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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【十八点】慈悲の逃走


「で、お前達はどうするんだよ」


 騎士は死んだ。 

 無惨にも全てを焼き尽くされ、その死体が発見されることはないだろう。

 残される物があるとすればARの残骸程度。黒くなった僅かな欠片が周囲に散乱し、戦闘とも言えない戦いが起きた場所の木々は総じて燃え尽きていた。

 炎の蛇は消える気配が無い。巨大な身体はそのまま彼の周りで停滞し、警戒する人間やARを睨んでいる。

 誰もが恐怖を覚えた。誰もがこんなことになるとは想像していなかった。

 勝つか負けるかの次元は既に無く、今挑んだところで晶斗同様に炭にされるのがオチだろう。

 逃げねばならない。何を放り出してでも、己は逃げねばならない。

 だが逃がしてくれるのか。四家が、俊樹が、逃げる者達を許すというのか。


 そんな不安に揺れている最中、俊樹の声が辺りに響いた。

 恐ろしい蛇が傍に居るにも関わらず、彼は普段通りのまま。如何に彼にとって味方であるにしても、一般人が炎の蛇を目の前にして不安を抱かない筈がない。

 自分で出したとはいえ、この蛇は本当に襲ってはこないのか。そも、現在の状態を何時までも続けることが出来るのか。

 様々な不確定要素が揃っているだろうに、彼は揺らがない。それが逆に彼等の中で異質さを感じて止まない。目の前の人間は同類であるのかと。

 

「このまま帰してくれるのであればそれで良し。 帰さないで来るなら、悪いけど死んでもらう。 上からの命令で仕方無くとか、家族や友人が待っているとかは関係無しに殺す。 例外は皆無だ」


 ゾッとさせられた。

 俊樹の目は凪いでいる。人殺しを犯したのに、動揺も迷いも無い。

 そして逆に、彼は謎の寛容さを持っている。怒りに任せて虐殺を行っても不思議ではないのに、彼は異常な域で冷静さを保っていた。

 これをまともだとは誰も考えない。過度にイカれていなければ出来ない思考だ。

 

『――此方、早乙女家の早乙女・美鈴(みれい)です。 機体越しですが、そちらと話をしても構いませんか』


 沈黙の状況で口を開けて答えたのは、今まで沈黙を続けていた早乙女・美鈴。

 流麗な声には若々しさが満ち、鋭利な印象を抱かせる。針の如き鋭さと呼ぶよりも剣を想像する方が近いだろう。

 彼女が最初に話したことで場の流れは彼女に移る。俊樹は振り返って無言で先を促し、彼女もコックピット内で渇いた唇を舌で湿らせる。

 

『西条の人間の損失は此方にとって想定外になりました。 この被害は決して致命傷にはなりえませんが、確かな傷ではあります。 このまま仮に私が戦ったとして、敗北は免れないでしょう』


「言いたいことは?」


『此処でお終いだということです。 四家の御当主様達もこの現状では退避を認めざるを得ないでしょうし、個人的にぶつかりたくありません』


 美鈴の発言は即ち、自身に戦闘の意思は無いということだ。

 ここで戦っても負けるのは目に見えている。まともに武器が効かない現状、無策で突っ込んだところで晶斗と同じ末路を辿るだけだろう。

 当主達の反応が怖いが、如何に彼を手に入れたい四家とてこのままでは不味いとも理解には及んでいる。

 ARに適性を持ち、更に創炎を発現することが出来る人物は貴重だ。美鈴もまた創炎を使える者であるが、あの戦いの最中に起きた事は何一つとして理解出来なかった。

 故に、貴重な人材を捨てることは非効率になる。死ぬ気で拘束しろと言われてはいるものの、彼女は独断で停戦することを選んだ。

 ライフルを捨て、ARの腕を上に向ける。降参を意味するポーズに俊樹は目を細め、蛇が動き出した。


 周りを焼きながら近付く物体に彼女は動けない。

 迂闊に動けば敵と見做される。降参が真実のものであることを証明する為に、ARを絶対に動かしてはいけないのだ。

 ゆっくりとゆっくりと。進んだ体躯はやがて彼女の機体の前で見下ろす。

 あまりの高温に離れていても機体は熱くなり始め、コックピットも徐々に温度が上昇していく。

 通信機が起動する。早乙女の当主が彼女に向かって戦うことを命令するが、彼女は頑としてそれを受け入れない。

 命令無視だとしても、彼女は生きたかった。自身は未だ成人ではなく、未来ある若人なのだから。


 家の掟に縛られることが必ずしも正しいことではないのは彼女も理解していた。

 怜が逃げ出した件も言葉にはしないまでも納得していて、正しいのは自分なのだと信じ続けることも出来ていた。

 生まれた頃からの他とは違う生活。裕福であるからこその責務。与えられた将来は彼女の望んだものではなく、創炎を覚醒して以降は余計に自由は無くなった。

 当主に女も男も関係無い。求められるのは素質や能力であり、現早乙女家の当主は女性だ。

 当主の事を彼女は好いていない。叛逆をする程までではないが、離れられるものなら離れてしまいたかった。

 だからこそ、これはある種の好機。当主達は実力も高かったが、俊樹程の理不尽を有してはいない。このまま媚を売ることが出来れば、如何に家での立場を悪くしても脱する機会も訪れるだろう。


『……もしも追いかける者が居ても私が塞ぎましょう。 ですので、どうか矛を収めてはいただけませんか』


「――解った。 俺も戦いはしたくないしな」


 彼女の懇願はいとも容易く叶った。

 機体を溶かし始めていた蛇は消え、俊樹が纏っていたパーカー達は灰になって消えていく。

 敵意も戦意も消え失せ、残るは逃走時に視認した姿だけ。

 熱いコックピットの中で彼女はARに命令を送り、僅かに溶けた装甲そのままに機体を動かしていく。

 向かう先は俊樹を警戒する四家の部隊。ライフルを拾い、彼の前に立つことで誠実さを見せた。

 相手の方が数は多い。とはいえ、技量が劣ることはない。カスタム機も幾分か性能がダウンしているものの、それでも俊樹と戦うことと比べればなんてことはない。

 

『では、次も学校で(・・・)


「?」


 彼女の最後の言葉に疑問符を感じながら、俊樹は何時の間にか転がっていた父を拾い上げて赤眼状態で駆け出す。

 背後からは戦闘音が鳴り響く。当主達は逃がさない決断を下したようだが、彼女が頑張って踏み止まっているのだろう。

 どのような思惑があるかは俊樹は知らない。どうでもいいものであるし、今後邪魔するのであればやはり倒すのみ。

 殺すかどうかはその時の判断次第だ。危険な思考であるのは承知の上で、それでも今の俊樹は厳しい決断を下していくしかない。

 

「さっきのパイロット、学友か?」


「知らないよ。 女友達とかは一人も居なかったからなぁ……」


「お前……。 それはそれでどうかと思うぞ?」


「うっせ」


 父の呆れた眼差しに文句を言いつつ、森の中を抜けていく。

 一週間は東京付近で留まり、俊樹は自分だけで家に戻ろうと頭の中で決めていた。資金の問題はあるが、その点については父に何か用意があるだろう。

 そもそも俊樹を逃がそうとしていたのだ。事前の準備をしておかなければ逃走など上手くいく筈もない。

 後は先回りされてその準備が潰されていないことを願うだけ。

 この騒動が+に働くことを祈り、二人は数少ない自然地帯を駆けた。


『声は出さなくていいよ。 これからについてを話すだけだから』


「……」


『今回はこれで終わったけど、まだ次がある。 君がその力を持っている限り、どんな形であれ彼等と関わることになるだろうさ』


「……ッ」


『早期に終わらせたければ彼等と離れながら生産装置に向かえ。 近くに居るかどうかは僕が教えてあげるから』


 逃げる最中、俊樹の背後で女の声がした。

 何時までも張り付くように居る声は既に存在を否定された霊のようで、しかしそうではないと俊樹も解っている。

 生きたければ逃げろ。真正面から戦うことばかりではなく、裏から全てを終わらせることでお前はお前の望みを叶えることが出来る。

 甘美な声は、さながら悪魔のような怪しさを内包していた。

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