【EX.1】西条に託されたモノ
『西条とは、人類を守る上で最も先頭に立つ者でなければならない』
幼き日、西条・実次は実父より自身の家の在り方を教わった。
先祖は五百年前の英雄。当時人類を守護した最強の超能力者であり、今ではその超能力は消えている。
けれど、西条の人間には最初から様々な才能が備わっていた。
肉体、知力、感性。およそ天才になる為に必要な素養は一通り揃っていて、優秀になる程度であれば誰でもなることが出来た。
故に、彼等は天才であることを特別視しない。そのまま市井に下れば褒めそやされる才能の塊も、西条という家の中では当然であった。
彼等が優秀であるかそうでないかを見極める能力はただ一つ。五百年前の初代から託された生産装置を動かす、創炎を遺伝しているかどうか。
遺伝していれば引き出す事に全霊を注ぎ、遺伝していなければまともに愛されもせずに地獄に突き落とされる。
落伍者に優遇は無い。ともすれば拷問とも評される鍛錬と、残酷な決断を突き付ける試練によって多く誕生した子供は一桁台にまで減るのだ。
実次は運の良い方だった。生まれて五歳の段階で創炎を無意識に発動し、成長してからはめきめきと実力を向上させた。
その過程で試練であると多くの子供や大人を殺す結果になったが、実次は一切疑問に感じずに生き残る事に必死になっていた。
――殺せ、殺せ。男も女も、大人も子供も。全ては意思を繋げる為に。
人類を守れ。
親から子へと引き継がれた使命。四家全員が抱えるソレは、呪いのように彼等を縛る。
彼が成長し、親から当主の座を引き継ぐ時。そこで実次は初めて西条の深奥とも呼べる場所に行くことが許された。
そこは円柱の建物で、内部には無数の記録データが収められている。入口の傍には一台の古風な端末が置かれ、起動すれば歴代の当主が残し続けた五百年前の映像を見ることが出来るのだ。
古臭い、既に廃れた建築方式の建物があった。
今となってはどうしてそんな物を使っているのか解らない機械を使う人々が居た。
笑顔は少なく、あるのは自身に迫る脅威への恐怖。
暗い時代だったのは明白で、だからこそ時代の前を行く者達を人々は礼賛した。
見よ、あの者達を。数多の脅威に立ち向かい、人々の安寧を守らんとする防人を。
太陽の如く世界を照らす者達を我等は忘れることはないだろう。例え太陽が死したとしても、彼等が残した物が我等を照らし続けてくれる。
あの輝きを忘れるな、あの強さを忘れるな、あの素晴らしき方々の軌跡を消し去るな。
時の権力者でも彼等の偉業を讃えることを忘れなかった。
それが今の四家の先祖。パーカー姿の集団は、赤の男に率いられて人類そのものを守り通した。
――あの方が、我等の先祖だ。
尊敬しない筈が無かった。憧れない筈が無かった。
赤き男の鮮烈な戦果。輝く太陽の如き烈火の覇気は、不可能を可能に変えてしまうような未来に満ち溢れて止まない。
そんな男に実次はなりたかった。今のままでは足りぬと鍛錬を重ね、創炎を磨き――それを他者にも願った。
四家の内、英雄の血を引いているのは西条だけだ。他三家も確かに多くの功績を残しているが、直接的に未来を救ったのはやはり西条だけである。
だが、だからこそ。嘗て彼の背中を追従していた者達であるからこそ、横には並ばずとも直ぐ後ろを付いて来るくらいは出来るだろうと実次は確信を抱いている。
『実次、お前はもう少し手を抜けれんのか』
『何のことだ』
鳴滝の本邸。
何時ものように四家同士での会談を終え、実次は一日だけ本邸に泊った。
夜の縁側で用意させた酒を空茂と飲み続け、不意に彼が実次に言ったのだ。お前はもう少し手加減というものを持てと。
巨漢同士が酒を飲み交わす姿は中々に圧があるが、雰囲気は決して悪いものではない。寧ろ軋轢を生みやすい環境の中では二人は仲が良いと言えるだろう。
共に動きやすい薄手の着物を纏ったままで、周囲には護衛の一人も無い。
今ならば何の小細工もせずに己の本心を口に出せると、空茂は仲の良い実次に苦言を軽く口にしたのだ。
それに対して、実次は心底に理解が出来ない表情を浮かべる。お前は何を言っているのかと表情は語り、それを見た空茂は溜息を零す。
『西条の家が他と比べて厳しいのは理解している。 求められる基準が常に最高である以上、身内に対して厳しくなるのも必然だ。 だが、その調子では後継者が零になるぞ』
『そのことか。 なに、問題は無い』
四家の中でやはり西条だけは他よりも求められる基準は異なっていた。
天才の中の天才。敗北を知らぬ勝者。未来を守る勇者として、例え己一人になったとしても全てを背負う気概。
一定のラインはあるとはいえ、それでも西条が最後の要である事は三家も否定しない。だが、それを理由に人体が耐え切れぬ領域まで虐め抜いては自壊するだけだ。
人の身体には限界がある。創炎を使えても、やはり人は人なのだ。何者にも負けぬ絶対強者になることは出来ない。
『俺の先祖が特別な人間であることは知っている筈だ。 彼の人物は、正しく人でありながら神の如き領域に立った。 であればこそ、その血を引く人間が到達出来ない道理が何処にある?』
『待て、実次。 それは――――』
『出来ない、不可能だ、無理。 これらは総じて弱音だ。 何も成せぬ者が吐く敗北の証明であって、それを俺の家系が吐くことなど許せる筈もない』
空茂の言葉は正論だった。正論だったからこそ、常識外にまで思考を飛躍させている男にはまったく響かなかった。
それは負け犬の戯言だ。強者を弱者の領域に引き摺り込もうとする悪魔の手だ。
真に強者であるのなら、そのような言葉は口にしない。口にすべきは、まだだの三文字のみ。
『空茂、俺は後ろを振り返るつもりはない。 憧憬の遺言を守り抜く為にも』
『その過程で無数の屍が積み上がったとしてもか』
『当然。 屍となったのは敗北者だ。 敗北した者を気にする必要が何処にある』
実次は光に目を焼かれていた。
初代の雄姿に心を奪われ、余人の言葉に耳を貸すことはない。故に、彼がやることは全てにおいて常識外れの外道とも言えるものだった。
才覚のある女と結婚して子供を成した。可能性の芽を増やす為に子供を安定して増やすことが出来る年齢の女を複数買った。
愛は無い。ただひたすらに子供を量産し、蟲毒のような世界でたった一人になるまで戦わせ続けた。
それを何度も何度も行わせ、思い付く限りの苦境に立たせた。
実次もまた子供達に負けず劣らずの勢いで自身を追い込み、身体に多くの怪我を負っては気合と根性だけで再起してみせた。
それでも初代の壁は高く分厚い。
骨を幾つも折った。四肢を欠損しては生やした。何度も心停止を繰り返した。
ARと真正面から殴り合い、時には薬による強化にも頼ったのだ。全てはあの憧憬に辿り着く為にと、周りからどのように見られても一切気にしなかった。
遥かに煌めく頂よ。西条などという下らぬ家名ではなかった、あの頃の家名をどうか名乗らせてくれ。
俺は守ったぞ。俺は繋げているぞ。気高き至高の焔を、俺は一瞬たりとも忘れずに目標に定めている。
唯一の友と言えるかもしれない人物は彼の狂気から身を守る為に離れた。
家内で彼を恐れぬ人間は居ない。例え妻であろうとも、今の夫を純粋に愛することなど出来はしない。
子供を産み続けた女達は体力が切れて死んだ。彼女達の最後は薄汚れた牢の中で、襤褸の布を纏った状態だったという。
最終的に生き残った子供の数は三名。これに妻の子供の分も足すと、合計で五人になった。
その五名の内、今も生き残っている人間は僅か三名のみ。
人の狂気に限界は無い。
彼は己が死ぬその瞬間まで、錯覚の憧憬を追い続けるのだ。そうすることを是とした以上、初代達の想いと致命的に乖離するのは必然だった。




