【百六点】遥か深みに沈む物
ゲートの開閉が停止した。
不快な金属音は消失し、部屋の奥から紫電の鳴る音だけが空間全体に響く。
これが俊樹達の目的であるのは一目瞭然。巨大な電磁加速器に乗せれる物は存在しないが、稼働が可能となっているのは事実だ。
皆が沈黙した中で怜が疑似脳で完成図を組み立て、冷気を操り加速器内に高速で氷の構造物を構築する。
電磁加速器には本来金属製の乗り物が存在していた。これに嘗てはあらゆる荷物を乗せた輸送艦やロボットを射出し、怪獣退治に役立ててきたのである。
それ故、彼女が構築したのは氷の船。内部に人が入り込める隙間を作り、シンプルな見た目は縦長な推のようでもある。
この場に居る全員が乗り込んだ後に金属コーティングを施し、そのまま目的地に射出する算段だ。
「準備は整えた。 総隊長!」
「っは、全隊員一斉射! 弾を気にする必要は無い!!」
怜の大声に触発され、意識を戻した総隊長は一斉に攻撃を命令する。
最早時間稼ぎをする必要は無い。ばら撒くだけばら撒き、そのまま中へと飛び込んで船に乗り込む。
ゲートは頑丈だ。物理的な攻撃が通用しない門の前では、重火器であろうとも貫通することは難しい。
常に弾幕を形成しつつ、部隊はゆっくりと下がっていく。兵達は乗られることを危惧して進もうとするも、弾幕の密度の所為で無駄に死体を作り出していた。
俊樹ももう気にする必要は無いと判断し、そのまま炎の火球を二つ用意する。
それを全力で敵の居る方向に投擲させ、着弾箇所を中心とした巨大な火の海を作り上げる。
温度も先程までの比ではない。容赦無しに全てを燃やし尽くす様は、この環境のお蔭で猛威を振るって止まる気配を見せない。
「急げ! ゲートに入り込めば此方の勝利だ!!」
総隊長の指示に従い、なるだけ急ぎながら隊員達はゲート内に入っていく。
中には飛び込む形で入り込み、先に入った者から今から入ろうとする者達の援護に回る。
俊樹は既に内側に入って攻撃を加え、怜に閉じることを視線で伝えた。
それは隊員を見捨てるのではなく、閉まる直前まで進めろという意味だ。彼女もそれを理解し、ケーブルを抜いて内側に入り込んだルリの代わりに別の箇所からケーブルを生み出して接続した。
再度不快な金属音が鳴り、ゲートが閉まり出す。
明らかな変化に敵側は焦るも、追加で叩き込まれた数十の手榴弾の所為で迂闊に前には出れない。
詰みは敵の方だった。
内部が予測出来ない以上、装備を推測で決めた彼等は強固な金属壁を突破する手段を持たないでいる。とはいえ、仮に爆薬を幾ら積んだところで五百年前の彼等の基地はそんな程度では吹き飛ばない。
これまでの壁や天井は老朽化の影響で脆くはなったが、そちらはルリが修理を施したお蔭で全盛期の状態にまで戻っている。
敵は逃げていく隊員達を見ていることしか出来ず、最後には全ての隊員がゲートの内側に入り切った。
そして怜がゲートを完全に閉鎖し、追加で誰もアクセスが出来ないように電子的にロックを仕掛けておく。
型が特殊なので特注の接続端子でもなければアクセスすら出来ないが、念には念を入れてだ。
ゲート外から響く銃弾が叩き込まれる音を皆は無視し、急いで登場口から隊員や俊樹達が氷の船に入っていく。
全員が入るのに五分も必要とならない。横長に伸ばしたことで収容に問題は無く、氷の影響か内部には寒さが広がっていた。
熱には鈍い俊樹の身体だが、寒さは別だ。肌に感じる冷たさに身震いを覚えつつ、それでも溶けることを恐れて炎は使わない。
普通の炎であれば溶ける心配は無いだろうが、俊樹の炎は特別だ。万が一にも射出中に溶ければ、全員がルリや怜以外は溺死する運命になる。
「一先ず逃げ切ったな……」
「安心するにはまだ早いぞ、桜・俊樹」
「俊樹で構わない。 そっちの被害は大丈夫なのか?」
「なぁに、全滅も覚悟していたのだ。 この程度で済んだのは僥倖だろう。 ……死んでいった奴等には申し訳ないがな」
総隊長は気さくに笑みを浮かべるが、言葉の端に悲しみが漂っている。
如何に現状が最悪よりも良いとはいえ、死んだ者が出たのは事実だ。慣れているとはいえ、それでも親しかったであろう隊員との離別は悲しくない筈がない。
そんな姿を俊樹は見たいとは思っていなかった。死者が出ると解っていても、そんな顔を見たくはなかった。
全ては無理な話。相手が殺す気である限り、此方も殺している限り、どうしたって死者は生まれ続ける。
ならば、その流れを断ち切るのが最短での解決法。
「これから我々はどうなる? 目的地で置き去りになるようなことはないと願いたいな」
「最終判断は怜の奴がするだろうが、置いて行くつもりは無い。 確り回収して本部に戻ろう」
「そうだな。 理性的なあの方であれば、無駄に損失を生み出すことを是とはしまい」
二人が話をしている間に、ルリが船体表面に金属の膜を張り付けていく。
途端に視界が塞がれていき、直ぐに周囲は暗闇に閉ざされた。咄嗟に端末のライトで場を照らし、自分達が外の風景を完全に見えなくなったことを悟る。
「射出には金属体が必要だからな、到着までは我慢してくれ」
「……そういうことは事前に言えよ」
怜の言葉に文句を言いながら、耳を澄ませる。
視覚が頼れないのなら聴覚に頼るしかない。外では相変わらず銃撃音や爆発音が聞こえるものの、それがゲートを突破している雰囲気は無い。
一塊となった金属体からルリが復旧した加速器の操作盤にアクセスし、出力を最大まで引き上げる。
弱い出力では動かなかった船はゆっくりと前へと動き出し、次第に加速が付いていく。
不思議なことに内部では然程揺れは無く、壁に寄り掛かる形で座り込めば電車に乗っている状況と何も変わらなかった。
「此処から目的地までは十分程度掛かる。 深海にまで進む為、武器の使用は一切控えろ」
「了解しました。 ……それで、ここからですが」
「解っている。 ――今からこの先についての説明を始める」
場を締めるように怜は圧を込めた言葉を吐く。
自然と誰しもが彼女に視線を向け、次の言葉を待つ。普段から笑みを浮かべているようなルリでさえも真剣な表情を浮かべ、俊樹は静かに彼女が全てを説明するのを待つ。
これから先、待っているのは遺産そのものだ。
船体そのものには接触することは出来るし、格納庫にまでは進むことが出来る。しかしそこから先に進むには、偉人達が残したロックを全て解除しなくてはならない。
ロックは二つ。
一つは偉人が居れば解決し、二つは特定人物が居れば解決する。
つまりこれは、ただ過去の偉人が居るだけでは解除には至れない。特定個人――この場合は三強が居て初めて全ての解除に至れる。
「内部のロックは二つだが、これを偽装することは基本的に不可能だ。 中には遺産を管理する我々の仲間が存在し、全てを見抜いてくる。 更に外部にも迷彩が施され、視認やセンサーが通用しない」
「接触だけが判別方法になる訳ですね?」
「ああ。 まぁ、その程度なら正直早い段階で発見されると考えていた。 この段階で誰にも発見されていないのは奇跡的だと言える」
「此処は早い段階で調査が終わりました。 周辺海域も探索はしましたが、恐らく探査機が接触することなく終わってしまったのでしょう」
「なんにせよ、この状況は我々にとって有利に働く。 四家を社会的にも物理的にも葬ることがこれで可能となるだろう」
氷の船は加速し、最後の外部ゲートが開かれ外へと飛び出した。
そのまま彼等は一直線に深海の底を目指して沈んでいく。過去の人類が一度は探索した場所を今の時代の彼等が進んでいき、巨大な遺産へと着実に近づいた。




