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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【百三十点】獣性の前に理性は平伏すのみ

「――お前なのか」


 俊樹から出て来た声は、普段の比ではない感情が含まれている。

 嘗ての事件。その内容は幼い頃から鮮明に記憶され、彼に対するトラウマとして度々夢の中で再現される。

 炎上するAR。救助隊を含めた無数の人間に、相手選手。

 その中で自身の母の最後の姿だけは見えず、そして葬式を迎える際にも死体となった母と顔を合わせることは出来なかった。

 それが出来たのは父親のみ。子供には刺激が強いと判断されたのか、彼が葬式で目にした母は写真に映った穏やかな微笑を浮かべる姿のみだった。

 成長して、この一件は完全に事故として処理されている。これまではその背景をまともに考えもせず、ただ純粋にARの所為だと関わらないようにしていた。


「お前が、殺したのか」


 忙しい日々を過ごしてきたと思っている。

 俊樹が飛び込むことになってしまった世界は、泣き言の許されぬ無慈悲な空間に満ちていた。後ろに逃げることを許さず、傷だらけになりながらも前に進むしかない日々を平穏だとは誰も思わない。

 やりたいと思ったことなどなかった。出来ることなら、役目だの何だのを放棄して誰も知らない土地で静かに暮らしたいとすら思っている。

 その全ての原因。母の死を与えた相手が、今目の前に存在している。本人はまったく後悔もせずに。

 脳が事実を咀嚼した時、心は怒りを供給する。

 染め上げられていく嚇怒の念に、炎もまた乱れて吹き荒れた。――――この女を今直ぐ炭すら残さず焼き尽くしたい。


「桜・怜を、あんたが殺したのかッ!?」


「怜! 怜! 怜! どいつもこいつも彼女ばかり! あんな不愛想な娘が、私達を嫌っている娘が、創炎一つでこんなにも愛さるとは! 親として誇らしいなぁ!?」


 崩れた自我が煽るように自身の娘を褒め称える。

 流石、見事、天晴。その一つ一つを聞く度に、俊樹の思考が烈火に沈む。

 蒼の視界に赤が混ざり始める。この女を殺し尽くせと本能が囁き、理性はその勢いに押し切られかけていた。

 殺そう。殺すんだ。何を捨ててでも、あの女を殺せ。

 

『――落ち着け』


 足に溜め始めた炎を爆発させる刹那、俊樹の耳に大英雄の静かな声が入る。

 染められ始めていた視界が元の蒼に戻っていく。完全とはいかないまでも、声の持ち主である大英雄に視線を移した。

 大英雄は至って自然体だ。激情は無く、憤激も無く、あくまでも冷静である姿は薄情にも見える。

 

『お前の怒りは至極尤もだ。 本能に振り切れそうになるのも当たり前だが、忘れるな。 あの女が他に手を出したであろう者達にも家族が居て、友が居て、恋人が居ることを』


 大英雄は人類の守護者として、その怒りを肯定する。

 されど、肯定をするだけでそのまま突き進んでも良いとは言わない。逆に諭すような言葉を並べ、他にもお前のような人間は居るのだと突き付ける。

 西条以外の他三家も含めれば、彼等の所為で地獄に落とされた人間は多く存在している。

 彼等も恨みを抱えている筈で、それでも立ち向かう勇気や実力が無いから彼等は屈するしかない。諦めて、絶望して、けれど尽きずに蓄積される。

 誰かが恨みを晴らさねばならない。晴らさねば、蓄積された嘆きが新たな地獄を形成する。

 

 そして、今この瞬間。

 西条を終わらせることが出来る立場に俊樹は居る。数多くの恨みや怒りを背負う資格を有した男が、女の目前に立っていた。

 ならば勝たねばならないだろう。確実に勝利し、彼等の溜飲を下げねばならない。

 負けるな、勝て。故に正気を喪失することは許さない。

 突き付けられる言葉は鋭かった。その鋭さには死人が如き冷気が含まれ、否応なしに俊樹の頭を冷やす。

 

「……悪い」


『いや、良い。 だがそろそろ話も終わりだ。 ――もうそろそろ限界だろうからな』


 俊樹の謝罪を気にするなと告げ、気になるワードを口にする。

 それに対して尋ねようとしたが、そうすることは出来なかった。耳に突然、肉の弾けるような音が入り込んできたからだ。

 移していた視線を女へと戻す。先程まで綺麗な見た目をしていた女の身体は、所々が弾けて血を噴き出している。

 女としても唐突な現象に驚きは隠せない。動揺する素振りを見せながら、一体なんだと彼女は焦りの口調で捲し立てる。


「なんだ!? なんだ!? いきなりどうした!? 熱い……痛い……治らないぞ、どういうことだ!!」


 右腕が爆ぜた。

 爆ぜた箇所から夥しい血が流れ落ち、炎が傷口を焼いて強引に止血する。

 そこに彼女の意思は介在しない。全ては創炎がオートでしていることで、慌てながらも事態は深刻な状態にまで進んでいく。

 理解の及ばぬ俊樹は、ただ唖然とそれを眺めた。自滅とも取れる現象は明確に彼女の命運を薄くさせていき、やがては完全に零となる。

 足が連続で爆発した。綺麗な両足が纏めて消え、連続して傷口からも小規模な爆発が頻発する。

 文句を言い続けた口が爆ぜた。喉も数秒後に吹き飛び、辛うじて首が繋がっている状態と化す。髪の毛の先でも爆発が起きて、最早爆発していない箇所を探す方が難しい。

 

 瞼の無い目がぐるりと俊樹達を睨む。

 激痛が巡り、正気など到底保ってはいられないのに彼女は未だ攻撃的な思考を止めずにいる。

 その精神力だけは人間を超越していた。苦しみを友として生き続けたからこそ、彼女にはどんな痛みも致命傷とはなりえないのだろう。

 

「これは……」


『俺の炎はそもそもにして使用者を選ぶ。 無秩序に与えれば、当然器の方が耐え切れなくなるだろうさ』


 これの原因は何なのかと言われれば、答えは単純に耐久性の問題だ。

 俊樹の場合、炎の出力は調整を施すことが出来る。中に居る大英雄と共鳴しているお蔭で彼側の制御も受け付けることが可能で、最大量を超えない形で現在は運用していた。

 勿論、この炎の制御は本来の創炎には無い。怜による後付けであり、故にそれ以外の人間にはオンかオフのスイッチしか存在しないのである。

 さて、そんな状態で炎が収まる蔵の扉を開ければどうなるか。

 無尽蔵に近い炎が人体に有害な域で入り込み、器は耐え切れずに破裂を引き起こす。

 現在の女がそうであるように、ただ出力を高めていくことしか出来ないのならば破滅は必至であった。

 

 つい先程までは騎士のように彼女を護る炎が、今では逆に彼女を飲み込んでいる。

 全てを食らえと顎を震わせ、動けぬ死体も同然の肉にかぶり付く。歯は女の肉体を泥のように溶かし、操っていた側の女の主導権を逆に奪う。

 既に黒炎には星の意思が多分にある。この星が介入をした以上、彼女が人間らしさを永遠に保つのは不可能だ。

 必然的に、星は自身の目的を達する為に彼女を利用する。

 その予定を完遂する為、彼女の肉を自身の都合が良いように整え始めた。

 炎という表現は、ただ燃やすだけではない。命の煌めきを示すことも、死からの再生を示すこともある。


 彼女の身体を用いて肉体は膨張を起こす。

 細胞分裂を急激に進め、老後までの分を纏めて消費させていく。全てが終われば彼女には死だけが与えられ、勝利の栄冠が齎されることはない。

 意識はギリギリの範疇で保たれていた。全身を作り変えられていく感覚に吐き気と怖気を感じ、されど星の力が強過ぎることで止められない。

 二mを超えて、三mを超えて、更に更にと巨大化は進む。

 四つん這いになり、肌の色は漆黒に染まり、着物は燃え尽き消え去った。


『そして古来より、星が介入すれば必ず出て来る存在が居る』


 破壊と創造。

 矛盾する二つが目の前で起きる様を見ながら、大英雄は自然と語る。

 五百年前の戦いで星は前に出ることはなかった。全て件の存在が用意した兵と戦い、勝負を付けるには人類側が星の意思が存在する場所にまで出向かねばならなかったのである。

 これはその再来だ。今度こそは勝ってみせるという、星にとっての再挑戦。

 黒髪は頭部と思わしき箇所で垂れ下がる。顔は髪によって隠され、その表情を確認することは難しい。

 人間として標準の身長しか持たなかった身体が、十階建てのビルを凌駕するサイズへと成長を果たした。――それは正に、映像でしか出てこない怪獣の姿だった。

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