【百十七点】電撃行動開始
配信が開始され、彼等は予め用意されていた言葉を述べていく。
内容は決まっていた通り。記者団による声のヤジは無く、コメントに映る様々な文句をスルーすれば現場は非常に静かだ。
東雲の威厳ある声が、シルの少女らしくも大人らしさも混ざる声が、俊樹の熱意を含めた前向きな声が、アラヤシキの配信部屋を満たす。
余計な邪魔が入ることはない。襲撃を仕掛けられたとて、この船の表面に傷が付いても内部にまで損傷は与えられないのだから。
ヴァーテックスから与えられる情報開示は素早くネット全体に広がっていき、同時に人々の意識からアラヤシキ出現に対する不安を消失させる。
怪獣は今後も出現することはない。この船は生産装置を解析していた技術部が起動法を見つけて復活した物で、内部に英雄の影はあっても本人が居ることは無かった。
この船の所有権は政府にも、ヴァーテックスにもない。
では誰にあるのかと問われれば本来は四家であるが、これもまた順当な結果とは呼べないだろう。
正式な所有者はアラヤシキ内のAIが指し示した後継者の俊樹のみ。それ以外の人間が管理するのは認めるが、動かすことの一切を禁じている。
また、この船は古には偉人の国としても機能していた。今の時代にそれを復活させるのは難しいが、ヴァーテックスは各国の政府と意見を飛ばし合って空中を浮遊する第三の勢力圏とすることを確約した。
この船は偉人の為の船である。人類の為の船ではない。ノアの方舟ではない以上、他の人間を乗せるのは許可があった場合とするべきだ。
「――同時に、アラヤシキのAIより正式に生産装置の権限の委譲も確認されました。 これまでは英雄方の血を引く四家の方々に管理を任せておりましたが、アラヤシキのAIは現状の管理人達に大変な不満を抱いています。 それ故、後継者である桜殿に全ての権限が収束することでこれの解決を図ったとのことです」
アラヤシキの説明から、生産装置に関する情報の開示に流れるように移る。
実際は順序は逆であるが、それを一般市民は知らない。ヴァーテックス内でも一部の人間しか真実を知らず、今回のこれによって幾つかの偽りが混ざった真実を皆が知ることになった。
生産装置の話題は誰もが関心を寄せるところだ。企業単位で関わるのだから、知らないと語る者は常識外れでもある。
最近では何かと騒動が発生していたが、今では落ち着きを取り戻して順調な稼働を見せていた。それが後継者への継承と関係があるのなら、管理人達への大変な不満こそが不調の原因であると誰もが悟れてしまう。
勿論、それは東雲が作った流れだ。解り易い言葉でこそ国民は誘導され、何事かと意識を向ける。
俊樹の前の管理人とは即ち四家だ。その四家に対し偉人を乗せた船が不満を露にした。
つまり、四家は仕事をしていないことになる。もしくは、仕事の内容が本来の偉人が想定していたものとは大きく異なっている。
どちらにせよ、人間一人の権利よりもアラヤシキのAIとしての意見の方が有利だ。偉大なる功績を作り上げた者達の母船ともなれば、人々がそちらを優遇しようとするのも酷く自然である。
人ではないにせよ、あの船は確かに人類を守ってきたのだ。その船が偉人の血を引く者達を不要と断じたのなら、速やかに体制を変える必要がある。
「この一件により、我々は独自に四家に対して調査を施しました。 結果、彼等には数多くの越権行為と犯罪行為を確認し、今もなおその行為を続けている真っ最中です。 彼等は自身の身内を利用して様々な企業の力を私的利用していました」
そして、前管理人である四家の失態の数々がここで公開される。
白い背景には犯罪の証拠となる画像が表示され、人々に如何に四家が愚かで残酷であるかを知らしめた。
長きに続く歴史の裏側。人類を守護する立場の者達にあるまじき様は、腐敗の無慈悲さをまざまざと見せつける。
失望を禁じ得ない。憤激を覚えずにはいられない。四家とは特権階級そのもので、厳しい教育の果てにそこに座すべき資格を手にする。
だけれども、それを使って自身の我欲を満たす行為をしてはならない。やるにしても些細なものに収めるべきで、少なくとも人類の守護者としてカースト制度のようなものを当て嵌めることもやってはいけない。
彼等の教育は次世代に非常識な要素ばかり与える。
これが全て嘘であればまだ良かったが、この後に現れた四家の美鈴によって嘘の確率を全て潰された。
最早、四家が世界の敵であるのは避けられない。逮捕は勿論のこと、抵抗するようであれば殲滅でさえもヴァーテックスは考慮に入れていた。
その前に自分から投降するのであれば殺すまでには至らないだろうが、二度と陽の目を見るようなことにはならないだろう。
彼等に協力していた企業も同じだ。東雲に変わった後に背景の証拠画像は消え、今度は繋がりがある企業ロゴが無数に浮かび上がる。
三桁にまで上るロゴの中には有名な企業も含まれ、ARの世界大会に参加している組織もあった。
「四家を処罰するのは当然ですが、その後に各企業にも制裁処置を施す所存です。 悪質なものであれば経営陣の逮捕を行い、知らずに関与していた場合は罰金及び無償奉仕を行わせます。 ここに例外はありません」
一国の頂点者のような発言だが、ヴァーテックスが秩序の番人であるのは言うまでもない。
最早四家に正義が無い以上、世界は彼等を正義の使者として定めねばならなかった。
コメントは過去のあらゆる炎上を凌駕する勢いで燃え上がり、それを一つ一つ読むことは出来ない。視認速度を超えて表示されるコメント群は様々な意見に溢れ、SNSや匿名掲示板サイトでも大炎上の様相を見せた。
燃えない箇所など一つも無い。正にそんな状況に、正常な人間は戦慄を覚えたことだろう。
過去、ネットによる炎上は数多く起きた。
それは個人の未来を絶望に落とすことには繋がったが、社会全体に影を落とすような結果にはならなかった。
関係の無い者達からすれば玩具も同然。燃えている様を愉悦気に笑い、そして記憶に残らず消えていく。
それが普通だったが、今回は違う。これまで数多くの国民の税金を貪り、したいことをするだけの生活を続けた。
管理自体はしていたのかもしれないが、あんな真似をされてはAIが不要と判断しても不思議は無い。不幸中の幸いだったのは、次の後継者も日本人であったことだろう。
「この会見の後、日本の各地より騒音が鳴ることでしょう。 その際、近くに居る方々は避難をお願い致します。 ヴァーテックスの職員も全員を投入し、避難施設への案内も行う予定です」
配信が終われば、次は戦いになる。
決意を滲ませる東雲の顔は、若いながらの威厳に溢れて嘘だと思わせない。この平和となった世でそれだけの戦いが起こると誰もが察し、しかして止めるような人間は極少数に留まった。
これは正義の戦い。悪性を切除し、偉人の思いはまだ失われてはいないのだと証明する為の戦いでもある。
配信は予定よりも十分以上も超えたが、終わりを迎える頃にはエールばかりとなった。世論はヴァーテックスに味方をし、世界全体で四家を敵と定めた。
この勢いは消えはしない。一点の染みが無くなるまで、正義の使者と化した群衆がヴァーテックスへの好意的な言葉を残すだろう。
「全ては三日以内に終息させます。 どうか全てが終わるその時まで、皆様の耳に騒音が届くことを御許しください」
東雲を含め、特務部隊やシルも最後に頭を下げる。
画面は切り替わり、終了を告げる文言が表示された。この配信はある種の伝説として後々の世にまで続く。
新しい世で発刊された本には、ヴァーテックスの偉業と称して今回のことが嘘と真実を交えて書かれていた。




