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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【百三十一点】激震の暴猿

 四つん這いになった手足。毛のように全身を巡る炎。

 地肌も黒に染まり、頭部は長い髪に覆われている。肥大化した顔面を隠した様は、古いホラー映画の幽霊を彷彿とさせた。

 その全てを俊樹と大英雄を除いた面々が、驚きをもって見やる。

 過去の化け物が現世に舞い戻った。どう見たとしても雰囲気に神聖なものはないし、邪悪に染まった姿にどうして希望を抱けるだろうか。

 何かに近いとすれば、一番は猿だろう。ベースに人間が使われていることで、より原始的な姿にまで退化しているのだろう。

 

『ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんんんんん……』


 元は喉があった部分が震える。

 言葉として放たれることはなく、出て来るのは野太い鳴き声だけ。如何にも動物的な姿は、ただ巨大化しただけでも十分以上に脅威的だ。

 尻から炎の尾が伸びる。四肢に力を込め、猿となった女は勢いよく上に跳ねた。

 そのまま両手を合わせ、間に炎の球体を形成する。生物的本能に支配されはしたものの、やはり完全に既存生物とは構造は異なる。

 自身にとって最善となる行動を取る為に、先ずは現状の改善を敵は取った。

 形成された黒の炎弾が地面に居る俊樹達を狙う。大英雄へ刃を向けることに対する罪悪感は当に消え、残るは酷く原始的な本能だけだ。

 

 俊樹も、大英雄も即座に移動を開始。カエやオームも耐えるよりも回避を優先させ、黒炎はそのまま地面に衝突し――一気に爆散した。

 熱が、衝撃が、周囲に急速に拡大する。咄嗟に俊樹と大英雄は炎の壁を展開して特務部隊の人間や他の偉人を守ったが、フィールドである地面は大きく抉られ草の一本も生えない地獄のような光景に様変わりした。

 炎の壁によって守らなければ偉人でも危険だったろう。その威力に隊員は顔を引き攣らせ、鈍っていた撤退への思いを強くする。

 最早、此処は人類が踏み入って良い場所ではない。早急に逃げに徹し、本部に状況などを連絡すべきだ。


「おいおいおいおい。 人が怪獣になるなんて聞いた覚えが無いぞ!?」


『星が介入した結果だな。 昔であれば自然的な方法を取ったが、一度限界まで摺り減らされた所為でなりふり構っていられなくなったみたいだ。 放置はもう出来んぞ』


「それは解ってるッ。 あんなの世に放ったら地獄が広がるだけだ」


 建物の屋上に着地して、二人は会話を行う。

 あの怪獣は駄目だ。放置をすれば絶対に人類に多大なダメージを刻む。それはつまり、俊樹自身の求める生活からは遠ざかるということだ。

 既に遠くなった生活ではあるものの、それでも社会が社会として機能している内はまだ希望はある。

 それが無くなれば、完全に俊樹は時の人として周囲に利用されるだろう。自由は無くなり、人類に対する無償の奉仕を求められる。

 そんなことは御免だ。彼が望む生活に辿り着く為にも、今此処で件の怪獣は撃破しておかねばならない。

 

「絶対に、倒す!」


『良し、行くぞ!』


 二人は意識を共鳴させ、飛び出した。

 基本的に攻撃するのは俊樹の役目だ。大英雄に肉体が無い以上、物理的な攻撃方法はどうしても俊樹依存となる。

 故に大英雄が行うのは炎の操作。俊樹が出来ない訳ではないが、緻密な操作や出力の上下が未だ不安定なのは事実。

 肉体は常に有限だ。過剰に消費し続ければ、何れ崩壊するようになっている。

 それを少しでも遠ざけるには、炎の出力調整をリアルタイムで行う必要があるのだ。

 足裏から炎を噴出し、一気に加速して未だ空中に居る猿に接近する。

 猿も間近に迫る彼に顔を向け、左腕を振り被った。俊樹も拳を固め、右腕を振る。

 そのまま両者は拳を激突させ――俊樹は自身の身体に強烈な衝撃が流れるのを痛みと共に感じた。


 されど、両者は拮抗している。

 明らかな体格差がありつつも、一人と一体の筋力は同等だということだ。ならば、他に参加する戦力が居れば天秤は傾く。

 それを成したのはカエだ。二人の状態を見てから瞬時に差を理解した彼女は、そのまま大地を蹴って猿の左足に向かう。

 猿は目前の相手に必死となっているのか彼女に気付かず、逆に俊樹は大英雄が教えたことで気付けた。


 カエはそのまま黒炎ばかりの左足の関節に二撃を叩き込む。

 大地を蹴った際の勢いを含めた渾身の回し蹴りは、対怪獣においても非常に有効だ。

 関節からは骨の砕ける鈍い音が鳴り、猿は突然の激痛に呻くように悲鳴を零す。

 衝突の拮抗は崩れ、緩んだ相手の拳をそのまま殴って猿を吹き飛ばした。

 

カエ()……まったく、無茶をする』


「すみません。 チャンスでしたので」


 新たにカエに移った黒炎を双方が着地した後に大英雄が手を翳して消し去る。

 カエ本人は謝罪を口にしたが、悪いとは思っていないのだろう。酷く冷静な顔のまま、燃え尽きたパーカーの袖を破り捨てた。

 露になった肌も爛れ始めている。あのまま黒炎が浸食していれば、彼女の腕は完全に動かなくなっていた可能性が高い。

 猿が飛ばされた先の森の中で、背中から叩き落された体躯を三本の手足で立ち上がらせる。

 二本の足の片方は暫く引き摺っていたが、それは暫くすれば元の状態に復元した。

 古の怪獣と同じく、回復力も段違いに高い。流石は星が用意した生物だと、俊樹は舌打ちをしながら次の動きを警戒する。

 

 猿は直ぐには動かず、俊樹達に向かって顔を向けた。

 そのまま暫く静止していたが、顔部分が突如として炎の密度を跳ね上げた。

 それが収束であることは誰が見ても理解出来ることだ。収束した炎の出力が如何程かは不明だが、広範囲を纏めて吹き飛ばすのは間違いない。

 であればこそ、取れる手は一つ。敵の狙いが俊樹であるのは言うに及ばず、彼が動けば自然と敵も攻撃地点を変える。

 本能に忠実ではあれど、彼女の想いが全て消えた訳ではないのだ。根源に存在する願いを叶える為に、猿は俊樹を――星は偉人を倒さんと刃を抜く。


 駆けた。

 赤いパーカーを翻し、なるべく彼は特務部隊の居ない場所を走る。

 折角隊員が生きて帰れるのだ。その道を閉ざすのは彼の本意ではないし、戻ることが出来れば彼等が本部に全てを伝えてくれるだろう。 

 怪獣再来は国家どころか世界の危機だ。であればこそ、此処には多くの戦力が集まる。

 星が意識を取り戻すのは絶対に避けたいのだ。これが人間側の都合であるのは勿論だが、生きていくにはやはり人類は自身の勝手にするしかない。

 

『――来るぞ』


「……OK!」


 収束に収束を重ね、ついに猿は黒い炎を一直線に放った。

 光をも呑み込む黒い炎は触れずとも周囲の自然を破壊する。燃えているだけでも奇跡的で、殆どは何も残らず消えていく。

 圧倒的な火力は大量破壊兵器にも等しい。数百年の中で一度も使われなかった兵器を実際に目にした人間はこの中には居らず、根源的な畏怖が誰しもの心に湧いた。

 俊樹を狙った攻撃はそのまま大地の全てを焼き払い、大きな痕を残して消える。

 森の中は悲惨の一言だ。五百年前から継続した自然の復活が、猿の攻撃で終焉に向かってしまった。

 綺麗な風景は無惨な場所へと成り果て、これが元に戻るまでまた長い時間が掛かるだろう。

 

 それらを全て見て、最も激怒したのはオームだ。

 彼女は大英雄を含めた三人の人物に深い忠義を捧げている。そんな彼等が決定し、行った自然環境の改善を台無しにした猿に深い怒りを抱いた。

 

『貴様』


 大地の上で、彼女は猿に放つ。

 槌の柄は軋む音を立てていて、周囲の大地は僅かに揺れているような錯覚を周囲に感じさせる。

 オームは元は戦闘員として活躍していた人物ではなかった。どちらかといえば裏方でメカニックの長をしていた、謂わば技術職の存在だ。

 されど、彼女が弱い筈がない。その中身が可憐であったとしても、内に秘められた力は強大だ。

 防護服を纏う彼女が猿へと一目散に賭け出す。

 接近する彼女に猿は何度も身体に纏う炎を投げ付けるも、その悉くを槌で払って打ち落とす。

 槌そのものには炎が移るが、本人はそんなことなどお構いなしだ。


『楽に死ねると思うなよ』


 今度はオームが間近に迫る。邪魔な存在を払おうとして猿は腕を振るい、それを彼女は槌をフルスイングで振るって本体ごと空中に打ち上げた。

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