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【百四十点】新天地の前に

「こんなもんかなっと……」


 ヴァーテックスが用意した俊樹達の一時的な家で本人は荷物を纏めていた。

 それは本人だけではなく、彼の父や共に生活をしていたルリや怜も自身の私物を纏めている。

 棚やクローゼットといった家具の類は全て最初から設置されていたので送る必要は無い。皿のような生活に必要な小道具も基本的には使い捨てを用い、なるべく支給された資金を消費しない形で物も過度に購入しなかった。

 そのお蔭で運び出す荷物は思いの外少ない。四人が各々スーツケース一つに入る程度と言えば、具体的な量も解るだろう。

 彼等が今住んでいる場所は本当の家ではない。仮住まいとして使っていた他人の家だ。

 借りたのなら大切に扱うのは当然である。東雲であれば例え壁を壊してしまっても苦笑一つで許したであろうが、無駄に相手に恩を売っては今後は不利となる。

 

「よう、こっちは終わったぜ?」


「こっちも今終わったところだ。 親父、今何時だ?」


「……十八時ってところだな。 飯にするには早いが、遊ぶにしては遅すぎる」


 荷物を纏め終わった段階で父が俊樹の部屋に入った。

 ラフな灰のシャツを着た金髪の男は何処か妖しい色気を放っているが、そんなものがずっと同じ場所で暮らしていた俊樹に効く筈が無い。

 壁に寄り掛かっている父に時間を尋ね、その微妙さに俊樹もまたどうするかと考える。

 俊樹達が日本を離れるのは四日後となった。

 世間には既にヴァーテックスが四家を処刑した事実を処罰という言葉で報道している。殺した真実を完全に隠し、同時にアラヤシキの国家承認に向けた動きについても流した。


 結果として起きるのは、報道局による情報収集だ。

 フリーの記者すら巻き込み、正に今ここが時代の変わる瞬間であると市井を大いに盛り上げている。

 ネットの間でもこの話題は尾鰭や背鰭が付いた状態で光の如く駆け回り、外国の人間すらも巻き込んで関心を一気に集めていた。

 それだけに記者達は新鮮な情報を求めている。僅かでも素晴らしい情報を手にせんと必死で、時にはヴァーテックス支部内に侵入して捕まったフリーの記者も出現してしまった。

 予想の通りであったとはいえ、これでは街中で買い物をしようとするだけでも多くの取材を強制的に受けかねない。よって、彼等はなるべく早い段階でアラヤシキに完全に引っ越すこととした。


 ヴァーテックスが出せる支援にも限界はある。特務部隊が私的に護衛をすると言ってはくれたが、それでは一体誰が東雲の警護をするというのか。

 丁重に断り、二人は特に何も思い付かずに居間に置かれている巨大なテーブルの椅子に座った。

 机の上には何故かこの家に来た当初から置いてあった小型冷蔵庫。

 中には500mlサイズの飲み物が五本入り、お茶がその内の四本を占めている。

 これらはこの家に住む全員の好みが入っていた。俊樹は緑茶を手に取り、父はミルクティーの蓋を回して開ける。

 

 同居人である怜とルリは一足先にアラヤシキに向かっていた。

 この中に居るのは二人だけで、静かに好物を飲んでいる姿は若干不気味だ。

 騒がしさが無い。穏やかな雰囲気は漂っているものの、なんだか酷くしんみりした空気も浮いていた。

 何とはなしに二人は天井を見上げる。そこにあるのは見慣れた白の天井だけだ。

 

「あー、なんか変な人生になったなぁ」


「なんだよ急に」


 無言が暫く続き、不意に父は言葉を垂れ流す。

 俊樹は突然の父の言葉に尋ねると、当の本人は天井に向けていた顔を彼に傾けた。


「なんだもなにもだ。 俺達が結婚した当初にはこんな風になるだなんてのは流石に予想していなかった。 精々四家の糞共に妨害されまくるくらいだと考えていた訳よ」


「四家から妨害を受けるだけでも厄介だと思うけど……」


「なに、我が家には最強の嫁さんが居た。 四家最強!強靭無比!オマケに美人!!」


「最後が本命だろ、それ」


「ったり前だろ? 心根が大事だとか言う奴が居るが、初対面で大事なのは何よりも容姿よ」


 真顔を笑みに変えて、その目に過去の女性を映す。 

 何年経過しても父の頭から彼女の像が消えることはない。大恋愛をしたのもあるが、何よりも彼女そのものに父は恋をしていた。

 

「本当に良い女だった。 後にも先にも愛したいってクソ恥ずかしいことを言える相手はあいつだけだ。 ――だから、殺されたって聞いた時はどうにかなりそうだった」


 恋を抱いていたし、愛も抱いていた。

 己の半身。唯一無二。欠けてはならぬ存在が彼にとっての彼女だ。

 だからこそ、息子である俊樹自身から母は殺されたのだと告げられた際には前後不覚になってしまった。

 大会において創炎の力は断じて使用してはならないものだ。それを使った事実が四家の当主に察知された場合、母曰く重罰が科せられる。

 だが、西条家の当主は大会のことなどまるで気にしていなかったのだろう。

 求めていたのは大英雄に並ぶ強さであって、遊びで圧倒出来る強さではない。だから当主の妻が能力を使って不自然に思われない程度に状況を変化させることも露見しなかった。


 恐らくは初めて露見したのだ。他ならぬ彼女の口から。

 それは俊樹を経由して旦那である父に通じ、父は真実を知って最終的には殺意を抱かずにはいられなかった。

 まだ寝返った四家が居る。元凶を潰せないのは悔しいが、件の存在は見るも無残な姿のまま暫くは野に残される。

 少しでもこの怒りを、殺意を解消するには四家の誰かを殺さなくては。

 そう考えたのは事実であるし、嘘だと逃げることもしない。己の負の感情に蓋をしては、何れは爆発して凶行に手を染めないとも限らないのである。

 であればこそ、怒りを確かに知覚しながら父は何度も息を吐いた。吐いて、吐いて、何なら本当に胃にあるものを全部トイレにぶちまけて。

 

 あの女への怒りは俊樹がぶつけた。ならばそれで自分は満足すべきだ。

 しこりは永遠に残る。消そうと足掻いても心の深い場所で、確かな傷となってそこに残り続ける。

 四家との戦いは誰も彼もに傷を残した。全てに幸福な結末は訪れず、飲み込まねばならぬ苦味を皆が抱えて生きていく。

 

「親父」


「完全に吹っ切れることはねぇだろうさ。 でもな、それでも俺は馬鹿はしねぇぜ。 死んだ後にあいつに怒られるような男にはならねぇ」


「――それは俺もだ」


 誇りある男であったと、胸が裂けても俊樹は宣言することは出来ない。

 既に女性に生涯に渡る傷を付けた。殺しも数多くしたし、将来のレールも自分で決めた訳ではない。

 胸を張れるとは嘘でも言えないだろう。そういった偶然によって構築されたものを人は人生と呼ぶが、走った後の道を振り返って初めて自分は素晴らしい日々を過ごせたのかを決めることが出来る。

 俊樹は誕生の時点から幸福とは遠い人生を歩むことが約束されていた。愛を与える両親が数少ない俊樹の尊いもので、これ以上を求めるのなら自分で作る必要がある。

 

「お前の職務は責任重大だ。 でもそれが、俺みたいに好いた奴を失っていい理由にはならない。 ……お前がやる仕事が幸せの障害になるなら、躊躇はするなよ」


「解ってるさ」


 幸福の為に俊樹は常に選択させられた。

 選択そのものには慣れているし、その結果として切り捨てた者が居るのも事実。彼が拾おうと思えば、きっと救われた命があった。

 彼が自分の為にはならないと捨てた果てが此処だ。ならば、今更己の幸福の為に突き進むことに迷いは少ない。

 絶対ではないのが情けない限りだが、確証を避けるのは彼の何時ものことだ。 

 父と子はそのまま雑談に移り、本当に特に何でもないようなことばかりを話した。やがて時間が進み、穏やかな日々が経過した後に俊樹はスーツケースを手に外に出る。

 

 最後に玄関に鍵を回して。


 

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