【十四点】過剰戦力
「ちっと来るのが速過ぎねぇか?」
騎士の風貌をしたARに父は気楽に話しかける。
西条家。それが来るのは確かに予想していたが、来るにしては速過ぎる。連絡を送って、ARを準備して、そして此処に来るまでにもっと多くの時間が掛かるだろう。
最初から近くに居たと見るべきだ。二人が此処に運ばれた事実を三家は知っているであろうから、介入する隙を伺っていたのかもしれない。
『事は大きい。 鳴滝だけに任せる筈がないだろう』
「だから監視してたって? 相変わらず信用してねぇなぁ」
『当然だ。 甘さのある鳴滝と早乙女を信用などするものか。 ……実際にお前達は逃亡を既に開始している』
様子を伺っていて、そして都合が良いことに俊樹達は逃げ出していた。
西条にとっては好機だ。今この瞬間に捕らえれば、西条家に俊樹達を連れて行くことが出来る。加え、失態を犯した鳴滝家を正式に批判することも可能だ。
この件で格を一つ落とせれば、以降の力関係も大きく変わる。成功者と失敗者の差は大きく、故に此処に来ているのは西条家だけではない。
俊樹達の背後でブースターを噴かす音が鳴る。背後を振り返ると、太い木の内の一本に別のARが着陸していた。
此方は太くもなければ細くもなく、その手には一本のライフルが握られている。
深い青の機体色は泰然とした状態でモノアイを向け、何も言葉を発することはない。
けれど、この場にARが二機居る。
その事実に俊樹は内心で焦りを覚え、どうすれば突破出来るのかと頭を回転させていた。
純粋な力で突破するのは先ず不可能だろう。俊樹自身は驚異的な力を手にしたが、戦車を腕一本で潰すことが出来るARに力勝負で勝てる筈もない。
これが接近戦ばかりの騎士であればまだ可能性は残されていたが、もう一機は遠距離戦を行える手札を有している。
このまま逃げたとしても、遠からず道を塞がれるのは避けられない。速度差も明白であり、何よりも追手は彼等だけではないのだ。
こうして止まっている間にも追手は迫っていることだろう。連中から逃げ切るには、早い内に二機から離れなければならない。
「あんたは俺を捕まえてどうするつもりだ」
『どうするかは最終的に当主が決めることだ。 だが、個人的に言えばお前を手元には置いておきたい。 お前は半分がそこの男の血で生きているが、もう半分は姉の血で生きているのだ』
「勝手な話だな。 俺達には俺達の生活がある。 折り合いを付けるなら兎も角、自分達の都合だけを押し付けるのか」
『当然だ。 それだけの理由と力が我々にはある。 ――そしてお前は、我々の中でも一等素晴らしい眼を有しているな』
晶斗は決して激昂をしているだけではなかった。
父に対しては辛辣であるものの、俊樹に対しては何処か褒め称えているようだ。だが、俊樹はそれに対して素直に喜べない。
解っているのだ。目の前の人物は確かに俊樹を評価しているが、彼を通して姉を見ている。
『五百年の中でも唯一である赤眼。 それも二つとなれば、発揮される力は如何程となるか。 姉でも二つが限界だったというのに、お前は素質だけで姉と同等の境地に辿り着けるかもしれないのだ。 流石、姉の息子である』
「ッハ、おっさんのシスコンなんて気持ち悪いんだよ。 くたばっちまえ」
『口が悪いな。 しかし、その負けん気は評価すべきだ。 お蔭でこれからの生活についてもある程度安心することが出来る。 そうでなくては潰れてしまうだろうからな』
剣を引き抜き、いざと刀身を二人に向ける。
このまま此処で投降すれば良し。そうでなければ痛い目を受ける。共通しているのは父の死だけだ。それだけはもう確定している。
であれば、俊樹は否を突き付けるのみ。何があろうとも生き残る気概を持って、騎士は動き出す。
同時、ライフルの銃声が背後より聞こえた。
父の襟を掴んで投げ、俊樹は身体を逸らして射線から逃れる。騎士はブースターを噴かしていたことで既に目の前まで迫り、殺傷性のある武器を当たり前のように振るった。
一撃でも命中すれば殺し切れる武器を前に防御など出来る筈もない。跳び、剣の側面が真下に到達した段階で刀身を蹴って更に跳ぶ。
ライフルの銃声は今度は聞こえない。
家同士の仲が良いとは言えないまでも、彼等は一応の味方同士。誤射はしたくないのか、騎士との距離を詰めれば俊樹が撃たれる心配は無い。
されど、ライフルの銃身が動く。俊樹は生かさねばならないので手加減が必要であるが、彼の父に関しては殺しても問題は無い。
父もそれは理解しているのか、舌打ちを一つ。四家の創炎を持っていない以上、回避するのは至難の業だ。
「携帯は……ある訳ねぇよな!」
必死にあちらこちらに走り回り、射線から逃れていく。
騎士とは異なり、銃撃者は動くつもりがない。その場で自身を固定したまま、ただ無造作にライフルの引き金を押して弾丸を吐き出していた。
連射式ではないのだろう。一回一回撃つ度に引き金を押し、指の関節が軋む音で父は発射タイミングを伺っている。
吐き出されそうになる瞬間にランダムな移動をより鋭角に行うことで直撃を免れていた。
父特製のARの停止装置は使えない。プログラムの入った端末が喪失している以上、純粋に体力が続く限り避けるしかないだろう。
メカニックとして鍛えていたお蔭で父は体力に自信はある。弾が地面に到達した際に発生する衝撃波に足を呑まれなければ、まだ避け切れると確信を抱いて足手纏いを覆す。
それを見ていた晶斗は面倒なと嘆息する。
如何に努力したところでARが人間に勝てる道理は無い。創炎を使用したとしても、搭乗者が同じ創炎の人間であればARを奪うことも出来ない。
『諦めた方が身の為だ。 お前が足掻いても結果は変わらない』
「うっせぇ! ……勝手に人生を決め付けてくるような連中に負ける訳にはいかないんだよ」
刀身と拳で騎士は俊樹を追い詰める。
積極的に前に出ている俊樹はそれらを二つの眼で回避しつつ、時には逸らす為に腕を殴って軌道を変えた。
だが、変わったのは僅かなもの。拳からは気絶しそうな痛みが発され、骨にも異常が出ているのは間違いない。
二発、三発と殴る度に拳は青痣に覆われていく。罅が走り、何れ折れてしまい、最後には握ることすら難しくなるかもしれない。
それでも知ったことかと俊樹は隙を探す。機械の鎧を停止させるにはやはりコックピットを狙うしかなく、蹴りで足に鈍痛を覚えながらも希望の芽を捨て去る真似をしない。
人生とは縛られるものではない。
誰かにとっての夢を歩めるのは本人だけで、決して代役など居はしないのだ。仮にそんな者が居たとして、果たしてオリジナルと同等の道を歩んでくれるだろうか?
掴もうとする手を跳ねて避ける。振り落とされる刃をステップで避ける。真横から迫る、細身の足から繰り出される攻撃を紙一重で範囲から脱出する。
回避、回避回避回避回避回避――――回避。
何がなんでも付け入る隙を見つけ出せ。食らい付く時間を発見しろ。足が壊れても、腕が無くなっても、思考を回転させる頭があるなら道を作るんだ。
何故ならそれが。
「それが!」
自由への代償に他ならないのだから。
赤眼が輝きを増していく。自由へと進撃していく男の魂に創炎が応え始め、次第に輝くだけだった瞳にも変化が生じる。
それを晶斗は間近で見た。それを早乙女家の搭乗者は遠目で見た。
父もまた、逃げ惑う足を止めてまで彼を見た。
『貴様……』
輝きが外に零れていく。焔の煌めきが如く、ゆらゆらと揺蕩いながらその形を成している。
赤眼の焔。
名づけるならばそうとしか形容出来ない眼は、怖ろしい透明度で眼前の敵を睨み付けた。




