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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【二十二点】本音の生き方

『今日はこれくらいで良いかな。 帰ろう』


 生産装置を囲む物々しい雰囲気が始まって、早一時間。

 厳重な警戒態勢が敷かれた建物周辺は蟻の子一匹も見逃さぬ眼光で照らされ続け、監視カメラも常時左右に揺れ動いている。

 周辺住人は何事かと一度彼等を見たが、関わり合いになることを恐れて自身の家や近くの建物に引っ込んだ。

 積極的に外に出ている人間は精々帰宅を急ぐ者くらい。それも大多数が居る訳ではないので、数分も経てば自然と人通りは零になった。

 俊樹も状況の変化を片目だけ路地裏から出して見ていたが、警備の厳重度が高まるだけでそれ以上の変化は無い。

 外に対して層を厚くさせたのであれば、彼等は建物に強襲を仕掛けられると思ったのだろうか。俊樹に内部の者達の思考は解らないが、それでも明らかな異常事態に報道局が動くだろうと推測は立てられた。


「さっきのは一体何だったんだ?」


 人目から外れるように裏路地を歩く。

 見知らぬ道ではあるものの、時折見える大通りの道から予想して進めば問題無く駅近くまで移動することが出来た。

 今、周辺は警戒状態に陥っている。俊樹が出てきても問題は無いかもしれないが、落ち着くまでは隠れていた方が良いと裏路地内の何かの機械の上に座った。

 声の主は相変わらず姿は見えない。背後は壁であるというのに、彼女は布の一切れも見せずに声を発する。


『生産装置のシステムに干渉したんだ。 僕が来たってことを教える為にね』


「干渉? それに来たって……」


『困惑しているのは解るけど、まだ教えることは出来ないな。 ――生産装置にまで到達したら、その時に全部を説明しよう』


 彼女の声は真横から発せられた。 

 最初に語り掛けて来た時と同じく冷静な声音に、俊樹は舌を打つしかない。

 彼女はやはり答えを出さなかった。秘密主義なのか、本当に引き下がれない状況に陥ってから説明するつもりなのか、兎に角全てが判明するのは事が終わってからになる。

 その時、自分の立場は間違いなく一般人の域を脱するだろう。

 ただでさえ特殊な立ち位置なのだ。このまま突き進んだ先で支配者になるのは必然であるが、出来る限り裏情報の無い形で支配しておきたかった。

 

「答えが言えないならヒントなら良いだろ。 あんたはやっぱり、あの四家と関りがあるのか」


『……まぁ、そうだね』


 答えを言ってもらえないのであれば、せめて考えることが出来る材料が欲しい。

 そう思っての発言は、彼女にとってはセーフラインなのだろう。教えてくれた事実に眉を寄せて、ならばと時間が許す限り思考を展開する。

 第一として、あの四家は五百年前から存在する家だ。事の起こりは超能力者達と怪獣との戦い――歴史の中でも特に危険な部類に入る時代で、人類は最後に勝利を手にした。

 されど、人類はその戦いで大いに疲弊したのだ。

 物も、人も、およそ生きることそのものが苦しい程に追い込まれていた。このままでは折角勝利を手にしても滅びるだけだと、当時の記録テープが証言を残している。

 

 その時点から生産装置は存在していた。

 だが稼働している数は少なく、中には破壊された物もあったのだ。超能力者達はこの現状を打開すべく、人類とも手を合わせて生産装置を急造させていった。

 それが現代まで続く生産装置達であるのは言うまでもない。

 あらゆる国家が何を失っても守れと教育される装置は超能力者の頂点三人が操作権を有し、彼等が死ぬ間際に四つの家に分割して託された。

 二人の弟子と、人類の中でも最も超能力者達に協力した家。そして、超能力者自身の家。

 この四つが今も連綿と子孫を残し、操作権を喪失せずにいる。彼等の血が途絶えた時こそが生産装置の停止の時であり、世界大戦の始まりだとされていた。


 ここまでは教科書やネットに載っている情報である。

 半ば常識であり、直接仕事として関わらなければ忘れてしまうような話だ。学校で学ぶようなものはそれが必要でない限り記憶から薄れてしまうもので、俊樹自身も歴史の全てを覚えている自信は無い。

 だが、今回の件で世界の真実の裏を知った。平和など、所詮は薄氷の上にしかなかったのだと嫌でも理解させられた。

 何時の時分でも虫唾の走る事実は当たり前のように目前に鎮座し、俊樹の望む生活を与えてはくれないのだ。

 

 胸糞の悪くなるような選別に、当主の証だと言われる創炎という瞳。

 彼等だけが操作出来るからこそ、四家内には明確な選民思想が蔓延っている。いや、きっと彼等は心の底では他の人間全てを見下しているだろう。

 でなければあんな人権を無視した真似など出来はしない。使える人間以外は死ねと言わんばかりの地獄は、当然ながら人が住む世ではないのだ。

 そこに声の主が関係しているとするなら、やはり彼女もまともな感性を持っているとは思えない。


「あの家の連中、どう思う?」


『――死ねば良いと思っているよ。 この身が触れることが出来るのなら、君が手を出すより先に殺していただろうね』


 そう思った俊樹の予想は、しかし直ぐに裏切られた。

 冷静な声は真逆の殺意に溢れる声。深みすら抱かせる低い声は、俊樹の心に想像を超えた負担を与える。

 騎士と真正面から睨み合った時でもこれほどの恐怖を覚えなかった。

 感じることすら生涯で経験しないであろう極度の圧は、最早可視化すら出来そうだ。

 この話題が彼女にとっての地雷であるのは自明だった。

 触れてはならぬ場所に俊樹は触れ、彼女の怒りを引き摺り出したのだ。


『いいかい、これだけは君に言っておくよ。 ヒントだとか答えだとか関係無く、今の四家が継いでいるのは系譜だけだ。 他は何一つとして彼等は引き継いでいない』


「引き継いでいない?」


『そうだともッ。 特に西条! あの西条だ! あの家だけは最早存在すらしてはならない愚物に成り下がった!!』


 激昂が加速する。

 西条の家で何があったのかは解らない。嘗ての家々を知らないのだから、俊樹が想像することも出来はしないのだ。

 それでも、彼女の怒りが本物であることは解る。一切の虚偽の含まれない、純粋な怒りは四家の中でも西条に向けられていた。


『君は彼等に言われなかったかい? もう直ぐ子孫が全てを引き継ぐと』


「あ、ああ」


『子孫っていうのは、確かに全てが同じである必要はない。 似たような思想を持ちながらも、それでもやっぱり違うのが子孫だ。 その上で間違った道を進んだ者達を、僕は子孫だと認めることはしない』


 子供は親とは違う。それは当然であり、しかして親の影響を受けて欠片であろうとも子供は育ててくれた者に似る。

 彼女の語る子孫とは、即ち親の想いを多少なりとて引き継いでくれた者のことだ。

 それがどういう意味であるのかまでは彼女は説明しなかったが、俊樹は直感的にそこにこそ真の継承者の定義があると感じた。

 加え、彼女の今の言葉。これで声の主は間違いなく嘗ての血筋の何処かに居た存在であり、恐らくまだまともだった頃の家を知っているのだろう。

 故に受け入れられない。断じて、今の四家が正常であると認められない。


『君はどんな生き方を望むんだい?』


「俺? 俺は――」


 君はどんな生き方を最良だと思うのか。

 彼女からの問い掛けに、浮かぶは家に縛られた姿を思い出せぬ母。そして四家に襲われた父の姿。

 縛られた彼等の生活は、全てが全て安穏だったとは考えられない。きっと何処かで邪魔は入って、あるいは直接的に妨害もされただろう。

 好きなように生きたいだけなのに、それを家が否定するのだ。

 お前は我が家の人間だと、そこの男のような者と結婚すべきではなかったのだと。




『 断じて、赦せるものではない』


 


 顔を上に向ける。

 何時の間にか夜になった空に雨の気配は無い。街灯が無ければきっと空には煌めく星々が見え、人々を明るく照らしていたことだろう。

 俊樹の内に宿っている極大の思い。自分が望むものである筈なのに、それは何処か自分のものではないようにも感じられた。

 

「俺は誰にも縛られないような生き方がしたいよ」

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