【縺雁燕縺梧悽迚ゥ縺?】創造する者
声は全ての人間に聞こえた。
それは知っている者と知らぬ者で別れ、俊樹と父は聞いた覚えの無い声だ。
反対に四家や護衛達には聞き馴染んでいるのだろう。彼等は端末に顔を向け、実次は眉根を寄せて露骨なまでに嫌悪を示す。
表情は語っている。やはり出て来るかと。
そして彼が思った通り、端末から護衛達に向かうように粒子が集まっていく。次々に集結しては足から順に人の形を構築していき、やがて出来上がったのは人型の女性だ。
足の長い、しかし上半身の短い細身の身体。
瑠璃色の髪を腰まで伸ばし、瞳もまた輝く瑠璃に染まっている。紺の短パンに白いシャツ、上から深い青のジャケットを羽織っていた姿は非常に人間らしい。
とはいえ、それでも人ではないのは明白。あのような登場をしておいて人間であるなどと誰が思えるだろう。
「――僕を放置するのは無しだよ、実次君」
「管理AI……」
互いに見つめ合う相手の名前を呟く。
これで俊樹達にも相手が何者なのか判明した。この生産装置そのものを制御する管理AIとして、彼女は長い間此処に存在しているのだ。
しかし、一般に発表された情報では管理AIの姿は髪も爪も服も無い白いボディだけだった。今でこそ事情を知っているとはいえ、何も知らないままでは俊樹も父も困惑していたことだろう。
「今は引っ込んでもらおうか。 お前を害する者が居るのでな」
「ああ、勿論解っているとも。 でも、今邪魔なのは君達だよ?」
「何?」
管理AIが振り返る。
生産装置の上に立つ俊樹を視界に収め、彼女は破顔した。
友好的というには生温い。遥か過去に生き別れた親に再会した子供のように、彼女は俊樹を歓迎していた。
「おいで、子孫君。 君が来るのは貔ェから聞いているよ」
一瞬、彼女の言葉にノイズが走った。
誰かの名前を言っていたようだが、それは皆の耳には届かない。脳内で処理をする前に強制的に遮断された感覚に、尋常ではない違和感を覚える。
しかし、それを放った当の本人はまるで気にしていなかった。こうなるよねと解った上で発言していて、俊樹自身もノイズ云々を除けばまたかとしか思わない。
あの反応は姿の見えない女からも受けたものだ。俊樹を通して誰かを見ていて、けれど彼自身のことを決して無視している訳ではない。
そこに居る人物が別人だと解っている上で、本人達は重ねている。意味不明であるが、それを一々指摘しては時間が潰れてしまう。
今必要なのは、此処で支配権を奪取すること。
俊樹が日本の生産装置の権限を全て手にすれば、必然的に日本は彼を捕縛することは出来ても殺すことは出来なくなる。
護衛達は依然として銃器を降ろす気配は無い。迂闊に降りれば、そのまま蜂の巣にされることは間違いなしだ。
首を左右に振って否を突き付けると、AIもああと納得して護衛に視線を移す。
「邪魔だと言ったよ。 ――此処で死にたいかい?」
静かな、それこそ世間話のような気軽さ。
発された言葉は軽い印象しか覚えないだろうに、誰しもの心を不安と恐怖で揺さぶる。
冗談であると笑い飛ばすことは出来ない。あれは確実に、自分達を殺しに来る。
容易に想像出来る未来。普段は怯まない彼等も、未知の技術から発現された彼女の言葉には怖れを抱く。
今この瞬間において権限が最も高いのは彼女なのだ。四家でも、ヴァーテックスでも、ましてや俊樹でもない。
「何故、その小僧に拘る? お前達が遺言で残した言いつけを我々は未だ保っている。 怪獣が出現していないのがその証拠だ」
筋骨隆々の大男は、それでもと前に一歩出てみせた。
その言葉には特大の秘密が含まれていると承知の上で、彼は彼女に対して何度も行ってきた何故を突き付ける。
これまでは彼女は実次の疑問に答えなかった。内容を変えても、彼女は過去に繋がる情報を残しはしなかった。
西条の家には五百年前の映像データが秘匿されている。当主や、当主が認めた者のみにしか見れない古い映像の中には当時のメンバーが映っていた。
その中に彼女は居たのだ。確かなメンバーとして、瑠璃色の短い髪を揺らして。
「いいや。 いいや、違うとも。 君達は本当に守らなければならない事を守らなかった」
これまで沈黙を返すだけだった彼女は、しかしこの瞬間に初めて答えてみせた。
覚醒してからの数々の疑問。集めたデータから質問をしていた人間は全て嘗て親交のあった家の末裔であり、その容姿は実に様変わりしていた。
同じ人間は居ない。生活の一部を変えただけでも姿とは異なるもので、五百年前の己達も全てが同じ姿ではなかった。
人が変われば、その思想も変わる。自分達が去ってからも彼等であれば必死に繋ぐだろうと思われた未来は、しかして上手くはいかなかった。
「君達は親や祖父母から何も伝えられなかったかい? 当時の残された資料から、推測を立てることは出来なかったのかい? ――――僕等が求めた未来を、君達は僅かでも考えたかい」
「無論。 怪獣の出現を防ぎ、人類の繁栄を極め、その上で星の崩壊を阻止する。 もう二度と、あのような出来事を繰り返さない為に。 その意思は今も残されている」
「……ああ、そうか。 そこまで、君達は終わってしまったんだね」
「何?」
実次の語った意思が間違っているとは誰も思わない。
その内容自体は彼等の知るところではなかったが、知ったところで非難される部分など一部たりとてない。
四家は今も怪獣の出現を抑え込んでいる。人が人のまま暮らしていける世を作り、資源不足からの環境破壊も五百年前からまったく進んでいない。
寧ろ空気は澄んでいて、嘗てと比較すれば川も山も綺麗になった。往来を歩む道からもゴミは自然と消えていき、少なくとも環境の改善は飛躍的に進歩したと言えるだろう。
それら全てをAIは知っている。機械に蓄積された情報から、送られた資材が全て何の役割も無い存在であると解っていた。
無事に生産装置は機能している。それは良い、本当に良かった。
なのに、それを扱う権限を与えた四家は逆に後退している。未来になど進んではおあらず、その場で足を止めていただけだ。
AIにとってそれは失望に値する。前を進み、己を磨き、不可能を可能に変える為に嘗ての自分達が居たのだ。
阻む者はなんであれ粉砕する。道無き道を笑って駆け抜ける。――だってそれが、我等が主である蠖ゥ譁への愛だから。
「君達に進歩は無い。 前を歩く気概が無い。 己の道を歩まず、何時までも何時までも自身が望んだことをしないでいる。 まったくもって、君達は足を止めたままだ」
「……」
「君達の守ってきたことを否定はしない。 実際にそれは必要なことであるし、維持しなければ怪獣は確かに出現していた。 でもね」
生産装置を扱うに足る資格者とは。
特権を手にする資格を持つ者とは。
「君達は守るべき自由を捨ててしまった。 何処までも何処までも遠くへ行けるような自由を捨てて、自分の手で枷を嵌めたんだ。 そんな君達を、僕等は認める訳にはいかない」
自由だ。
唯一無二の自由こそ、我等が主が求めた理想。
お前達は決して苦しむだけの存在ではないのだと伝える為に、自分達がそれを使って好きなように生きていく為に、彼等は技術を残した。
苦しい世の中だ。退屈な世の中だ。楽しくない世の中だ。
貧しくなっていく人の感性。それは彼等の主も一緒で、そこから逃れたくて皆で歩んだ。
『死に逝くからこそ、楽を求めて何が悪い』
メモリーが囁く。愛しの男の声が内部で再生されて、そうだと彼女は頷く。
苦しいだけの日々なんて送る必要は無い。時には選択を迫られるであろうが、その先が幸福になるように残せるものは何でも残した。
少々自分達に不利になるような技術だって置いておいたのに――結果は成功とは言い難いものだ。
許せるものではない。だからこそ、彼女が認めた人物に全てを渡すことを決めたのだ。今一度、したいことをしてくれと。
「自由を進む者にこの施設を使う権利がある。 そして資格者は此処に現れた。 であるならば」
「させると思うか?」
彼女は長い弁舌を終えた。
であれば、次は誰の番であるのかなど明白。
西条が、鳴滝が、共に目を鋭く尖らせた。その内心で渦巻く黒い想いを隠すこともせず、彼等は己の未来を守る為に敵対することを選ぶ。
施設の破壊は望むところではない。彼等がするのは、資格者の破壊。やっと判明した理由から全てを計算し、矛を俊樹へと向ける。
下らない話だった。極めて単純で、愚かな思想の話だった。
「自由など、生まれ落ちた段階である筈も無い。 仮に自由を与えたとして、その瞬間に人々の間から法も倫理も無くなるだろう。 欲望に忠実なのは何時の時代でも変わることなく、故に誰かが錨となって止めねばならないのだ」




