【十九点】刺激的な生活の始まり
「っと、あったあった。 こういうところは詰めが甘いんだよな」
東京近郊。
田舎に近い駅の傍に置かれた錆の目立つコインロッカーを父は開けている。
中にあるのは今時珍しいプリペイドカードと衣服だ。電子決済が当たり前となった現代において、物理的な決済手段はほぼ絶滅したに等しい。
一応は高齢者向けに用意されてはいるが、採用されている施設は限定されている。コンビニやスーパーという身近な店舗でも殆ど消滅しているのだから、後十年もすれば絶滅するだろう。
故に、限られた手段を父は選んだ。口座に紐付けせずに可能額までチャージし、それを複数枚準備。更に着替えも二日分は用意しておいて、早朝時の人が居ない時間に彼等は公衆トイレで着替えた。
「よくあんなの準備してたな。 逆に目立ちそうなもんだが」
「なに、なるべく目を向き辛い方法を使ったまでよ。 それに携帯端末は襲われている中で壊される可能性があったからな。 精密機器に頼るより、シンプルな構造を選んだ方が信頼出来る。 今必要なのは便利さじゃないからな」
「まぁ、そりゃ確かに」
トイレから出て来た二人は、そのままコンビニへ。
二十四時間稼働するコンビニは早朝にも関わらず、働いている人間の姿は無い。変わりに居るのは二足歩行の人型ロボットであり、安さを理由に性能の低い彼等は単純な業務しか出来ないでいる。
用意されたシチュエーションに機械的に対応し、掃除や品出しといった単純な仕事も全て指定された時間通りに終了させることが可能だ。ただし、膨大な仕事量に対して短い時間を指定した場合は時間を超過した段階でフリーズする。
高性能であれば柔軟に対応するものだが、この辺が格安のロボットの限界だ。命令以上の事が出来ない彼等は、故に犯罪に対応する力も思いの外弱い。
温めてもらった弁当を手に、近くの公園に設置されているベンチに座る。
公園に人影は無い。こういった広い土地は直ぐに何らかの建物に変えられるものだが、意外と残されている場合がある。
それは企業がイベント目的で使うことがあったり、大学の生徒が実験目的で広いスペースを求めることがあるからだ。
運動する人間も今は少ない。仕事上必要であればジムで鍛えるのだから、公園で走り回ったり体操をすることも無くなっている。
寂しい公園に遊具は見当たらず、辛うじてあるのは砂場やシーソーくらいなもの。
「食いながら今後の動きについてを決めていこう」
「俺は大学に通うぞ。 奴等の所為で中退なんて真っ平御免だ」
「……普通はあんな奴等と戦ったら世界中を飛び回って逃げるもんだがな」
「嫌だよそんなの」
父の言葉に露骨に俊樹は嫌悪を示した。
大学への入学試験が楽であったと彼は思っていない。決して有名高ではないとはいえ、それなりに学力がある大学を選んだのだ。
合格を目指して努力した日々を捨てたくはないし、辞めたら辞めたで勝負に勝って試合に負けた気になってしまう。
自分のあの夜、完膚なきまでに四家を圧倒した。
勝利を手にしたのである。そんな自分が好きに過ごせないなど嘘であろう。
故に俊樹は引かないし、彼の父もそうだろうなと肯定を示す。父としてもこのまま四家の好き放題にされるのは業腹ものだ。
「んじゃ、一週間過ごしたら家に戻るぞ。 荷物だけ取って東京に引っ越すことにしよう。 俺も仕事辞めちまったから、新しい職場を探さなきゃな」
「サラリーマンだったから、別の会社のサラリーマンとか?」
「んー、そういや俺の本当の職をお前に教えてなかったな。 ――本当はARの修理工場で働いてたんだよ」
「はぁ?」
父の突然のカミングアウト。
思わず素っ頓狂な声を俊樹は出してしまうが、父は苦笑するばかり。
以前はARの修理店を営んでいたことは知っている。だが母の死から畳み、これまで普通に暮らしてきたのではなかったのか。
「生活の為だ。 ARが修理出来る人間ってのは常に不足していてな。 給料も高かったから、お前や自分を養うにはそうするしかなかった。 辞めてた期間なんて精々一年くらいだろうぜ?」
思わず睨んだ俊樹は、けれど直ぐに自身の怒りを収めた。
父にとってもARに関わる仕事は複雑だ。自身の店を畳んだように、本当であればもう二度とやりたくはなかったかもしれない。
けれど、やはり需要の多い所では必然的に金が集まるのだ。特に重要な裏方業務を行える人間は多くはなく、結果的に父はまだ幼かった俊樹を養う為に修理工場で働くことを是とした。
これで怒るなど自身の愚を晒すだけ。感情で済ませず現実的に前を見た父の行為は、一親として称賛されるべきだ。
「お前はAR嫌いだろ? ……だから、なんか話すのは憚れてな」
「そっか。 ――ま、生活の為なら仕方ないよ。 学費だって出してくれたんだから、俺が文句を言うなんて違うさ」
「……すまんな。 こうまでとんでもない事になるなら、もっと早い段階で説明しときゃ良かったよ」
「それは、まぁ、うん。 出来れば最初から話してほしかったな」
互いに苦く笑う。
双方が双方に致し方ない理由を持っていて、結局それが原因で言うべきことを言えなかった。
だが、もう父の方の隠し事は無くなったのだ。全てを明かした以上、父を責める必要はもう無い。それが俊樹の為だったのだから、寧ろ彼は父に感謝を抱いている。
有難う、有難う。本当に、貴方が俺の親父であったことに有難く感じている。
故に。だからこそ。
「親父の仕事はきっと向こうの圧力の所為で辞めさせられるだろうね」
「だろうな。 最終的にやったのはお前だけど、俺達が原因なのは間違いない。 どんなことをしてでも妨害すると思うぜ?」
「俺の方もきっと来るだろうし――あいつらが言っていた通り生産装置にまで行かなきゃならないかなぁ」
俊樹は謎の女については話さなかった。
その上で、自分が自由になる為に行動しなければならないと強く感じている。父は予想外な答えに驚きの目を向けるも、寧ろ将来を考えたらそうしない以外の選択肢は存在しないと渋々首を縦に振った。
「俺が子孫の確率が一番高いらしいし、将来的に停止するのが決まっているなら行って解決しなきゃな」
「例の予言めいた話だろ? あの家の連中が嘘を吐いているようにも見えなかったし、やるしかないんだろうな」
「追われるくらいなら俺が先に終わらせる。 そんで全部牛耳って俺が王様だ」
最後にふざけた宣言して、父は噴き出した。
成程、成程、それは面白い。息子が本当に子孫であると確定すれば、待っているのは息子の天下だ。
備えていた力は誰をも寄せ付けず、上手く立ち回れば自分が望む世界を作り上げることも可能かもしれない。
そうなった時、四家は間違いなく落ちぶれる。俊樹に立ち向かって諸共滅ぼされるか、恭順して支配され続けるか。
どちらにせよ、完全に掌握された段階でもう彼等は俊樹を攻撃出来ない。殺す事そのものが自身の首を絞める結果となる以上、彼の機嫌を損ねない立ち回りを求められる。
「はー、中々刺激的な生活になりそうだな?」
「俺としては普通な生活をしたいんだがな」
楽し気な笑みを浮かべる父を見つつ、俊樹は唇を尖らせる。
出来る限り迅速に全てを終わらせたいものだ。そう思う彼に、父はやはり楽しそうな顔をしながらそうだなと口にする。
四家と敵対したも同然の状況で俊樹はまったく自然体だ。不安にも恐怖にも駆られた様子は無く、そんなところに自身の妻の影を感じた。
公園で飯を食べた後、二人は一週間を過ごせるホテルを目指す。先ずは疲れた身体を休ませることにしよう。




