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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【百二十点】地獄行き一丁

 転がっていた人物は女だった。

 元は上等な着物は、無くなった足や腕を見せ付けるように布が破り捨てられている。喪失した箇所からは血が流れておらず、どうやら肉で埋まっているようだ。

 表情は苦し気に染まっている。何の受け身も取れずに転がった所為で頭からは血が滴り落ち、綺麗な黒髪は土や葉が付着して小汚くなっていた。

 彼女の瞳は黒く染まっている。黒目のハイライトが消失したようなもので、何とも不気味に周囲を確かめていた。

 それを俊樹は見て、彼女もまた俊樹に視線を移す――途端、その目は憎悪に燃え上がる。


「お前ッ! お前ッ! お前ェ!!」


 燃え上がる瞳に合わせ、金切り声が辺りに響く。

 あまりに甲高い声に耳が痛くなってくるも、俊樹は冷静に女を見下ろした。

 彼女に余裕が無いのは確かだ。白目部分に血が走り、頭から流れた血の所為で山姥が如き様相に変化している。

 夜闇の山で出会えば妖怪間違い無しだ。それ故に、俊樹は自身の内にある疑問を口に出した。


「こいつ、何処に居たんだ?」


「それについては私から報告させていただきます」


 疑問に答えたのは一人の女性だった。

 パーカーの下にカッターシャツを着た女性は、凛とした強い目で俊樹を見やりつつ情報を与える。

 件の女性は西条家内でも立場の弱かった人物なのか、皺が目立つ程の年齢を重ねているにも関わらず西条家の外の家に住んでいた。

 ただ、外の家とはいえ掘っ立て小屋であった訳ではない。流石に創炎が使える以上、彼女に対する扱いは格が低いものであっても一般よりは遥かに良かった。

 一人暮らし用にしては広い一軒家相当の家を与えられ、内部には使用人と思わしき人物が三名は付いている。

 そこに音を立てずに侵入し、使用人を全員捕縛した後に書類仕事をしていた彼女をあっさりと外に放り投げた。


 当然、四家である以上は戦いの心得はある。

 即座に臨戦態勢を整えたものの、目前に立つ偉人の前ではまったくと意味が無かった。

 武器が無かったこともあっただろうが、それでも熟練した技術の持ち主である女性を容易く無力化したのだ。数の利も合わさり、順調に捕縛した人物は次に逃げられる可能性を考えて四肢を破壊した。

 慈悲の無い方法であるものの、合理的であるのは間違いない。最初に破壊された段階で叫び掛けた女の口をパーカーの袖で塞ぎ、後は担ぎながら此処まで来たということだ。

 

「この女は表向きは監視役だったのでしょう。 格下だったので然程実力は高くはありませんでしたが、向こうもそれは解っていた筈」


「つまりは……」


「既に向こうは警戒していて、この女を警報機として使ったということでしょうね。 切り捨てられることを前提としていれば能力の低い門番が居ることも納得です」


 相手は家を直接攻めることを最初から宣言していた。

 それが三日以内であることも伝えていて、けれども具体的な時間が解らない。故に現状の手札の中から切り捨てられるものを選び、警報機として使った。

 西条家らしい人間味の無い使い方に皆が嫌悪に表情を歪める。そのような畜生にも劣る扱いを、彼等は本当に容認しているというのか。

 彼等の横暴さは特務部隊でも有名だ。実働が彼等なのだから、自然と四家の人間と接する時もある。

 礼儀が正しい者、事務的に対応する者は見ていたが――――露骨に道具扱いをする者も確かに彼等は見ていた。

 

 今回はそれが日常だと判明しただけだ。

 実力の低い個を囮にし、釣れた段階で防備を厚くする。これで向こうに潜入することも、強襲を仕掛けることも不可能になった。

 元々難しいとは考えていたので優先度は低かったが、この動きによって捨て去るをえなくなったのは確かだ。

 

「……考える手間が省けたな。 これで俺達にはもう正面から攻めるしか方法が無くなった訳だ」


「現状の戦力でも十二分に打倒は可能です。 お任せするのでしたら、我々だけで片付けますが」


「いや、別の役を担ってほしい。 具体的には負傷しない程度の突撃役だ」


「畏まりました。 正門のみで構いませんか?」


「ああ、どだい一ヶ所を攻めるつもりだったしな」


 特務部隊も全員が首肯した。

 此方の感知能力よりも、向こうの感知能力の方が高いのは確かだ。接近すれば先に相手が気付き、そのまま何処で戦うかで乱戦となるだろう。

 それでは特務部隊が殺されてしまう。全員で挑むならまだしも、少数となれば流石に負けるのは此方だ。

 故に、固まった上で正面から拠点を制圧する。西条家を落せば、戦力の大部分は消失したと言っても過言ではない。逃走する人間は必ず出るであろうが、その際には偉人達に協力を仰いで解決するつもりだ。

 そも、そうせずとも彼等は逃げないだろう。今の暮らしの豊かさを知っているからこそ、何とか押し返そうとする筈だ。


 勝利の呪いは何処までも彼等を縛る。

 故に、迅速を求めずとも彼等は待ち構えていることだろう。全てを決し、正面から勝利を勝ち取る為に。

 

「情報はこの女から抜き出そうと思いますが、よろしいですか?」


「それは良いが……こいつが吐くのか?」


「だ、誰が吐くか!! このバケモン共がぁ!!」


 歳を重ね、皺の数も増えた女が叫ぶ。

 彼女の名前を誰も知らない。誰かは知っているかもしれないし、本家で指示役をしていた所為で家の人間以外誰も知らない可能性もある。

 家を漁れば家系図程度は出てくるであろうが、流石に戸籍のような直接的な情報は出てこないだろう。

 三非人がそうであるように、彼等の中には情報として残っては厄介な者も居る。全てを正確に把握するにはその家の関係者は必須だ。

 そして、それが解っているから女は口汚く周りを罵る。品位や誇りを捨て、ただただ老害の如くに喚き散らした。

 

 例え切り捨てられた者であろうとも、彼女もまた西条家の人間であるのは事実。

 その人物がここまで醜い発言が出来る事実に、誰しもが失望を抑えられない。――――いや、偉人達は彼女に強い怒りを向けていた。

 特に女を運んだ凛とした女性は、今にも殺してしまおうかと言わんばかりに視線を鋭くさせている。

 後少しでも何かを言わせれば爆発しかねない。それだけ子孫の姿が酷過ぎた。


「黙っていろ、豚が。 これがあの方の子孫だなどと、私は思いたくないのだ」


 殺意すら漲らせて睨む女性に、女は露骨に悲鳴を上げた。

 四肢の付け根を毛虫が足を動かすように蠢かせ、何とか身体を引っ繰り返して藻掻く様は情けないを通り越していっそ滑稽だ。

 太陽を背負った男と血が繋がっているようにはとても見えず、彼等としても子孫であるとは思いたくないのだろう。

 メンバーの一人を呼び出し、女性は足で女の胴体を踏み付ける。

 くぐもった声が漏れるも、それを女性は無視して近付いた男性に視線を寄越した。

 それだけで男は解ったのか、首肯して女と視線を合わせる。更にパーカーの内側から幾本もの赤い血管のようなものが飛び出て、女の露出した肌という肌に繋がった。


 女が新たに悲鳴を上げようとしたが、その前に女性が踏み付ける力を強めた所為で激痛に歯を食い縛ることになる。

 そのまま何も言えない状態で暫く男と女は見つめ合い、数分が経過した頃に唐突に血管のような線が全て外れてパーカーの内側に戻っていった。

 踏み付ける足も外れ、女は荒く呼吸を繰り返す。今のに一体どんな意味があったのかと俊樹は尋ねようとするも、その前に女性の方が皆の疑問に答えた。


「手っ取り早く終わらせたかったので、貴方様の了承は得ずに行いました。 その点はどうかお許しください」


「いや、それは良いんだが……」


「解っています。 先程彼がしたのは超能力の一種で、自身の血を使って相手の覚えている限りの記憶を全て吸引したのです」


「――ちょう、能力」


 特務部隊の誰かが唖然と呟く。

 今では一切見られなくなった超常の力をこの目で見ることになった。驚きは勿論、隊員の中には感激の思いも渦を巻いている。

 元々尋問はするつもりだったのだろうが、ああして口を割らない人間が出て来ることを想定していたのだろう。

 その為に件の人物を配置し、強制的に情報を手にした。血を用いた方法でどうやって記憶を吸引するのかと思うが、そこに突っ込んでも明確な答えは出まい。

 重要なのは、手にした記憶が使えるものかそうであるか。記憶を暫く確認していた男は、女性と視線を交わす。


「カエさん。 相手はやはり逃げ出す素振りを見せていないようです。 こいつは西条家の会議に出席していたようで、全員が家で待ち構えることを決定した瞬間を記憶しています」


「それは良い報告ですね。 具体的な人数は解りますか?」


「ええ。 数は十人は居ますが、使用人の中にも怪しいのが含まれていますね。 どうやら、例の非道な出産を他でもしているみたいですよ」


「そうですか――そうですか」


 恐ろしい。

 俊樹は肌で感じた。彼女から漏れ出る、激怒によるオーラを。

 地面が揺れる錯覚を覚えた。最大最高にまで高まった激情に、特務部隊もどうすれば良いのかと半ば狼狽している。

 

『落ち着け、カエ。 処断は直ぐに出来るのだから、お前が場を乱してどうする』


 そんな激情もオームの前ではまったく効かない。

 冷静に叱責し、カエは直ぐに怒りを露散させた。バツが悪そうに謝罪をする様に気にする必要は無いとオームがフォローし、女の傍に寄る。

 その手には何時の間にか取り出した大型の槌が一つ。人間三人でやっと持ちあがるだろう槌を軽々と片手で持ち上げ、そのまま無言で振り落とした。

 辺りに一瞬、鈍い音と小規模な揺れが発生する。鳥は何処かへ飛んで行き、小動物も自身の巣へと引き篭もった。

 

『これで一人減ったな。 では、行くとしよう』

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