【総合得点】リザルト
「百四十一点。 これは現状における最高得点だよ」
星の管理室で怜は呟いた。
背後には彼女と同様に魂の状態のままでいる大英雄の姿があり、それ以外には一人も姿を確認出来ない。
処分すべき人間を処分し、小国家であるアラヤシキの維持をしつつ、彼女は空いた時間の中で管理用の操作パネルを操作して何かしらの作業をしている。
大英雄は俊樹が覚醒したお蔭で魂の強度が上がった。同時に繋がりも深まってしまったが、お蔭で大英雄にも創炎のシステムが適用されている。
内容は自身の炎を利用したものだ。一番使っていたもの故に、創炎の道を逆流する形でこの場に到達することも彼ならば出来る。
そして、二人は誰にも何も告げずに此処に来ていた。もしも誰かが見ていて用件を聞いてきたとしても、彼等は適当な理由でさっさと向かっていただろう。
「それだけじゃ話が解らんぞ。 俺とお前は今や離れているんだからな」
「ああ、そうだね。 君と一緒だとつい短く言っちゃうよ」
苦笑する怜は少女の如く笑みを形作る。
それは大英雄だけに向けられるもの。他の誰にも浮かばせてあげることが出来ない、純粋無垢な女の表情だ。
「……君とこうして話せるとは思っていなかった。 まさか炎の側に人の魂が吸い寄せられるなんて想像もつかなかったから」
「俺も一緒だ。 あの時死んだ時点で、俺はもう全部が終わったと思っていた」
突然の話だが、大英雄はつっこまずに言葉を返す。
彼は過去、そのまま老衰という形で死亡している。他のどんな存在も最後には老衰という形で死んでいるが、彼の死は様々な人間に影響を与えた。
それは国を揺るがし、世界を揺るがす。文字通りの悲しみが世界に広まり、怜達が大々的な葬式を行うことで悲しみを明日への希望に変えた。
大英雄としての役割はその時点で終了し、本来はそのまま死んで星のシステムによって自動的に全ての情報を喪失したまま転生する筈だった。
彼女もそうなるだろうと思っていたから気にせず、しかし結果だけ見れば彼はシステムに飲み込まれる前に能力の側が回収していたのである。
概念の人格が宿るというのは、漫画やアニメではよくあることだ。
しかし実際にそうなるかと問われれば、確率としては非常に低いとしか言えない。そもそも万物のあらゆる事象を情報として認識することが出来る怜とて、そのような例を目にした機会は皆無だった。
だからこそ、これが奇跡であるのは言うまでもない。あらゆる出来事に零という可能性は無いとされるが、確率ですらも容易に操ることが出来るこの場で結果を逆転されたのだから。
人の想いは強い。その認識は如何に格下に相手を見ていても変わらない。
炎に何等かの感情が宿ったのは事実だ。それを観測出来なかったのは悔しい限りだが、そもそも概念の感情を読み取る術を見つけるのは難しい。
そうかもしれないとされる箇所はあっても、確定にまで持って行くのは流石の彼女でも時間が必要だ。そして彼女で難しいなら、他の人間では最早不可能だろう。
「君に関わると面白いことがよく起きる。 面倒なのも多かったけど、当時も今も色々出来たのは楽しかったよ」
「……そう、か」
「うん、そう。 ――――だからね、ちょっと他の世界線を観測してみたんだ」
「は?」
珍しくと言うべきか、緩い雰囲気になったからこそか、大英雄はらしくない呆けた声を漏らす。
その声に彼女は小さく笑い声を上げ、懐かしいねぇと口角を緩めたまま語る。
「此処は非常に不思議な空間だ。 時間の概念は無く、空間としての概念だけが漂っている。 時間に縛られないからこそ履歴を確認したり、作業を気にする必要もあまりなかった。 時間経過自体はあったようだけど、それも僕なら簡単に無視出来る」
星の管理とは、即ち現在を見るのではない。
過去と現在を見て、未来を予測する。今後起きるであろう未来をシミュレートし、その上で行動方針を立てる。
故に、この空間に時間的な縛りは皆無と言っていい。一時間程思考していたとしても、管理者である怜ならば一時間前に戻ることで経過時間を零にすることも可能だ。
だからこそ、と言うべきか。
戦いが終わり、アラヤシキを纏める作業内容も既に決めた。部下達に任せてゆっくり出来る段階で、彼女はふと大英雄が居ないであろう未来をシミュレートして覗いてみることにしたのである。
「一分でも全然大丈夫だったんだけど、まぁ仕事を途中のままにするのも気持ち悪いから仕事を終わらせて、ちょっと君が居ない過去を再現してみたんだ」
「再現って、それは世界線を覗いたことになるのか?」
「なるさ。 この星が持つ性能は、無数の生物を有するだけあって中々に高い」
星は生きている。それはこれまでの流れで双方共に理解出来ている。
地球だけではない。他の惑星や恒星にも意思はあり、けれど生物らしい生物が誕生して繁栄している兆しは無かった。
生命力という点で言えば、地球は実に弱っている。環境は徐々に戻り始めているとはいえ、これまでのダメージが深刻過ぎた。これが元通りになるには、数千年の時が求められる。
されど、地球は弱りながらも今日も回っていた。
その身に無数の他者を抱えつつも、地球は地球のまま回ることを続けていた。
怜に変わってからもそれは一緒だ。意思が彼女になったことで、地球は初めて本来の性能を発揮することとなった。
歴史を数億から続け、悪意に耐え切り、今もなお不変であろうとする。
その上で無数の生物の命を僅かな間違いも無しに自動的に処理して、何処に何を生育させるかも地球は選択していた。
恐ろしきは驚異の処理能力だ。怜が考え付く限りの最高性能のパソコンを作ったとて、人間どころかあらゆる種の魂を正確に別けた上で処理など出来よう筈もない。
概念を人間の認識が不可能な数式で怜に見せ、彼女はそれを紐解いて今回は性能の一部を使った。
作った疑似的な世界は合計で十。内容は様々だが、それら全てを今日この日に至るまで高速で観測して点数を付けた。
具体的な内容は省くものの、一割から十割で判定された世界では最後に立ちはだかるのはやはり四家だった。
前提として四家は存在することになっている。俊樹が居なかったり大英雄が居なかったりと複数の差異を作り出して回したが、その殆どがバッドかビターになる結末しか用意されていなかった。
十個中六個は四家の勝利という形でのバッド。残る四つは結末が異なるとはいえ、まず俊樹や大英雄が満足しないような結末だ。
「君が居ないと俊樹は途中で死ぬ。 僕等が居ない場合だと、彼はそのまま捕獲されて一生飼い殺しされることになる。 そして僕等全員が居ない状態で、かつヴァーテックスが味方をしてくれない場合――俊樹は全員を殺す悪鬼になる」
「全員……」
「その中にはあの子自身の親も含まれるし、無関係な一般人も一緒だ。 星にも利用され、最終的にはその星も破壊して人類の生存圏を大幅に縮めることになる」
「それだけの力を彼が使えるようになるとは思えないな……」
「忘れたかい? あの子も君と一緒で土壇場で力が上がるタイプなんだよ」
「――誰も止められずに進化を続けたのか」
俊樹が今も生きているのは、限界を確りと大英雄が教えたからだ。
極限の瀬戸際を教え、その上で過度に放出した場合の未来を伝えた。彼はそれを知り、そもそもの使用時間を短くしている。
だが、その未来では偉人は居なかった。頼れる者も無く、さぞ星も利用しやすかっただろう。
最終的に食われるとは情けない限り。しかし、限界まで酷使された彼の肉体がどうなるのかなど想像に易い。
きっと、その時点で彼の死は決定されていた。誰も彼もを殺した炎が、最後には自身すらも滅ぼす結末になっていた筈だ。
負けたくない。負ける訳にはいかない。負けてなるものか、絶対に。
前へ、前へ、ひたすらに前へ。前進を忘れれば即ち死が待っているぞと追立てられた先で、崖の下へと落ちて行った。
「シミュレートが終わった時、僕は何とも言えない気持ちになったよ。 僕等はあまり社会に首を突っ込みたくはなかったけど、そうしなければ彼が生きていくことは難しい」
「……俺達は安易に死んではならないと?」
「いいや。 僕等は少なくとも、もっと古い歴史になっておく必要があった。 それこそ人々が僕等を有難がらない程にね」
俊樹が生きるかどうかは、やはりどうしても外部の力が必要になる。
外部の力無しで挑まされた場合、待っているのは大抵がバッドエンドかビターエンドだ。
その二つの結末の差も紙一重といったところで、偉人達が現世から離れた後に蓄積された闇が俊樹を苦しめて地獄へ送った。
欲望は容易に人を歪める。最初に大きな功績を打ち立ててしまったからこそ、その子孫に優越を覚えさせてしまう。
自分達がそれを作った訳ではないのに、何故か自分達は優れていると語るのだ。それが所詮は錯覚であっても彼等はそうしてしまう。
もっと古ければ、彼等はそれをただの歴史だと語る。
名家の生まれであると言いはしても、その頃になれば流石に血も薄まり過ぎて他と大差が無くなるだろう。
彼等が知らないだけで創炎の出力も実は低下している。これは子孫としての血が薄くなったが故に道が細くなっているからだ。
時期に創炎は姿を消す。そうなった時にこそ、彼等は現世で隠れて過ごすことを許されるのではないだろうか。
「僕が失敗したんだよ。 そろそろ人に任せてもいいかと思ってたんだけど、後千年くらいはやっていた方が良かった」
「いや、お前はお前なりにいけると思ったんだろ? なら、それについて俺が文句を言うつもりはない。 寧ろ俺が安易に死ぬことを選んだのが問題だった」
組織の長として、子孫を生み出した者として。
大英雄は責任を感じていた。怜は人間ではなく、俊樹に過剰な負担を寄せてしまったことを申し訳なく思っていた。
この間違いを直ぐに正すことは出来ない。過去を覗くことは出来ても、過去に巻き戻すことは出来ないのだから。
ならば、本物の世界を素晴らしいものに変えていくしかない。
「怜……いや、澪。 俺の身体を作ってくれ」
「それは――」
「――少なくとも、今後世界は少し荒れる。 昔の奴等が出しゃばってくるんだから当然だ。 その際に少しでも手札はあった方が良い」
五百年前と変わらず、彼等は後ろを振り向き続けない。
何があろうとも前を行くと大英雄は表情で語り、怜は静かに首を縦に振った。
この男はそういう奴だ。生まれた時から知っている筈の暖かさが怜に流れ込み、優しい眼差しには愛情が溢れ出す。
そのまま互いに抱き合い、長い長い時間が過ぎる。
如何なる知性ある人間も失敗からは逃れられない。――ならば、その失敗から立ち上がってみせると大英雄は胸で誓った。