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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【百二十六点】戦わねばならぬ時、一歩を踏め

 使用人の死体の山が構築されている。

 家に残る戦力を総動員して挑む戦いは、およそ家の人間からすれば予想の範疇通りに進んだ。

 元より実力者は家同士での戦いで死に、俊樹との戦いでも死に、更には俊樹側に寝返った者すら居る。戦力の低下は著しく、故に残された者だけで戦闘に特化している集団と戦おうとするのは無謀極まりない。

 唯一心の底から勝利を手に出来ると豪語したのは、四家内でも仮の当主とされた元当主の正妻のみ。

 婚姻当初から元当主と揃って外道な真似を散々にしていた女だが、その心には常に自身の繁栄が根付いていた。――強烈な自己愛を有し、如何なる女性よりも豊かな自分に陶酔するのが彼女の趣味だ。

 真っ当な趣味ではなく、故に彼女と接する者は総じて彼女を立てる。そこに忠誠は皆無であり、あるのは恐怖や焦燥ばかり。


「そらそらそらそらァ!」


「――っ、!」


 片腕を舞うように振るうと、手の先から炎が竜巻となってカエを襲う。

 それを回避すると、竜巻は彼女の真横で爆発を起こす。竜巻が弾け飛び、足を滑らせて避けるも炎は彼女を逃さない。

 パーカーに付着した炎は通常の法則を無視し、カエが手で払っても全くと消えない。そのまま服を燃やし続け、やがては肉体そのものを焼き尽くすだろう。

 彼女の肉体は人工物だ。痛覚は無く、死という概念もアラヤシキが覚醒を果たした今では問題になりえない。

 喪失される記憶は、アラヤシキによって遠隔でバックアップが取られている。例え此処で肉体的に終焉を迎えたとて、一日もあればカエは戻ってこれるだろう。


 だが、俊樹を含めた今を生きる者達は違う。

 一度の生、一度の生涯。感覚の断絶すらまともに出来ない身体は、人工物と比較すれば不便に過ぎる。

 この黒炎の前では人の身体は容易に致命傷になりえるのだ。故に、対処をするのは偉人達こそが相応しい。

 燃えるパーカーをそのままに、彼女は何時の間にかはだけた着物の女に吶喊する。

 頭部、胸部を重点に拳を重ね、時折足を混ぜて女に傷を付けようとした。


「見えているぞォ、ヴぇるさすぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


「――その名を口にするな」


 嘗ての組織の名を叫び、女は全てを腕でカエの拳を叩き落とす。

 蹴りを仰け反るように回避し、その様は醜悪な蛇を想起させられた。

 創炎を使う人間を特務部隊は何人も見た。彼等は総じて人間らしさのない戦い方をするが、それでも全てが全て喪失している訳ではない。

 剣術、柔術、銃にAR。様々な技術を習得した彼等が見せる技の数々は、時偶に隊員を魅了することもある。

 美麗にして苛烈。豪快にして繊細。

 どちらかに偏ることはなく、双方含めた技を獲得した彼等に出来ぬ技は無い。人間である限り、絶対に創炎使用者には追い付けないのだ。

 

 だが今の女に、そのような人間らしさはない。

 炎を振るう蛇。世界を丸ごと飲み込む世界蛇が如く、彼女は望むもの全てを飲み込まんと強欲に力を振るっている。

 化け物だ。――いや、これこそが偉人達が相手をしていた怪獣と呼ぶべきものの正体なのかもしれない。

 人外の領域で激突し、そこに全てを殲滅した特務部隊が入れる隙間は無い。精々が自分が巻き込まれないようにするだけで、無理に割り込めば即座に死ぬ。

 他の偉人も介入はしていない。偉人達であってもこの戦いには危険なものを感じているのか、飛び込む隙を狙っているのはオーム一人だけだ。


「ふん」


 槌を振るう。 

 大地を殴り、狭い範囲内で地震が発生する。だが地震自体は副次効果であり、彼女が大地を勢いよく殴ったのは別の目的だ。

 瞬間に、炎を掻き分けて不可視の一撃が女を吹き飛ばす。飛んで行く僅かな間に骨が折れる音を二人は聞き、確かなダメージが刻めたことを確信する。

 飛んで行った女は正門に繋がる壁に激突し、粉砕しながら停止した。

 突然の予想外な攻撃。一瞬女の思考は空白に支配され、次いで憤激が奥から湧き上がってくる。

 炎は彼女の意思に合わせて勢いを増して噴火のような火柱を立てた。

 

 極度の温度は、触れていなくとも他者を焼く。

 特務部隊は全身を隠すようなスーツを着ているお蔭で燃えず、俊樹はそもそもにして火に耐性があるからダメージは無い。

 だが、既に死んでいる者。そして今にも死にそうな者に容赦無く熱が襲い掛かる。


「っひ、ご、御当主様! 気を御静めください! お願いします! お願いします!!」


 使用人の絶叫混じりの嘆願が辺りに響く。

 ゆっくりと立ち上がった件の女は、そちらに耳を貸すことは無かった。ひたすらに創炎を行使し続け、炎の供給量を増やしていく。

 手加減の字は今の女には無い。故に、文句に対する答えは熱波だけだ。

 恐怖に叫ぶ声、くぐもった静かな声、最早声すら出せない者も含めて全ての肉や大地に生える草が燃え尽きていく。

 炭化する臭いが辺りに充満し、そこかしこに火が点いた。何もかもを灰燼に変えてやると言わんばかりに、その様はとても操っているとは言い難い。


「軒並み焼死か……。 人間じゃねぇな」


 特務部隊の長が俊樹の傍で悪態を吐く。

 恐怖を持っても従っていた相手を女は容易く殺した。他の西条家の人間も殺され、とてもではないが正気を保ってはいないだろう。

 あのまま放置したとして、何れ彼女は周囲の森を焼き尽くす可能性が高い。

 そうなる前に何とかするしかないのだが、偉人二名でどうにか出来るようには見えなかった。

 甚だ失礼ではあるが、彼の目には偉人が負ける未来しか予測出来なかったのである。

 俊樹もまた、同様の未来を想起した。恐らくは既に呼び掛けを行っているのだろうが、皆が集まるまでにカエ達が無事である保証はない。

 

 もしも間に合う前に二人が死ねば、次に標的とされるのは俊樹達だ。

 ならば――ならば、全滅する前に変化を齎すしかない。この形勢を此方に傾かせる一手を打つしか方法は無いのだ。

 自然、俊樹の目は赤に染まる。炎を全身に巡らせ、パーカーの形となって何時もの創炎を使用している状態となった。

 足に力を巡らせ、跳ねる用意をする。


「隊長さん、俺が飛び込んだら撤退してください」


「おい、何する気だ」


「このままだと全滅するかもしれません。 その前に、俺が突っ込みます」


 咄嗟に隊長が彼の肩を掴む。

 火が隊長のスーツを燃やし、熱に彼は眉を顰めた。だがそれでも、俊樹を止める為に彼は口を開ける。


「馬鹿な真似は止めろ。 此処でお前が飛び込んでも良い結果になるとは思えない」


「時間が稼げれば良いんです。 後を任せられる人が来れば、それで良い」


「それが間に合う可能性が何処にある」


「……正直低いでしょう」


 隊長の意見は正しい。

 このまま彼が突撃したとして、果たして時間を稼げる程に長時間戦っていられるのか。

 無理だ。俊樹自身はまだまだ技術を磨かなければならない未熟者で、炎という最大の武器も向こうの方が質が上である。

 負けている部分しかない。将来は不明であれど、今この時点で勝負を挑むには不足ばかりだ。

 一応、俊樹にはリミッターを解除する手段がある。勝利への執着を全力で発揮すれば、あるいはこの時点で女に追い付くことも出来るかもしれない。

 しかしそれはイコール自壊に繋がる。肉体が完全に崩壊すれば、俊樹自身の死は避けられない未来と化すだろう。


「ですが、やらねばならないのは事実です。 別に正義に酔っている訳でも、発狂している訳でもありません。 ――此処でやらねば、負けると誰かが叫ぶのです」


 パーカーの胸部分を握り締め、俊樹は本能が告げる絶叫を口にする。

 それは彼本人のものかもしれないし、魂の座に居る大英雄の本心なのかもしれない。

 あるいは二人が一緒に叫び、共鳴している結果の可能性もある。 

 複数の予測が脳裏を巡り、しかしてそれを今はどうでもいいと彼は切り捨てた。

 本当に必要なのは生きる為の決意。此処で死ぬことを絶対に認めぬ、断固たる生還の願いのみだ。

 俊樹は勝利に酔う気は無い。勝って勝って勝ち続けて、自分が最強だと高らかに世界に宣言したいのでもない。

 ただ生きて、普通の世界で日々を過ごす。こんな厄介事ばかり生むような家とは縁の無い、極めて凡百な生活をしたいのだ。


 その為に他人の手を借りることはある。

 誰かを頼らねばならない時もある。

 けれど最後は、やはり自分で立たねばならない。成長とは即ち、二本の足で大地に立つことだと思うから。

 

「絶対に、撤退してください――――では」


「あ、おい!」


 パーカーを掴む腕を払い、俊樹は跳んだ。

 一番過酷な戦場へ。己の願いを叶える為にと、強固な自我を胸で形にしながら。

 魂の座の空白が消えていく。暗闇の世界に閉ざされ、中に居た大英雄も俊樹の変化に成程と首肯した。

 成長するということは、何かが変わるということだ。

 そして、変わる過程で切り捨てられるものがある。本人が意図しない形であっても、要らぬと告げられれば消えるのが世の定め。


『だが、肉体の崩壊は起きていない』


 世界が変わり、依然と異なるものになるとすれば。

 大英雄がそこに存在することは出来ない。二人の間にあった共通項が薄れ、最後には意思の疎通すらも満足に行えなくなる。

 けれども、大英雄は居る。未だ魂の座で、当然が如くに心の底に居た。

 それが何を意味するのかは、俊樹しか知り得ない。

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