼女の話をそのまま真に受けるのであれば――星はもう人類を脅かすことはないように思わされた。

 彼女がこうして復活した以上、少なくとも星との戦いで負けたとは考えにくい。であれば、今は星が持っていた権限を彼女が持っていると想定することが出来る。

 

「では、生産装置を守れと残したのは……」


『人類の存続が第一。 次点で私の復活に必要だからだ。 肉体を再構築する際、生産装置の存在は欠かせないからな』


 私欲だけであれば、あるいは実次は失望していたかもしれない。

 けれど、彼女はあくまでも人類を優先していた。人の世が長く続くことを願っての行動は、これまで多くの人間を救ってきている。

 食糧難に喘ぐ者に手を差し伸ばした。治療薬を多く溜め込むことが出来たお蔭で不足の事態は無くなった。

 新しい技術発展の為に消費される資源も生産装置から生まれている。元手が零とは言わないまでも、極めて零の状態から生産が続けば必然的に回せる資金にも余剰が生まれてくる。

 それらで生活保護を手厚くした。福利厚生にも力を入れ、人が人であろうとする生き方が世界中で流行ったのである。


『守り通した結果を私は称賛しよう。 よくやった』


「あり難き幸せでございます。 まさか、このように御会いになられるなど想像もしておりませんでした」


『ああ。 私ももう少し時間が掛かると思ったのだがな。 まさか想定外に種が開花するとは考えていなかった』


 心から、実次は喜んでいた。

 それは大人が子供に褒められたようなもので、偉大なる先人から己は間違っていなかったことを証明されたようなものだ。

 自分では成長していると思っても、人間は到達点を設定しておかねば迷いが生じる。実次に迷いがあったかは定かではないが、到達点に居る人物から良いと言われたのであれば間違ってはいなかったのだと自身に感謝を送ることが出来た。

 良かった、良かった。嗚呼、ただただ良かった。

 感涙すら流し、実次は歓喜する。そして、だからこそ、女の目が今も無機質なままであることに気付かなかった。


『まぁ一先ず。 こうして肉体を構築出来たのであれば今後の管理は此方でしよう。 お前は十分に役割を果たした』


「いえ、貴方様のお手を煩わせたくはございません。 これからもどうか私目にお任せを」


『いや、お前はもう十分だよ。 ――――種が開花した以上、用済みなのだから』


 衝撃が実次を襲う。

 死角からの突然の事態に、思わず支えていた俊樹を手放す。

 激痛が訪れた。これまで何度も経験した、死へと誘う程の痛みが実次を襲う。一体何故と顔を下に向ければ、巨大な氷の棘が胸から生えていた。 

 父は唖然とする。よく見れば、実次の後ろの虚空から胸に向かって棘は伸びている。

 生えた箇所から推測するに、心臓は確実に潰されていた。薬のある着物の内側に手を伸ばそうとして、再度空中から氷柱が両腕を貫いて床と合体する。

 足周りの空気も凍っていた。最早身動き一つも取れず、実次は目を女に向けるしか出来ない。


『お前は褒められたことを大層喜んでいるようだが、私がお前を認めたことは一つとしてない。 お前は、私の夫が大事にしていた思想を穢したのだ。 生きる価値など有りはしなかったのだよ』


「な……ぜ……」


「だから言ったでしょ?」


 ひょこりと、AIが実次を覗き込む。

 その目に侮蔑と嗜虐を織り交ぜて、彼女は実次に最後の言葉を吐く。


「あの人が求めていたのは自由だって」

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