【百二十四点】終わっていた過去が迫る
銃弾が弾幕として広がり、爆発物が広範囲を吹き飛ばす。
その中をアンは何不自由も無く軽々と移動し、近い順に使用人の首を跳ねる。僅かな躊躇も無しに殺人を行う姿は、正しく正義の使者だ。
悪に加担するのであれば例え人間であっても容赦はしない。無慈悲な刃を振るわれた使用人は驚きを露にしながら痛みも感じずに死に、彼の迅速な判断によって次々と相手側の死者は膨れ上がった。
剣士である以上、武器の攻撃範囲は狭い。銃の方が圧倒的に有利な中で彼は肉体性能のみで銃を超え、学び積んだ技術で勝ちを拾う。
これにより戦場は相手側の混乱状態となり、特務部隊の攻撃が通りやすくなった。
隊員達は口々に感謝を言いながら銃の引き金を押し、明後日の方向を向いている使用人の胴体を撃ち抜いていく。
同時に、もう一方の小部隊もオームが積極的に己の身体を壁として活用することで視線を集中させていた。
撃ち込まれる銃弾は防護服を貫通させることは出来ず、揃って彼女の足元に弾丸が転がる。重機関銃も、種類の異なる火器達も、果ては爆発物まで彼女は攻撃を受けて平気な様で姿を見せる。
攻撃をすることはオームなら出来た。ただでさえまったくダメージの刻めぬ相手が暴れてしまえば、敵側は恐慌に陥っていただろう。
そうしなかったのは特務部隊の武器や他の偉人で何とかなると解っていたからであるし――最大の敵となった西条の女当主を観察したかったからでもある。
オームの視線は使用人に向けられていない。今もなお、激突する二人にのみ視線は注がれている。
『あの力……本当にそうなのか?』
防護服の内側で、彼女は表情を酷く真剣なものとした。
自身の推測が真実であった場合、訪れる未来は最悪だ。少なくとも、大英雄や怜のように最強と呼ぶべき者達が居なければ解決は望めない。
オームの肉体が有する解析能力は特化している者達と比較すれば弱かった。人類製のプロテクトの類であれば突破出来る自負があるが、怜が作った強固なプロテクトを突破する自信は無い。
そして相手が相手であれば、怜のような強固なプロテクトを展開している筈だが――――不自然なまでに彼女の内側に存在する創炎の道はロックされていない。
潜り、潜り、その源泉を彼女が持てる演算力で解析する。
女は狂ったままだ。オームの解析に気付いた様子も無く、そもそも気付いたところで彼女にどうにかすることは出来ない。
予測のみで出来上がった説を見落としが無いよう、丁寧に調べていく。
大英雄の炎が保管されている場所にアクセスするには、実のところ然程難しいものではない。
それは勿論偉人基準での難易度の話であるが、ただ見るだけであれば多少の時間を掛けるだけで覗くことは出来る。
難しくなるのは操作や、権限の委譲だ。そればかりは怜本人にしか使えず、つまり深淵までを見ることは不可能だ。
だがそれでも、見える範囲内で推測を確信に変えることは出来る。
特に外部からの侵入であれば、オームと同様の痕跡が残るのだ。意識のみしか入ることが出来ない空間は虚偽の情報を混ぜることが難しく、無理に誤魔化せば違和の強い空間が出来上がる。
そして、オームが確認したのはその違和が強い空間だった。
宝物庫と表現すべき中を見渡し、ふと部屋の端に目を向ける。怜が管理者となったことで、この独特な空間は作り変えられた。
以前までは星が所有者であったことで無限に空間が続くような場所に、鋼色の壁を立てて部屋と呼べる酷く人間的な要素が混ざっている。
炎もまたその内の一つに収められ、壁は永遠に腐食も劣化も起きない筈だった。
にも関わらず、部屋の端には小さな黒染みが出来ている。接近してより近くで見てみれば、黒染みの壁には小さな穴が開いていた。
そこから汚泥の如き黒の水が入り込み、炎に接触してはゆっくりと自身と同じ色に染め上げている。
警戒しながらも手を伸ばし、オームはその泥に触れる。
『――ッ、これ、はッ』
瞬間、疑似脳に膨大な情報が流れ込んだ。
地球の始まりが、生物の誕生と絶滅が、人類同士の争いの歴史が。そして人類そのものに対する膨大な恨みがこの泥には内包されている。
圧倒的な情報量に疑似脳がショートを起こし掛け、直ぐに手を引っ込めた。泥は彼女を引き留めるような真似はせず、あっさりと解放して炎の浸食に戻る。
この泥の目的は、最初から大英雄の炎を奪うことなのだ。
『間違いない! まさか生きていたとはなァッ!!』
誰も居ない空間で、意識のみのオームは叫ぶ。
嚇怒を込めた憤激は、それだけで只人の意識を容易く吹き飛ばすだろう。この手に武器があったのであれば、今頃は床を殴っていたかもしれない。
瞬時に西条の戦場に意識を戻し、巨体を動かす。他のメンバーに代わりを任せ、彼女はカエと女の間に割り込んだ。
黒炎を槌で吹き飛ばし、カエの蹴りを片腕で軽く抑える。
突然の乱入に双方は驚きを露にするも、瞬時に距離を取って一時的に最も激しい場所は静かなものとなった。
「どうしたんですかッ!?」
「っち、何だ。 お前も参加するのか?」
二人の言葉をオームはまるで聞いていなかった。
疑似脳が怒りに支配されていくのを彼女は自覚している。冷静であろうと努めても、どうしても過去の厄介事が想起させられた。
忘れるものか、忘れるものか、忘れるものか。
呼吸を意識的に行う。そうする必要が無いのに、人間のような動作を彼女は行った。
『――そこの女。 お前は自覚があるのか?』
「自覚? 当主として、人を導く者としての自覚ならば確りとあるぞ。 それがどうかしたのか?」
『いいや、了解した。 お前の現状は全て把握したぞ』
女は狂ってはいたが、理性的な狂い方をしている。
つまりは誰かに操作されている訳ではない。誘導はされているが、彼女は真実自身が人類を導く大いなる存在だと確信していた。
随分な大言壮語であるものの、それに相応しい力があるのは事実。けれども、彼女に与えられた役目は人類を導く者などではない。
寧ろ真逆だ。――彼女がここまでの力を与えられたのは、人類を破滅へと導く為である。
『カエ。 大至急怜様を呼べ。 あの女の炎の正体は……星だ』
「ッ!? まさか……」
五百年前。人類の破滅を目的として活動した存在が居た。
怪獣を兵として戦いを始めた存在は、己の生存の為に不必要な生物を絶滅に追い込んでは都合の良い生物を誕生させていたのだ。
人類もまた、他の厄介な動物を絶滅させる為に生まれた存在である。その役目は五百年前の段階でとっくに果たされ、本来であればその時点で絶滅していた。
それを、人類が無意識に形成した意識集合体が阻止したのである。これは阿頼耶識や普遍的無意識と表現され、膨大な知識や感情が滅ぼそうとする者に対して反発する存在を生み出した。
それこそが英雄。偉人達そのものであり、彼等は最後には勝利を掴んだ。
彼等が戦った相手は星と呼ばれた。全身全霊を傾けて立ち向かった戦いは記録に残されることはなかったが、その戦いの果てに星は意識すら保てずに崩壊を迎えた筈だったのだ。
しかし、それは間違いだった。如何なる理由であれど、星は五百年の中である程度己を回復させて侵入の隙を伺っていた。
そして、怜が管理者としての席を開けた瞬間に行動を開始したのである。その集大成が、今暴れている女と黒炎だった。
「……直ぐに通信を繋げます。 戦闘を一時中断させ、全戦力でもってこの問題に対処致しましょう」
『同意だ。 最早この戦いは殲滅戦ではなくなった』
「何を言っているのだ。 ついに頭に蛆でも湧いたか、老害が」
女の意見を無視し、二人は戦いを止めた。
耳に指を当て、怜へと通信の接続を行う。そうしながら、オームは激怒を抑え込みつつも女の黒炎が徐々に出力を増していることを確認した。




