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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【百二十七点】極星創炎

 紅蓮の炎が空を舞う。

 着弾地点は地面で着物の汚れを払う女。彼女も空から飛来する俊樹を見やり、その口角を歪めて迎え打つ姿勢を取る。

 元より、この事態が起きた要因は俊樹が誕生したからだ。

 彼が居なければ四家の繁栄は今も継続されていた。女にとって俊樹とは恨みの対象であり、そこに生かすという考えは頭に無い。

 寧ろ、彼女の中では殺すことが最優先になっていた。この後の事など考えず、ただ殺したい相手を殺す為に牙を剥く。

 カエは突然の彼の行動に驚きを感じていた。何をしているのかと叫びそうになり、けれども予想外に彼の行動は素早い。

 炎を身に纏った小さな隕石は、同様に炎を周囲に侍らせる女と激突する。

 二つの異なる色が綺麗に半分に別れ、俊樹は拳を女は炎の壁を展開していた。


「漸く来たか! このまま逃げるのではないかと思っていたぞ!!」


「逃げれるもんなら逃げたいよ――クソッたれがぁ!!」


 咆哮一撃。

 交わす言葉は悦楽と敵意の二つに別れ、炎による激突は互いに傷を付けることもなく終わる。

 先に離れることを選択したのは俊樹だ。相手の炎は気体であるにも関わらず、堅牢な砦を思わせる硬度を有している。まったく割れる気配の無い炎を前にしては埒が明かないと跳ねるように離れ、一旦距離を取った。

 位置としてはカエと女の間。抉れ燃えているステージは、さながら地獄絵図を現実に引き出したような景色だ。

 周辺は全て高温に支配され、耐え切れるのは一定の耐久性を持った者のみとなる。

 即ち、偉人やそれに相当する人間のみが生きることが許される世界が構築されたと言って良い。


 正しく人類を土俵から叩き落し、自身が大上段から眺める為の場だ。

 君臨者として立つ彼女は、それが当然のように強気に満ち満ちた表情を浮かべている。

 彼女は炎を纏わない。炎は傍に彼女を護るように壁として侍り、彼女の命令で動き出す。女王を守る騎士として黒炎は機能し、攻防一体の存在は非常に厄介だ。

 これがただの科学技術によって生み出されたものであれば破壊は容易だったが、彼女に炎を供給している星はそれを想定して奪うことを選択したのだろう。

 強者を倒すには同じ土俵に上がれなければ意味が無い。一早く元の形に戻るには、手っ取り早く相手の力を奪った方が一石二鳥だ。

 

「どうしてこっちに来たのですか!?」


「アンタ達が最後の防衛線なんだ。 少しでも状況が変化するなら、アンタ達と協力した方がまだ芽がある」


 背後から強く尋ねるカエに、振り向かずに俊樹は答える。

 何時間に合うかも定かではないのなら、実力者がまだ実力を発揮出来る段階で協力した方が勝率も上がる。

 相手の炎は紛れも無く創炎の域を超えていた。それが俊樹が有するものと同質であると、使っているからこそ彼も理解に及んでいる。

 故に、危険性も重々承知。相手が同じなら、後はどれだけ出力を絞り出せるかで確率は勢いよく変動を起こす。

 

「『オーム(オムニック)!』、彼女が来るまで後どれだけ掛かる!」


「――約十分もあれば到達すると思われます!」


「……ならそれまでは」


 拳を固め、三人は女と相対する。

 いや、彼の言葉を聞いてからは他の偉人達も各々武器を取り出し構え始める。

 剣が、槍が、銃が。様々な時代で活躍した武器達が一斉に女に牙を剥き、それを向けられた当の本人は笑みを深めて嘲りを送る。


「来い! 今の私は最強だ!!」


 深く、深く、想いを込めて。

 黒の炎が柱と化し、そこから次々に炎弾が現れる。一つ一つは遅いものの、柱から放たれる炎弾の総数は三桁。

 しかも恐ろしきは、撃ち出した瞬間には次弾を柱から生み出している。

 全員が一斉に前へと進み、炎弾と炎弾の境を抜けた。相手の攻撃に技術は無く、ただ周囲にばら撒く様は天災そのもの。

 着弾箇所を中心に炎は全てを燃やす。草花も、建物も、人も。

 燃え尽きた後に残るのは剥き出しの大地だ。生きることを許さぬ不毛の大地が誕生し、確実に地球という星そのものに傷を与える。


 何処かで止めねば星は自身が与えた力で自滅するだろう。

 だが、そうなる前に先に人類が終わる。故に、彼等は彼女を止める為に走る。

 無限に続く炎弾を回避して一番先に女の下に着けたのは、やはり距離的に一番近い位置に居る俊樹だ。

 黒炎に囲まれた彼女は彼と見合い、手招きをする。

 それが挑発であるのは百も承知。自身の纏う炎の量を増やして突撃し、黒炎からのダメージを最小に留める。

 元より炎は俊樹の敵ではない。黒の柱を容易く突破した彼は、そのまま間近に居る女の顔面に拳を見舞う。


「ッ、」


 しかし、その右ストレートは至極あっさりと掴まれた。

 軋む音を立てながら片方は拳を前に進めようとし、もう片方はそれを阻止しながら拳を握り潰さんと力を込める。

 

「お前が居なければ、こんなことにはならなかった! お前という害悪が、全てを破滅に導いたのだ!」


「うっせぇ!! 元はお前達が確り管理をしていなかったからだろ! 責任転嫁も大概にしろや、糞女!」


 女は強気に、しかし怒りを滲ませて俊樹を詰る。

 お前さえ居なければ。お前が、後継者に選ばれるような逸材でなければ。全てが四家内で決まっていれば、ここまでの大事に発展するようなことはなかった。

 全てが全て俊樹の所為にしようとする女に、俊樹は真向から否定する。

 その答えに女は俊樹を横に投げ、間近で爆炎を放った。掌から突如出現する黒炎を咄嗟に転がって回避しつつ、その勢いで立ち上がる。

 

「お前が西条に居れば教育のしようはあった。 あの時駆け落ちをした怜が、あの愚かな娘が子供を産み落とさねば、我等の栄光は常なるものとなっていたのに――ッ」


「――――」


 立ち上がった刹那、女は更なる呪詛を吐き出す。

 西条の正当な当主と正妻との間に出来た娘を、俊樹の記憶の中にしか存在しない大事な母親を、女は瞳を嫌悪に染めて愚かと吐き捨てた。

 そのまま再度女は掌の先を俊樹に向ける。収束される炎の量を増やし、辺り一帯を纏めて吹き飛ばすブラスターとして撃ち出した。

 柱をぶち抜き、炎が森の遥か遠くまでを纏めて吹き飛ばす。

 通過した先にある木々は根も含めて全てが存在を消失した。まるで最初から存在していないかの如く広がった一直線の荒野に、新たな生命が芽生える気配は無い。

 これは破滅の炎。星が与え、女が自身の狂気的な想いで改変した悪果しか齎さない消滅の力だ。

 

 触れれば消えるまで炎は燃え続ける。

 女は口角を吊り上げることはなかった。寧ろ逆に、その目を今度は驚愕に変える。

 ブラスターが通過した道の途中に俊樹は居た。燻る黒炎は赤い炎を浸食し、徐々に徐々にと女のものになろうとしている。 

 これは彼女の炎だ、お前のものではない。さぁ、新しい後継者に全てを捧げようではないか。


「――黙れ、それは俺のだ」


 浸食する黒炎が一瞬で赤に変化する。

 それだけではない。女は俊樹を見て、その瞳が変わっていることを知った。情報通りであれば、先程見た限りでは、彼が創炎を使用した場合は赤だった筈だ。

 パーカーから炎が放出されていく。垂れ流すように出て来る炎には、黒炎のような不吉な気配は無い。

 神聖にして鮮烈な輝きは、さながら太陽が如し。

 燃えろ、燃えろ、激しく燃焼しろ。――――我等の歴史は、このような小粒によって閉ざされるものではない。


「貴様」


「お前も黙れ。 俺を罵倒するなら殴って殺すだけで済ませたが、あの人まで罵倒するなら我慢する気も無い」


 俊樹にとっての地雷を女は踏んだ。

 何故彼が凡百な暮らしを求めるのか。その根底にあるトラウマに、彼女は容易く足を踏み込んで起爆させたのだ。

 紅蓮の瞳が蒼炎の瞳へと変わる。片方の口は吊り上がり、炎の色が蒼へと急激に変化を果たす。

 目前の女から必ず勝利を奪うと胸に刻んだ時、ついに最後の鍵が外れたのだ。

 創炎という概念そのものに罅が走る。強大な力の奔流が、全て俊樹の側へと流れ込んで止まらない。

 頬に罅が走る。それだけに留まらず、腕や足にも罅が広がっていく。

 だが、それがなんだという。己にとって大事な女を貶されることに比べれば、僅かな痛痒も肉体に与えはしない。


「『勝つ』」


 絶対正義が降臨する。太古からの炎を背負い、彼の中からその様を見ていた日輪の神もまた共鳴を果たした。


『勝利をその手に』


「明日を見る為に」


『いざや行かん――』


「『極星』」


 五百年前の太陽が、ついに現世に舞い戻った。

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