【蜊∽コ皮せ】焔の為の世界
燃えろ、燃えろ、いざや悉く燃え盛るが良い。
赤眼が粒子を放つ。五百年の歴史の中で現れなかった奇跡の眼であるからこそ、何が起きるのかを完全に予想することは誰にも不可能だ。
今この場に居る面々。発現させている俊樹を除いた面々は、この瞬間に互いで潰し合う真似を止めた。
二家は彼に対処する為。父は俊樹が暴走した場合を考えた為。
創炎に覚醒した者の始まりを知るのは四家だけだ。父には今後俊樹がどうなるのかは解らず、しかしかといって尋ねたところで答えなど返ってはこなかっただろう。
不安で心が揺れる。胸に湧き上がる焦燥を誤魔化すように自身の服の胸元を握るが、それで何が変わる訳でもない。
何かは起きた。それが大きな物事の引き金になると父は無意識の何処かで確信を抱く。
『何が起きた?』
自問するように晶斗はコックピット内で呟く。
眼前の捕獲対象は此方を睨むだけでまだ動きはない。機体の制御が奪われることも、何か特異な現象が引き起こされることもなかった。
ただ、それで虚仮脅しであると楽観する程の精神性は晶斗にはない。それは早乙女側も一緒のようで、これまでライフルだけだった機体の各所から隠されていたミサイル発射管や機銃が露出する。
狙いは全て一人。この段階で父を狙う愚かはせず、最後に射撃の意思を伝えるだけで全てが一斉に俊樹を襲うだろう。
騎士もまた、己の銀翼を広げる。一対の細い翼の間には幾つものブースターが内臓され、それぞれが出力を上げて飛び立つ瞬間を待ち侘びた。
晶斗のARは純粋な近接。遠・中距離の武装を持たずに剣一本で戦っていく酷く尖った戦法だ。
熟達でなければ勝利は握れず、されど彼は大会では常に上位に入賞している実力者。尖った戦い方が決して間違いではないのだと告げる彼は、正しく選ばれた極少数の強者に入るだろう。
故に解る。勘でなければ直感でもなく、事実として視覚は訴えてくるのだ。
――――あれに迂闊に手を出すな。不用意に飛び込めば、そのまま死ぬことになるぞ。
『……見に徹する、か』
相手を知り、己を知る。
戦の勝ち方だ。危険であるからこそ、先ずは情報収集に乗り出す。
そして、二機が停滞したからこそ俊樹もまた己の眼に見えるものに意識の全てを持っていかせていた。
視界は先程と変わらぬ森の中を映している。しかし、辺りは太陽の光とは別の光で照らされていた。それは青く、落ち着きを与えるような淡さも持っている。
森の果てまで続く光源の無い青の光に目を見開いていると、彼の背後で足音が聞こえた。
咄嗟に振り返ろうとし――――
『駄目だよ』
――――その行動を背後からの声で静止させられる。
誰かが居るのは間違いなかった。創炎によって引き上げられた知覚が居るのだと明確に脳に伝えている。
森の中は視界が遮られ易い。例え知覚が鋭くとも、人は居ないと思った箇所への意識を疎かにしがちだ。
だから誰が居たとしても不思議ではなかったが、この状況で語り掛けてくる人物など不自然でしかない。
それに、と俊樹は自身の遠くに居る父を見やる。
彼は動いていなかった。俊樹に顔を向けたまま、一切身動ぎもしていないのだ。それは他のAR二機も一緒で、まるで時間が止まったような空間になっている。
『正確には知覚速度を万倍にまで加速させているんだ。 一秒が一万秒にまで増えているんだから、必然的に周りはゆっくりになるんだよ』
「あんたは、誰だ?」
声は女のものだ。
酷く気安く語り掛け、俊樹の礼儀の無い言葉にも不快にならずに小さく笑い声を漏らす。その声は幾分か低いが、俊樹に美しいと感じさせた。
『うーん、今は止めておこうかな。 するならもっと相応しい場所でするよ』
「……勿体ぶられるのは嫌いなんだけど」
『僕にだって選択権はあるからね。 それに今は僕の事についてあれこれ考えている場合じゃないだろ?』
女の指摘は正論だ。今彼女の正体を確かめるより、二機のARを何とかする方が先。それが片付いた後で改めて彼女についてを考えるべきだろう。
俊樹が渋々了承の声を発すると、足音が近付いた。そしてそっと俊樹の頭に手が置かれ、突如緩やかに撫で始める。
いきなりの行動に驚きと共に腕でどかそうとするも、その腕は何故か自然と止まった。無理矢理停止したのであれば解るものだが、俊樹は誰かに何かの影響を受けてはいないと解っている。
解っているからこそ、不可解だ。胸に広がる暖かな感覚も困惑を深め、一体何が起きているのかと混乱し始める。
『こらこら、今は細かいところを気にしない。 先ずは僕の話にだけ耳を傾けて』
「……」
その混乱も即座に沈静化された。
俊樹の脳内を悉く指摘した彼女は撫でていた手を離し、一歩後ろに下がる。
それだけで暖かな感覚も収まり、あの動作が連動しているのは瞭然だった。そこにまた不可思議さを抱くも、声が咳払いをするこで考えさせない。
『先に言っておくけど、君の現在の状況については理解に及んでいるよ。 このままだと、君は何も出来ないまま捕まえられてしまうだろうね』
「どうして――」
『何故知っているのか。 その点については今話す必要があるかい? ……まぁ、それじゃあ君が納得しないか』
溜息混じりの言葉に俊樹は静かに首肯する。
相手は正体不明。しかし、事情を知っているのであれば四家の意味を正確に知っている人間であるだろう。
今のところ四家の人間は全て敵だ。声の持ち主も敵であるのなら、如何な魅力的な言葉であっても拒絶する。
敵の言葉に耳を貸すな。総じて全て無視してしまえ。
そんな内心を読んで、彼女は仕方ないと言わんばかりにある程度の情報を俊樹に与えた。
『僕の眼は無数にあってね。 何処で誰がどんな事をしているのかなんて直ぐに解るんだ。 四家と呼ばれる者達のやった事も、今の人類が皆を忘れてしまったことも、僕は正確に知っているんだよ』
「それは、つまり、あんたも創炎を持っているのか?」
『まさか。 僕は純粋な技術だけでこれを成し遂げている。 そして、僕以上に技術力に優れた生物は居ない。 過去でも未来でも、僕を超えられる者は居ないと思ってくれていい』
随分な自信家だ。
確かに四家の全てを監視することが出来る目は素晴らしいものだ。それが出来る出来ないで世界の透明度も随分と変わる。
人類同士は争いを極限まで捨てた。捨てて捨てて、それでも秩序を保つ為に僅かに争う者達が居る。
俊樹からすれば勝手にやってくれと言いたいが、当事者となってしまった以上は正面から相手を見据えるしかない。
話し合いなど不可能。説得など意味が無い。行き着く先は、やはり戦いだ。
要らぬ要らぬと言っても人には戦いが必要である。それ無くして人類の発展は望めはしない。
だが、先の言葉が事実であれば人類の発展を最も行えるのは彼女だ。
この自信と確信に満ち溢れた声の持ち主は、自分が天才であることをまったく隠す気も無く宣言している。
いっそ清々しい。拍手を送りたくなる度胸だ。とてもではないが俊樹には同じ真似は出来ない。
『そんな僕だからこそ、君に提案だ。 僕のお願いを聞いてくれるのであれば、彼等と真正面から戦える力をあげよう』
「――――」
眼に宿った焔が揺れた。
一瞬、呼吸をすることを俊樹は忘れる。その言葉には限り無い魅力と優しさが詰められていて、何故か無性に泣きたくなった。
懐かしい、懐かしい。嗚呼、お前の声で涙が止まらない。
訳の解らない感情だった。初対面の相手に対して抱く筈の無い感情が、彼の胸を締め付ける。
無くしてしまったものが戻ってきたような気分だ。
故に、俊樹は声の持ち主に悪感情を持てなかった。寧ろ彼女相手であれば騙されても良いと、何処かでそんなことを思っていた。
「どう、やって?」
辛うじて出て来た言葉。
それに対し、背後の人物は微笑みを浮かべたような気がした。




