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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【二十三点】五百年前の貴方へ

「たく、最近の俺達って運が悪いよな」


 某所・某ホテル。

 俊樹は女との会話の後、無事に父と集合してホテルへと帰還を果たした。

 父の顔は疲れ果て、俊樹自身も出て行った当初と比べると顔色は良くはない。父としてはあの騒ぎが原因で満足に調べることが出来なかったし、俊樹は俊樹で別の理由で胸が晴れないのだ。

 だが、父はそれを理解出来ない。詳しい内情を知るには彼はまだ踏み込めておらず、息子なら共有すべき話題を語ってくれると信じているから。

 秘密にすべき事柄など無い。特に今は生産装置に接触しなければならない関係上、どうしたって連携を密にする必要がある。

 だから父は愚痴を吐くだけだった。己の内に湧いた泥を外に掬い出すように。

 そして、コンビニで購入した安っぽいコーヒーに口を付けて泥の苦さを別の苦味で覆い隠す。


「やっぱりあれって、俺の影響なんだろうか」


「……まぁ、そうだろうな。 お前さんがこれまで生産装置の近くに行ったことは無かったし、学校も東京の端だ。 関係が無かったら逆に嘘だろうよ」


 愚痴を散々に吐き続ける父を止めさせる為、俊樹は嘘を吐く。

 あの当時に起きた出来事は全て彼女のものだ。だから父の語った推測は当然不正解であるが、お蔭で幼少の頃にも関わっていなかったことを知れた。

 彼女が装置に何かをしたのは間違いではない。しかし、彼が子孫である以上はきっと似たような状況にはなっていただろう。

 状況と理解度に差が出ただけ。だから、こうなるのはある意味必然の流れだ。

 

「あれの所為で警戒はますます増してやがる。 直ぐには解けちゃくれねぇだろうな。 一週間引き篭もるか?」


「まさか。 俺が近付いただけでああなったなら、やっぱり逆転のチャンスはあそこにある。 もうちょっと耐えても良いと俺は思うよ」


 ただでさえ生産装置には異常が発生している。

 この上更に異常が起きれば、それこそ警戒が過剰なまでに高まるだけだ。もう素直に侵入することは不可能だと言って良い。

 今の内に外に出て家を目指すのも選択肢としては有りだ。あれの後では流石の四家も生産装置に集中するであろうし、逆に待つことが悪手になりかねない。

 そんなことを考えての父の提案は、俊樹自身の言葉で否定された。

 このまま家に戻って学業を再開させるとして、やっぱり攻撃させない手札は必要だ。

 実際に影響を及ぼせることが出来たのだから、無理を押してでも挑戦する事は間違いではない。


 特に彼女は一切諦めないだろう。

 遠隔で装置に接触したのであれば、機を見て彼女は俊樹に語り掛ける。故に、その時まで彼は待つことを選んだ。

 となれば、次にやらねばならないのは潜入方法だ。機を待つにしても、潜り込む方法を予め決めておかねば流石の父も怪しむ。

 俊樹は腕を組んで、現状での最適解を想像する。なるべく人目に付かず、なるべく人を殺さない方法を。

 既に俊樹は殺しを経験したが、だからといって積極的にしたいとは思わない。

 それは殺人の忌避感からではなく、余計な恨みを抱かれることを面倒だと感じる心からだ。


 敵対するのであれば許すつもりは到底無い。

 それが許される状況であれば、何処までも彼は加速する。倫理も常識も通用しない世界において、中途半端な善性は死を招くだけだ。

 相手が残酷を許容するのであれば此方も残酷を許容するまで。だからこそ、浮かぶものにも残酷な色が混じっている。


「――――ってことをしようと思う」


「お前……」


 冷静な口から出て来た残酷な行為の数々に、父の口の端が震える。

 我が息子ながら容赦が無いと思いつつ、しかし突破するには普通の方法では駄目であるとも理解には及んでいた。

 父自身、殺しについて悪いなどと語るつもりはない。相手が先に仕掛けてきたのだから、殺されることは受容しろと突き付けるくらいには非常識だ。世の中、必ずしも非殺であることが尊ばれるとは限らない。

 その後もあれやこれやと話し合いを進め、夜は寝た。

 朝食や昼食の時間になった時は腹が満たされるまで食べ続け、俊樹は学生生活を送っていた頃よりも大量の飯を口にする。


 仮にわんこそばがあったとして、軽く三桁は食べることが出来るだろう。

 八分目まで意識的に抑えなければ動けなくなるまで食べかねない。これだけの食欲が何処から出て来るのかは俊樹も父も解っていた。

 赤の創炎。赤眼時に発生する力はどれも人間離れしていて、戦えばARすらも凌駕する。

 それを発揮するには大量の燃料が求められ、原油を入れる訳にもいかない人間の身では食べた物を消費するしかない。

 だからこそ腹が減り、多くの食べ物を欲してしまう。将来的なエンゲル係数の上昇に互いに溜息を吐きつつ、そのまま最後の一日になるまで二人は生産装置の周辺を歩き続けた。


『中々良い食べっぷりだね』


「あんた、解ってたなら最初から教えてくれよな。 これからはなるべく力は使わないようにしないと」


『まぁまぁ、その問題ももうじき解決するさ。 君が此処に残ってくれたことで、僕は常時接続することが可能になった。 オフライン環境のサーバーに接続するのは存外難しくてね、離れてしまっては維持するのは不可能だったんだ』


「それがあの騒ぎ?」


『そう』


 騒ぎは今日も起きている。

 物々しいヴァーテックスの集団に、数を増していくAR。偶然覗き見た際には複数のトラックが内部に入っていく姿も見え、外側にペイントされた企業マークは有名なシステム会社のものだった。

 それ以外にも黒塗りの外車が幾つも入ってきている。金持ち特有の外車は非常に目立ち、何処の存在かをある程度明瞭にさせてくれた。

 限られた官僚、そして四家。

 あの家は鳴滝家の本邸であるが、他の家はもっと東京に近い位置に建てているかもしれない。相変わらず本邸の住所は公開されていないものの、急いで来れる程度には近いことが解る。

 

『中の子とは既に話を付けた。 後は準備が整えば、君が中に入らずとも向こうが会おうとする筈だよ』


「向こうから? どうやって」


『うーん、建物をぶっ壊して?』


「なんだそれ」


 俊樹のツッコみは尤もだ。

 中の子とは、世間一般に発表されている限りにおいて生産装置のAIだろう。件の存在は機械的に処理をするだけの存在だった筈だが、生産装置の異常活動に合わせてAIにも個性のような反応が出た。

 諸外国の方を俊樹は知らないが、日本国内の生産装置のAIは随分とフランクなものになった。

 一人称を僕と名乗り、機械的な真白の肌は白人のような人間味のある色に染まり、AIは予め設定される以外の行動を取るようになったのである。

 人間味の増した存在を管理AIと呼ぶのは少々難しいが、排除することが出来ないのであれば件の存在をそのまま使うしかない。

 

 だが、それこそが女にとって都合が良かったのだ。

 女が怪し気な笑い声を発する。都会の中で響く声は俊樹以外の誰にも届かず、彼の背筋を否応無しに震えさせた。

 嚇怒を発さずとも、彼女はやはり怪しい存在なのだ。

 確かに彼を助けるだけの力を与えてはくれたが、完全な信用など出来る筈もない。

 用が無ければ赤眼を使う機会も無いだろう。何れは力も彼女も頼らない生活に戻りたいものである。

 

『兎にも角にも、事態は変わるよ。 ――君が世界の中心だ』


「意味深な言葉を送らないでくれよ。 俺は学業に戻りたいの」


 彼女の言葉を即座に否定し、俊樹は見ていた建物から目を離す。

 今日もまた警戒が厳重になった。それだけしか集まらなかった情報を手に、今日もまた父の愚痴を聞くのだ。

 だから、見逃した。

 背を向けた建物から光が漏れていることを。女が今度こそ、誰にも聞こえることのない声を発していることを。

 いよいよ始まるのだ。新世代の超越の物語が。

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