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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【百七点】古きに帰る大英雄

 深海の底を目指すかの如く直進する氷の船は、不思議なことに酸素の消失が発生していない。

 船内は決して広い訳ではなく、先程の地下施設と比べれば面積など雲泥の差だ。

 周りの隊員達も不思議そうにしていたが、それを直接口にすることはなかった。そこには不思議に対するある種の慣れが存在し、まぁこんなこともあるのだろうという常識的な諦めも含まれている。

 俊樹はその事実の中身をおよそ理解しているし、総隊長もおおよその予測は付いている。

 何をしたのかはさておき、二人の素知らぬ顔をした女が何かをしているのは間違いない。

 水を直接酸素に構築し直している、というのが俊樹本人の予測だ。脳裏に過るだけ非常識な予測だが、この場で非常識を笑う者は存在しない。


「間もなく到着する。 到着時には多少の衝撃が発生するが、その時点で内部への侵入は終了している。 万が一船体に穴が開こうとも安心してくれて構わない」


「前人未踏にも等しい領域で安心なんて出来るかよ。 俺達は安全装置を一つも付けてないんだぞ」


「身の安全は私達が保証しよう。 何が起きても我々が守ってやるさ。 ――な?」


 俊樹の文句を、怜は流し目で微笑んで軽く答える。

 安全装置が無いことは確かに不安だが、女帝の言葉と比べればその不安も殆ど消し飛ぶ。俊樹や彼の父を除けば基本的に女帝は人類の味方という認識なので、彼女が断言すれば酷く緩い基準で信用され易い。

 完全にその不安が消えることは無いとはいえ、女帝が努力を惜しまぬのなら彼等に文句は一切無かった。そもそも無い物を語っても仕様がないという理由もあるが。

 兎も角、俊樹の文句は深海に溶けた。父は俊樹の肩を軽く叩いて視線で気にするなと告げ、彼は眉間に確かな皺を刻む。

 敵が追って来る気配は無い。そもそもが生産拠点を占拠することに主眼を置いていたのか、潜水装備までは流石に準備していなかったようだ。


 此処は人類にとって非常に危険な地帯だが、同時に安全圏でもある。

 呼吸が出来て食料の確保が出来れば、正に一生を過ごしたいくらいの天国であっただろう。ついでに娯楽があれば隊員達は小躍りの一つでもしていた筈だ。

 そのまま十分少々の時間が流れ、不意に震度二程度の揺れが船体を襲う。事前に伝えられていたお蔭で慌てることはなく、その揺れが完全に収まるのを全員が待った。

 外では深海独特の静けさとは異なる機械音が聞こえる。明らかな人工物の音に誰しもが密かな興奮を抱くも、油断だけは出来ないと武器を胸に抱いていた。


 やがて、船体を叩く音が外から聞こえだした。

 何者かが中を確認しようとしているのか、ハンマーで叩く鈍い音に皆の背筋に緊張が流れる。

 怜やルリに視線を向けるも、彼女達は非常に落ち着いていた。こうなることが解っていると言わんばかりの様子に、隊員達も息を吐いて胸を落ち着かせる。

 大丈夫、大丈夫、あの女帝達が此方を裏切る筈がない。そもそも裏切ったところで何のメリットも無いのだから、裏切るだけ損になる。

 

「そろそろ開くぞ。 壁から離れておけ」


 彼女の指示に従い、寄り掛かっていた壁から全員が立ち上がって離れる。

 瞬間、内部の氷壁に罅が走った。左右側面の二ヶ所に出来た罅を中心に、ハンマーで殴る度に罅は拡大していく。

 その罅が人間大サイズにまで広がった時、一際大きな鈍器の音と共に壁が砕けた。

 砕け落ちる氷壁の先には俊樹が照らすライトの何倍も明るい光が満ちている。突然の強い光に暫し目を瞬かせるが、海水が流れ込んで来ないことは感触で理解していた。

 五分程度の間目を慣らし、再度壁に目を向ける。

 そこには明らかな金属製の壁に、ハンマーを持ったアームが存在していた。


「もっとスマートな開け方があっただろうに、変に遊び心を入れてきたな」


「ま、あっちは随分退屈だったようだし良いんじゃない? どんな堅物だって遊びたい時はあるよ」


「お前が言うと説得力に欠けるな」


「はっはっは、それほどでもない!」


 怜とルリは談笑をしながら当たり前の如く氷の船から外へと出ていく。

 俊樹は彼女達に離れない為に一番に外に出て――周囲の景色に圧倒された。

 

「うぉッ、これは……」


「随分広いな。 それにこのアームの数……都会のAR専門の整備工場に引けを取らねぇぞ」


 天高く、横にも広い空間はとても深海にあるようには思えなかった。

 鈍色に輝く無数のアームが天井からぶら下がるように存在し、今回はその内の二つが船の破砕に使われた。

 室内には等間隔で巨大な物体を留めておくドッグのようなものが見え、それが五百年前に活躍したロボット達を留めていた場所だったのだろうと後から出て来た隊員や総隊長も悟る。

 それだけでも文化的な価値は高いが、本来の目的は此方ではない。父や一部の隊員達が目を輝かせる中、怜は付いて来いと皆を率いて前を行く。

 

「もう向こうは此方を認識しているだろうから、直ぐにロック解除の準備に入るだろう。 俊樹、一時的にあの人を表に出しておいてくれ」


「はいよ、ちょっくら話してくる」


 ロックの完全解除には怜と大英雄の存在が必要だ。

 彼女の言葉に頷き、即座に彼は意識を内に向ける。直接顔を合わせて会話をするには眠る必要があるが、簡単な会話をする程度であれば内側を強く意識しておけばいい。

 少し前であれば出来なかった行為であるが、俊樹と大英雄の結びつきは強くなった。能力的に近付き、更には俊樹自身が大英雄の居場所を知っていることがアクセスのし易さに繋がっているのだ。

 互いに直接言葉にせずとも、脳内で考えていることを告げれば相手は応えてくれる。


『見てたなら解ると思うけど、ロックの解除に協力してくれ』


『OK。 なるべく短めに抑えるぞ』


『俺は何も思考しない方が良いか?』


『いや、逆にお前は意識を強く持て。 万が一にも肉体の優先権が変わったら洒落にならん』


 確認を終え、二人は一時的に切り替わる。

 全身から僅かに青い炎が漏れ、それらは直ぐに収束して赤いパーカーを形成した。瞳は青く輝き、本来の俊樹では出ない王者の覇気が辺りを包み込む。

 二回目の顕現だが、今回は任意での切り替えだ。負担は最小に留まり、故に即座の崩壊が起こることもない。

 しかし、周りの反応は普通では済まされなかった。

 絶対王者。それが突然表に出てくることを大英雄は忘れてしまっていたのだ。

 関係者を除き、総隊長や隊員達が一斉に膝を折る。全身を巡る圧は身体を軋ませる程でありながら、しかして決して不快なものではない。

 寧ろ逆に温かみがあり、これが決して害を与える類のものではないことを教えてくれる。


『膝を折るな。 別にお前達は俺の部下である訳でも臣下である訳でもない』


「いえ、私達は間違いなく貴方様の忠実なる部下で御座います」


 目前の少年が変わった。それが何者であるのかなど、態々確認するまでもない。

 五百年前、間違いなく人はこの暖かさを知りながら生活していたのだ。日輪がそのまま人になったような人物が、古の人類を率いて復興させてきたのである。

 何たる幸福、何たる全能。漲る活力に際限は無く、何処から湧いてくるかも定かではない。

 体力は決して多く残されている訳ではなかった。疲労している方が強く、少なくとも何処かで一度休憩を挟むべきだと総隊長は内心考えてもいた。

 それら全てが容易く吹き飛んだのだ。僅かに残された不安も溶け、残るは己に出来ぬことはないと錯覚する全能感ばかり。


『……まぁいい、好きにしろ』


「っは! 有難き幸せに御座います!!」


『――まったく、何処かで見たような光景だ。 ()、進むぞ』


「ふ、了解した。 では行こうか」


 再度大英雄は総隊長達を立たせ、先を進む。

 赤いパーカーは揺らめき、火の粉が艦内に落ちていく。大英雄は視線を彷徨わせ、久方振りの船に柔らかく笑みを零した。

 その五分後、全員はロックされた扉の前に立つことになる。

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