【百三十七点】明日への行進
大量のヘリが訪れた。
一時間と予定よりも長い時間が経ったが、大きさも種類も様々なヘリの群れは明らかに急いで来たように見える。
特務部隊からの報告がそれほどヴァーテックスを揺さぶったのだ。古の怪獣が蘇るなど全人類にとって由々しき問題であったのだから。
しかして、彼等が到着した頃には既に戦闘は終わっていた。猿の暴れた痕跡は大きく、更には元凶である猿の死骸もある。
パイロット達は不安と困惑を抱えながら抉れた地面に着陸を済ませて兵を次々に降ろしていく。
全身フル装備。持ち込める限りの武器を手にして、決死の思いで猿の下まで向かった兵はそこに居るパーカー姿の集団に困惑を抱いた。
知っている顔を探し、そこで服が燃えて破れている俊樹を発見する。
「到着が遅れてしまい申し訳ありません。 この方達は……」
「……上層部からは何も通達されていないのですか?」
「何分急な出撃になりましたので、特務部隊以外の面々もこの場には居ます」
「そう、ですか。 この方達は本件の解決に尽力してくださった方達です」
兵の言葉に俊樹は成程と内心首肯する。
確かに怪獣が現れたとなれば、出来る限りの兵を出撃させて事態を解決させようとするだろう。
撤退した特務部隊では何が起きていたのかは解っていないだろうが、それでも人間が怪獣になった部分は見ている。今の人間に怪獣の発生原理は解っていないものの、予測を付けてまだ対処出来る部類だと判断された。
勿論、その予測に最悪の全滅が含まれているのは間違いない。相手は怪獣なのだから、どれだけ強化服を着込んでも無駄に終わる可能性はあった。
その予測は偉人達によって無駄になったが、決死が必要でなくなったのは良いことだろう。
俊樹は更に言葉を重ねる。
彼等を知っているのは一部の者達だけだ。他の全てにまで彼等のことを伝える必要は無い。
俊樹が咄嗟に思い付いたのは、東雲元帥が有する私兵部隊という案だった。
彼は冷酷ではなく、同時に現状の社会を維持しようと考え続けている。同時、変えるべき部分は変えるべきだとも考えることが出来る柔軟な思考の持ち主だ。
ヴァーテックスのトップが、様々な可能性を考慮しなければならない立場の人間が、秘密の兵を有していないとどうして言えるだろう。
「東雲元帥が個人資産で有する秘密の部隊。 ……どうかくれぐれも、他言無用でお願いします」
「……解りました」
声を潜め、言外の脅しを含めて俊樹は兵に告げる。
創炎の蒼に染まった瞳も合わせ、その雰囲気は年下とは思えぬ異様なものになっていた。
自然、兵は背筋を正す。誰だって余計なものに触れて理不尽に死にたくはない。
俊樹は別に殺すと脅してはいないが、兵が勝手に口封じで消されると判断した。故に、兵は今日の出来事を俊樹の手柄にすることを決めたのだ。
「ありがとうございます。 敵は倒し切ったので、後は撤収するだけです。 他の場所にもヘリは向かわせていますか?」
「はい。 数は多くはないですが」
「構いません。 どだい、全て片付いていますから」
「――では、あの家の者達はもう?」
兵は怪獣やそれを倒したと思われる謎の兵を無視した。
無視したが、この地点には西条家の本家がある。あの配信で潰すと宣言し、そして今此処には瓦礫の山となった家々があるのだ。
必然、もうそこに住まう者達は死んだのではと考えるのは自然である。そこくらいであれば聞いても良いのではないかと兵は尋ね、俊樹は暫し考えてまぁ良いかと口を開けた。
「ええ。 それは他の家も一緒です。 此方に寝返った者も居ますが、その者達以外は全滅したと見て良いでしょう」
「そうですか。 それは良いことを聞きました」
兵は安堵の表情を浮かべた。恐らくはこの兵も日頃四家からの無茶に振り回されていたのだろう。
ヴァーテックスそのものが四家の鎖から解き放たれた。これでもう、彼等は本当の意味で誰かの支配下に置かれることは無くなったのだ。
「これからは貴方の時代ですね、桜……様?」
「よしてください。 それよりも早く戻りましょう」
四家が居なくなったということは、次は俊樹が生産装置の管理者となる。
実務部分では違うが、対外的には代表者は彼になってしまう。勘弁してもらいたいと溜息を吐きたくなるも、自分で決めたことなので愚痴を吐こうとした口を強引に閉ざした。
ヘリに次々と人が入っていく。その間に偉人の何名かが猿の手足を地道に切断し、人間のように苦労しながら解体していた。
「後は次回にするぞ」
「解った。 東雲元帥と話し合いをして決めよう」
バラバラにした段階で怜は先にヘリの中に入った。
その際に短めに次の予定を決め、俊樹もまたヘリへと入る。中は無数の兵によって熱くなっていたが、無事に帰れるとなれば気持ちの悪い暑さも我慢は出来る。
兵は総じて彼に不審な眼差しを向けてはいたが、今は何も言わずに周辺警戒に努めるだけに留めた。
急いだ行為が無駄になったが、今回の特別出撃には高額の手当が付く。何も結果は出していないものの、東雲元帥自身の口からどのような結果になっても出すと宣言されたのであれば必ず口座に振り込まれる。
労せずに金を手にしたのだ。だから、自身の焦りは何だったのかと思いはしても俊樹に問い詰める真似はしない。
人間、必ず良い事があると思えば我慢は出来るものだ。今回の場合は予防線を予め東雲元帥が張っておいたお蔭で騒ぎにならずに済んだ。
硬い椅子に座り込んだ俊樹は、安心した瞬間に眠気に襲われた。
気を抜けば一瞬で持っていかれそうな睡魔は容赦無く彼の意識を底に沈め、自然と力が抜ける。
人類の範疇にはない戦いをこれまで俊樹は続けてきた。今回は更に底の深いものが出現し、必然的に俊樹自身も何時も以上に炎を引き出している。
それは量という意味ではない。質という意味において彼は大英雄に非常に近しい領域まで接近し、身体に多大な負担を強いた。
今の彼は壊れる寸前の器だ。見掛けの傷はカエが塞いでくれたものの、中身までは薬で治る訳ではない。
肉体が、魂が、休息を求めていた。気を張り続けていた俊樹は一切を無視していたが、本来の彼であれば倒れても不思議ではなかったのだ。
まだまだ彼は未熟なのである。未熟故に、逆らうことも出来ずについに意識は落ちた。
周りには他に偉人は居る。兵が何かをしようとしても、偉人が何としても止める。
これからの時代で彼が先頭になるのだ。本人が望んでいなくとも、最早そうなることは決定されている。
そうさせたのは怜であり、故に怜は別のヘリで責任を取ることを決めていた。
――次は必ず、不穏分子の残らぬ設計をしなくちゃね。
五百年前に作り上げた系譜は失敗に終わった。
時間の流れによって本来の色は喪失され、黒い色に変わってしまった。こうなったのは彼女が見守ることを重視した結果であり、生産装置の管理者は彼女の想定以上に過剰な欲を集めていたのである。
まだ血は途絶えてはいない。生き残った者達が新たに血を繋げる可能性は零ではなく、故に希望は残っていた。
されど、その筆頭になるだろう俊樹に結婚は無理だ。血脈の因縁が、親子の間に横たわった醜さが、彼に誰かを愛する道を与えない。
彼は平穏無事に生きようとするだろう。伴侶を持たず、親しい友人を作らず、孤独で枯木の如き老人のような余生をこそ最上とする。
そこに彼女達が介入するのは不可能だ。仮に怜や大英雄が追い詰めれば、本人は潔く自身を燃やして殺す。
――大丈夫だ 。種は他にもある。
別の地で活動していた女達に怜は目を向ける。
彼女達には、特に一人の女には確りとした有責が存在しているのだ。その女を利用することに一体どんな躊躇があるだろうか。
血は繋がる。誰かが望まずとも、彼等の血は果てまで継続するだろう。それを残酷だと訴える人間は居るだろうし、怜に対して外道だと非難する者も勿論居る。
けれど、これこそが本来の社会の形だ。下劣畜生が世に蔓延る世界が、人類の社会そのものなのである。




