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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【百二十九点】災禍は加速する

「は、ははははは。 何を仰いますか、大英雄様」


 女の声が渇いている。

 露出した手は小刻みに震え、目は瞬き一つもせずに常に開かれたままだ。

 信仰において、否定されることは須らく絶望に通じる。彼女がそうまで大英雄を信仰する理由は定かではないが、先程までの語りに縋るべき理由が存在したのではないだろうか。

 神が信者の前に立ち、その祈りには何の価値も無いのだと断じる。

 今の彼女は足元が崩れる感覚を覚えている筈だ。大英雄は嫌悪と拒絶の混じった目を向け、彼女はそれを真正面から見ている。

 自我を保つ為には現実を否定するしかない。どんなに避けられないリアルがあっても、彼女は虚構に解を求めて全てを更に否定する。

 

『事実だ。 お前は俺の力を別の者から与えられている』


「別……別とはなんでしょうか」


『我々が滅ぼした筈の星だ。 あれがまだ概念として生き残り、断片状態のまま炎を浸食するまでに至った。 今のお前は、怪獣と同様に人類を滅ぼす先兵同然となっている』


「……嘘、でしょう」


 声は震えていた。

 四家とは本来、人類を守護する血筋の者達だ。それが敵に利用されるなど、最早滑稽を通り越して愚かを極めている。

 俊樹はこの時になって彼女が炎を使える理由を知った。そして、今の彼女が怪獣に近い状態となっていることも理解する。

 つまり、もう彼女は本当に人間ではないのだ。未だ人の形をしているだけで、星からの干渉がこのまま進めば見た目すらも人間の範疇でなくなる。

 時限式の爆弾が如く、五百年の時を超えて新たな化け物が世に生誕することとなるのだ。

 そこに、女の意識は無い。人類殲滅の為に動き出すことだろう。


『解ったのは相対した瞬間だ。 彼の内側に居た状態では鈍かったが、今は生前に近い。 お蔭で今まで見えてこなかったものも見える――お前、本来は然程創炎が使えていなかったな』


「――――」


 大英雄の指摘に、彼女は何も言えなかった。

 それは怒りで言えなかった訳ではなく、ただ単純に図星であるから。彼女は今でこそ西条家の当主になったが、それ以前は当主の本妻以上にはなかった。

 本妻といえば、使える権力は多い。当主の代わりに家を取り仕切り、時には他家との交渉役として弁舌を振るうこともある。

 解り易い話だ。今更細かく説明するまでもなく、彼女は四家内で最重要視される創炎の資質が低かった。

 本来ならば虐げられてもおかしくない立場に居て、けれど彼女は創炎以外の資質に恐ろしい程優れていた。

 

 事務的な能力も、妻として夫の私生活を支えることも、生まれた子供の才能が高かったことも。

 全てが全て、皆が創炎が基準以上に使えていればと評す優秀な人間だった。

 だからこそ、彼女は創炎の出力が低い我が身を弱いと断じている。弱くて弱くて、情けない女なのだと心の底から信じている。

 例え夫が限界を超えることは出来ると嘗て言ってくれたとて、政略結婚による関係では信じ切ることは出来なかった。

 彼女が夫である西条の当主と結婚が出来たのは、一重に生贄でしかない。

 

 彼女と当主が結婚する前から漂っていた恐ろしい噂話。

 怪物が如き人間を量産する当主の話に、他三家は警戒を抱いていた。迂闊に優秀な人間を送り込むのも二の足を踏み、故に敢えて不当な花嫁を当主に送ったのだ。

 その結果として、彼等は西条家が恐ろしいことをしていると知った。

 知って、量産された戦力を見て排除することは難しいと結論を出してしまった。彼女の犠牲は結局停滞を生み出すだけで、最良の結果にはならなかったのである。

 女はそれを理解し、故に孤立となる未来を理解した。

 馬鹿にされないように必死に創炎以外の能力を駆使し、創炎そのものは隠れて練習を重ねていた。


 何度も何度も映像の中に居る偉人達に力を授けていただけないかと祈りを捧げ、彼女の自我崩壊は信仰によって抑え込まれていたのである。

 だからこそ、深度の高い祈りが泥に届いてしまったのだ。素晴らしい素質の持ち主が自分から近寄って来たぞと星は愉悦に喜び、奪ったばかりの種火程度の炎を彼女に全て与えた。

 暴れて暴れて暴れ続けろ。私の望んだ通りに、手にした力を誤解したまま暴れ回れ。

 それが己を復活へと至らせる一助になるだろう。何時か復活を果たした時、晴れてお前は此方の仲間入りとなる。


『成程、お前の祈りの根源は弱さか。 弱いからこそ利用され、こうまで狂った。 ……哀れな話だが、お前のような絶望は何番煎じだ。 今更嘆く気も起きない』


「……止めてください」


『過去、お前のように力を求めて狂う輩は何人も居た。 そういった連中は悉く何かしらの破滅を招き、自身を死においやったものだが……お前はその中でも一層最悪な破滅を呼んだのだ』


「黙って!」


 黒炎が大英雄を襲う。

 彼女の絶叫による命令で炎は津波のように彼等を飲み込まんと進軍した。あらゆる背景を黒に染め上げ、空に広がる青もこの炎の前では屈せざるをえない。

 飲まれれば、何の防御態勢もしていない二人は死ぬだろう。如何に炎に耐性があるからといって、流石に大英雄の物だった炎まで大丈夫である保証は無い。

 訓練の時で焼死してばかりだった事実を思い出し、俊樹は自身の炎を動かす。

 言葉で揺さぶるのは彼に任せておけば良い。自分がすべきは、彼女を一早く行動不能にすること。

 最善は肉体の死。出来なければ、精神の崩壊。

 

 手に炎を収束。チャージ速度は過去最高であり、瞬時に出来上がる膨大な火力はこれまでの比ではない。

 油断すれば自身の炎に飲み込まれかねないと一瞬の危惧を浮かべつつ、相手の炎が接触し掛ける刹那に前へと手を突き出して炎を放射した。

 圧縮された蒼炎は黒の炎を易々と自身の炎に変えていく。元に戻れと言わんばかりに黒が蒼に染め直され、彼女の手から奪還されているのは明白だ。

 どれだけ星が奪ったとて、元々の持ち主は大英雄なのである。彼が主導権を奪いに来れば、今の不安定な状態では容易く元に覆される。


「黙って、黙って、黙って――黙れ! 私の気持ちを汲め! 私に力を貸せ! 私に全てを齎せ! 私は、私は弱くなどない!!」


 嘆きとも怒りとも取れる声で、彼女は俊樹達に言葉を放つ。

 お前に弱い者の気持ちは解らないだろう。何時だって格下だと思われ続けられたこともあるまい。

 まして、彼女は自身が生んだ娘が優秀に過ぎた。創炎という意味では圧倒的な才を見せる怜という女性を、女は密かに嫉妬していた。

 それが情けないというのは百も承知。けれど、それでも、血縁でありながら己のようにならなかった一点が許せない。


「見よ、この炎を! お前よりも私は使えている! あの女よりも私は使えている! ――だからあの女は死んだのだ! 私よりも優れていなかったから、凶刃に対して油断したのだ!!」


「何?」


 正気を失い始めている。信仰を否定された彼女は、最早自我を崩すことでしか精神を維持することは出来ない。

 ありとあらゆる常識が崩れ、その中から過去にあった数少ない勝利の記憶を口に叫ぶ。

 それを聞き、俊樹はなんだそれはと語気を強めた。

 

「ARがなんだという! あんなもの、ちょっと操ってやればたちまち塵屑よ! だからあの女は死んだのだ! 私が殺したのだ!!」


 血の涙を流し、女は狂喜する。

 ただただ、己を脅かす存在が死んだ事実を祝福した。元より邪魔者となった存在が無事に死んだことに、彼女は大いなる安堵すら抱いた。

 だが、それを聞いた俊樹の心中は穏やかではいられない。母を貶したこともそうだが、まさかあれが人為的なものであったなど。

 津波の大部分が蒼に戻され、主従を思い出した蒼炎がゆっくりと俊樹達から離れるように二つに割れる。

 荒野となった大地で俊樹は静かに歩み出し、大英雄もまた彼の隣で歩を進めた。

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