【莠悟香莠皮せ】再会~破滅を添えて~
建物を貫く鋼鉄の針は遠目でも大きいことが解る。
それらが一斉にAR達を狙い、外に居た人々は突然の出来事に唖然とするしかなかった。
当然、これは襲撃を仕掛けた二人も一緒だ。
最初は暴れるだけ暴れさせれば良かったのに、それを覆す事が起きた。あれが内部にあるとはとても思えず、少なくともたった今生成されたと見るべきだろう。
あれが何の目的で発生したのか、などと俊樹は言うつもりはない。
十中八九中の存在だ。それも人間ではなく、生産装置の制御を担うAIでなければこんな真似は出来ない。
内部で何かが起きているのは間違いなかった。問題は、内部の騒ぎがどれだけ大きくなっているのかだ。
「親父、タイミングが早いと思うけど飛び込むぞ」
「――チィ、こんな事になるとはな!?」
まだ完全な排除には動いていない。
けれど、この初動が大事であるのは二人にも解る。今飛び込んでいかねば、次に飛び込む機会を喪失するだろう。
なるべく建物側を向いている方向に二人は走る。俊樹の方が遥かに加速力では秀でているので、先に彼がヴァーテックスの人間の背後を殴り付けた。
速度に任せた高速の拳。手心無しで殴ったことで容赦無く意識を奪い、倒れた音で警備の人間が振り返る。
しかし、もうその頃には俊樹は眼前に迫っていた。
大声を上げられてしまう前に振り返った顔面を掴み、地面に叩き付ける。高速の移動で数人の意識も同様に放り投げさせ、人が倒れた道を父が必死に駆けていく。
警備の人間達から父は銃を引き抜いていき、弾数を確認する前に眼前の兵達に対して引き金を押した。
周囲に響く小規模な銃声。道を遮る可能性のある者達の腕と足を正確に撃ち抜く様は、とてもではないが初心者には思えない。
手にした銃はハンドガンとアサルトライフルの二つ。対人間用として未だ生き残っている銃達を、父は危なげも無しに抱えて走り出す。
被害が拡大すれば必然的に二人に気付く者は出る。誰かが大声で敵襲だと叫び、無駄に位置を知らされる前に俊樹が瞬足で意識を刈り取った。
互いに言葉は交わさない。
今この瞬間、俊樹は走りながらもARを操っている。味方同士を潰し合わせ、轟音に次ぐ轟音によって足音や物音を消しているのだ。
その活動に協力するかの如く鋼鉄の針は一度引っ込み、再度別の機体群目掛けて針を伸ばした。
今度は回避された機体が多いものの、被害を受けた機体は残らず撃墜されている。中にはパイロット保護の防御バリアすら突破して絶命させていた。
人死にが量産されている。今度の生産対象は死体だと言わんばかりに、生産装置そのものが暴威を振るっていた。
この活動は非常に目立つ。故に報道局もこの異常を生中継で見せ、人々に多くの混乱を与えるだろう。
「――着いた」
建物の入り口は強化ガラスによって閉じられている。
創炎で強化された拳で殴っても割れる様子の無いガラス材質は、普通の武器ではまともに突破出来ないだろう。
ならばと腕から炎を発生させる。人工物である限り、ガラスが溶けないということはない。高温の炎によってガラスは次第に溶け始め、人間一人分が出来た段階で飛び込むように中に入った。
「どわ! あっちちちちちち!!」
「開けたばっかなんだからそりゃ熱いだろ」
続いて父も俊樹同様に飛び込んだが、周りは熱されたばかりで異常な熱を持っている。
長袖の服であるお蔭で火傷は回避したものの、もしも顔面が触れていれば重度の火傷は避けられなかった。
転がり込む父に呆れた目を向けるが、父としては此処で俊樹に時間稼ぎをしてもらう訳にはいかない。
炎を操れる俊樹には火に対する過剰なまでの耐性が付いた。如何な温度でも火傷一つしない姿は、これからの戦いで有利に働くことだろう。
故に、父を守る為に立ち止まらなければならない。彼の親は家の系譜と繋がっておらず、只人であるのだから。
「い、行くぞ!」
「おう。 取り敢えず下行けば良いだろ」
建物内は常に警報だらけだ。
そこかしこで足音が聞こえ、時折白衣姿の人間を目にすることがある。
彼等は二人を見た瞬間に悲鳴を上げた。此度の襲撃者と判断して怯えたのだろうが、建物の被害については完全に無関係である。
兎に角、攻撃をしないのであれば無視だ。逃げる人間を追う程の時間は無い。
建物の被害は甚大だ。そこかしこに巨大な穴が開き、室内に陽の光を届けている。
「手っ取り早く行こう。 親父、悪いが抱えるぞ」
「タイムアタックみたいなもんだからな。 よっしゃ、行くぜ!」
穴が開いたお蔭で防壁などもまるで機能していないだろう。
父を横抱きに俊樹は下り坂を駆け抜ける。強化された足でなければ途中で転げ落ちるであろうが、足の回転を増やすことで転倒を防ぐ。
歪な道であれば曲がれもしない速度である。これが直線だったのは非常に都合が良かったとしか言えない。
あるいは、そうなるように向こうが設定していたと想定することも出来る。
降りて降りて、五分は疾駆しただろうか。髪を振り乱し、父は恐怖に顔を引き攣らせながら暗闇の世界を突き進む。
『彼女とは既に話を付けてあるよ。 攻撃される心配は無いからそのまま行ってくれ』
女の言葉はしかし、俊樹に何も安心を与えない。
AIが攻撃しないとしても、恐らく生産装置の傍には多くの護衛が居る筈だ。それも外に居るような有象無象ではなく、明らかな手練れが。
彼等は俊樹と生産装置の接触を防ごうとするだろう。例えその護衛が四家の人間であったとしても、言う通りにならない人間に接触を許さない筈だ。
彼等が接触を許すとするなら、それは俊樹が四家の――正確に言えば西条の意に従った場合だけ。
そんな未来は俊樹の中には無い。故に彼に訪れる未来は、未だ二つ残されている。
そうして駆けていくと、次第に遠くから仄かな光が見えた。僅かな光量は室内の暗さを想像させ、到着と同時に不意打ちを打たれる可能性を秘めている。
足を止めたいが、かといって坂道で停止するのは拙い。
せめて止まるのであれば平地だ。そこならば最悪、転がり落ちることにはならない。
徐々に徐々にと崩れない程度に速度を落としていき、力を溜める。
急停止は無理だ。であれば、運動エネルギーを逃がす方向で止める。
光が近付く。穴の縁が見えた。強化された視覚が機械群の姿を捉え、それが件の生産装置なのだろうと当たりを付ける。
「飛ぶぞ!」
「あいよ!!」
父は俊樹の服を強く掴む。
衝撃に備える為に身を深め、穴の縁から盛大に飛び跳ねた。
開けた視界から見えるのは、広大なドーム状の空間。天井には多くの穴が見えるものの、それが半円の形をしていることを俊樹に伝える。
下を見れば、生産装置と思わしき正方形の機械が見えた。傍には操作用の端末が見え、本来の入り口付近にはやはり多くの護衛が居る。
俊樹達が出て来たのは生産装置傍の横壁だ。跳ねた所為で生産装置を飛び越え、反対の壁に身体が激突し掛ける。
咄嗟に壁に足を付け、今度は生産装置直上に。
一度運動エネルギーを殺したお蔭で速度は落ち、今度は慌てずに機械の真上に着地することに成功した。
「シャッ、到着!」
「死ぬかと思ったわ……」
父を降ろした俊樹はガッツポーズをして、逆に父は胸に手を当てて安堵の息を漏らす。
だが、この場は別に安全でも何でもない。直ぐに意識を切り替えて入り口に視線を向ければ、そこには銃器を構える兵と着物姿の男女が居た。
「――まさか、此処まで到達するとはな」
「あんたが此処の管理を任せられている人か?」
「如何にも。 西条・実次だ。 お前から見れば祖父に当たるだろうな」
「ってことは、お前さんが今代の西条家当主って訳だ」
父の言葉で男の正体は判明した。
確かに、実次の顔は皺が多い。白髪を腰まで伸ばし、老人であることは間違いないだろう。されど、彼の身体は決して細くはない。
枯れ落ちる枝ではなく、未だ衰えを知らぬ巨木。当主であるからには相応の資格を有していることは明白だが、素人目でも彼は油断ならない人物だ。
であれば、隣に居るであろう少女の如き女も油断してはならない。彼女はやはり赤染の着物を僅かに揺らし、静々と頭を下げた。
「初めまして、俊樹様」
「誰だ、あんた」
「鳴滝家の純玲と申します。 貴方様とそう年は離れておりませんが、次期当主として研鑽を積んでいる者で御座います」
鳴滝、と俊樹は短く呟く。
おかっぱの女は純心な少女の如き笑みではいと呟き、彼に対して妙に好意的な感情を露にする。
俊樹を保護したのは鳴滝家だ。あの当主の下で育てられたのであれば、ある程度の常識は備えているかもしれない。
とはいえ、それはある程度だ。一般的な感性で育っていない人間に、俊樹達の言葉が届くとは到底思えなかった。
「さて、これで役者は揃ったと見て良いな」
――――いいや、まだだね。
実次の言葉。厳かに告げられた宣言に、しかし声が待ったをかけた。




