【百十八点】不安は一生
配信によって全てを暴露された四家は、途端に世間から叩かれることになった。
言い逃れが出来る段階は当の昔に過ぎ去り、今や旗色はヴァーテックス一色。様々な報道機関やフリーのライターが四家を非難する記事や報道を行い、一般市民の不満を大いに煽り立てる。
盛り上がりは異常だ。誰かの介入でもなければ起きない程に、その波はあらゆる人間の善性を流した。
無数にSNSや掲示板に書き込まれる四家の情報。嘘と本当が入り混じった情報に人は踊らされ、全ての悪事が彼等の所為になった。
端末でそららを見つつ、苦笑いを俊樹は浮かべる。実際にこうなるだろうとは思っていたが、まさかここまで酷くなるとは。
配信が終わってから早一日が経過し、ヴァーテックス側は今も戦闘準備を進めている。
俊樹のような特別な人間は客室で待機となった。
与えられた部屋の中にはテレビは無く、あるのは小規模な箪笥や質の良いベッドと折り畳み式のテーブルのみ。
客室は客室でも一般の人間向けの部屋の中は俊樹にとって居心地が良く、出来ることならば騒ぎが終わるまでは引き篭もっていたい程だ。
世間の流れは俊樹達の望み通りとなっている。四家の人間は動いている様子は無く、政府も公式アカウントで彼等を正式に非難している。
同時に各企業も謝罪文をネットに公表し始めた。今までの関係が事実であると説明しつつ、今後はこのような付き合いを打ち切ることを決めたのだ。
その代わりと言わんばかりにヴァーテックスと協力体制を築くことを掲げ、転んでもただでは起きないつもりだということが伝わってくる。
企業は常に利益を追求する生き物だ。そこに人情は無く、切ると決めたが故に別の利益を求めて舵を切る真似を容易に行う。
今回の場合はヴァーテックスとの協力体制を築いた上で、俊樹と交渉するのが目的だ。早い内に接触し、生産装置のパイを多く別けてもらおうとしている。
勿論、その予測を見抜けないヴァーテックスではない。企業が協力してくれることを感謝しつつも、彼等の真の目的は防ぐつもりだ。
会社とは一つだけではない。無数に乱立する企業の一つを優遇するなど、平等を尊いものとする風潮の今では余計な火を立てるだけだ。
「良いな、どんどん厳しくなってる。 全部片が付くまで止まる気配は無いな、こりゃ」
嬉しいものだ。
思えば、一年にも満たない時間であれど彼等とは濃密な関係を持った。
持ちたくも無い縁ばかりで、早い内に切って捨てたかった彼等と戦いを続けてばかりだったのだ。その中で予想外にも仲間になる者が居たが、大体は死んでいる。
彼等が全員居なくなって初めて俊樹に平穏が訪れるのだ。その為にも、この最後となるだろう戦いでも生き残りたい。
殺して殺して殺し尽くして、平穏無事な生活を送るのだ。それが難しくても、成し得られないとは微塵も思っていない。
「俺は西条か……」
俊樹が戦うことになったのは西条家だ。
四家の総数を知っているのは当主のような上層のみで、実際に俊樹が相手をしなければならない者が何人になるかは解らない。
皆が皆強いのは間違いなく、少なくとも俊樹より実力が低いということはないだろう。俊樹は基本スペックによるごり押しと強制的な進化によって勝利を握ってきたが、それがずっと続くとは彼も考えてはいなかった。
大英雄の炎が強くとも、最終的に勝てるかどうかは本人次第。俊樹が勝つ気概を持たねば、何かを学ぶことも上手く出来はしない。
彼の失敗をカバーしてくれる者達は居る。別れる前に彼は怜に言われていたが、今正に世界中に散っている他の偉人達が仲間集めを中断して此方に向かっているとのこと。
『向こうは休みもせずに来るそうだ。 先に目的地については伝えてあるから、彼等の速度なら戦闘前には間に合うだろう。 過剰戦力が過ぎるがな』
過去の偉人達は、一人一人が稀有な力を有している。
少数で怪獣の撃滅が可能な力が集まれば、山の一つ程度あっさりと吹き飛ばせる上にそこに新たな街を築くことも容易い。
中でもオームは戦闘向きの能力だ。何かを操るのではなく、何かを生み出すのでもなく、その純粋な肉体性能を強化して近距離戦を挑む。
彼女の腕は槌であり、故に武器として槌を採用しているのだろう。凄惨な現場が出来やすい戦闘スタイルだが、今回のような場面では非常に役に立つ。
過剰と言えば過剰だ。あの一撃を前に、創炎があるかどうかなど関係無い。
人体である限り耐久力には限界が存在する。ならば、オームの攻撃は如何な壁をも必ず粉砕してくれる筈だ。
「…………おい」
不意にというか、自然と意識を沈める。
特に目的がある訳でもなく、彼の意識は魂の座に到達していた。胡座を掻いた大英雄の背後に立ち、白い世界で親しさも込めて呼ぶ。
その言葉に大英雄は一度振り返り、緩慢に立ち上がった。服装に乱れは無く、大英雄の意識は常と変わらず小動もしていない。
『いきなりだな、どうした?』
「明日には戦いがある。 あんたも知っているだろうが、あんたの血縁を皆殺しにするぞ」
『今更な話だな。 それに血縁という意味ではお前も一緒だ』
西条は大英雄の直系の子孫だ。
それはつまり両者の間にも血の繋がりがあることになる。ここで西条家の人間が死ねば、つまり大英雄の血を継ぐ者は俊樹を含めた極少数となるだろう。
それは彼等にとって果たして良いのか。血を多く残し、可能性の芽を残すべきではないか。
今後も俊樹のような存在が誕生するとも限らない。俊樹は不老ではないのだから、次の世代は絶対に必要となる。
「あんたは、その、この後のことをどれくらい考えている?」
『どうした、急に。 ……まぁ、ある程度はといったところだが』
「やっぱ考えているか」
この話は所詮、ただの雑談である。
重要な意味がある訳でも、絶対にしなければいけない類のものでもない。ただふと思いつきで話しているだけの四方山話と言っても良いだろう。
「……俺はこの戦いで皆殺しをして、正式に後継者として周囲に認知される。 積極的に政治に介入するとか、国を支配する気は欠片も無いが、それでも俺には責任が発生することになる」
『国にとって重要な施設を任せることになるからな。 当然だ』
だから胸中の不安を敢えて露にした。これを言ったところで何も解決しないし、俊樹はそもそもにして仕方ないと腹を括ってもいる。
不安なものは不安で、だから愚痴を吐いているようなものだ。元一般人とは思えない程の役職に圧しかかる責任に、溜息すらも吐いてしまう。
それを見て、まぁそうだろうなと大英雄は内心で納得する。もう避けられないが、出来ることならばそんな役職になど就きたくないだろう。
生産装置は争いの元になりやすい。今回がそうであるように、生産装置の運用は常に慎重でなければならないのだ。
けれども、誰かはその重責を背負わなければならない。
それが英雄達の子孫であり、唯一大英雄と波長が合う俊樹だった。新たな世代を担う者に強制的になってしまった男として、彼は皆の期待を集めることにもなっている。
そんなことは望んでいない。止めてくれ、余計な期待をしないでくれ。
例え英雄達が良いと言っても、俊樹は普通の人間だ。英雄達のような非凡な能力は有していない。
「この戦いが終わった後の未来が俺には見えない。 自分がどうなるのかまったく見えてこないんだ。 思っていたよりも平穏無事に過ごせるのか、毎日が戦いばっかりになるのか」
『それは、その時になってからでしか解らないだろうな』
哀れだと、大英雄は思う。
そうさせたのは自分だが、それでも納得の上で次代には引き継いでもらいたかった。それが出来なくなったから彼が背負うことになって、結果的に望んでいない立場に無理矢理立つことになっている。
怜達は協力してくれるだろう。ヴァーテックスとて、彼の頼みであれば存外優先的に助けてもくれる筈だ。
それでも、彼にはすべき事柄が多く存在する。これまで通りの生活は正直に言えばかなり厳しい。
であるならばどうするか。俊樹との雑談は長く続き、最後は寝落ちという形で終わる。
その間に大英雄は悩んだ。悩みに悩み、どうすべきかに思考を費やした。




