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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【百五点】最後の門が開かれた

 経過時間・一時間四十五分。

 敵が戦闘を始め、既にそれだけの時間が経過している。一分一分が長く感じる戦場で一時間以上も戦闘するとなれば、全員が感じる精神的摩耗は尋常ではない。

 正気を失うに等しい時間の中で数多の涙が流れ、血が流れ、糞尿が垂れ流される。

 鉄の臭いが辺りに充満し、崩壊寸前の室内が赤く染め上げられた。

 銃のマズルフラッシュが閃光の如く周囲を照らす。暗がりを照らすライトの類は流れ弾で割れ、両方の視覚を封じる。

 彼等は半ば気配だけで戦いを継続していた。極限状態の中で発揮される本能的予知は、生き残る上では欠かせない一要素だ。

 それでも大多数は死に、何の結果も出せずに無惨に絶望していく。

 死後の世界があるのであれば、彼等が辿る末路は地獄だろう。それは俊樹達側の隊員も変わらず、しかしてその程度で何が変わる訳でもない。


「何人死んだ!?」


「視界不良で正確な数が解りません! 連絡が取れない者は二割は居ます!」


「早いな……いや、袋小路の中で未だそれだけで済んでいると思うべきかッ」


 ゲートは沈黙状態のままだ。

 依然として開く様子は無く、総隊長達の焦りもじりじりと増している。予定時間が幾分か短縮されると解っても、やはり敵の攻勢は激しいの一言。 

 炎や大多数の人間によって少ない酸素の消耗も激しく、息苦しさを全員が覚えているのも焦りを煽っていた。

 戦場とは激しやすいもの。理性と本能の内、本能が最も表に出易い場だ。

 それを必死に理性で縛り付けて制御してこそ、厳しい戦いの中でも生き残ることが出来ると総隊長は確信している。

 

 相手は自傷も厭わずに突撃・突撃・突撃だ。

 室内に飛び込んだ瞬間に隊員が蜂の巣に変えているものの、無限にも思える敵の数の所為で削れている気がしない。

 死体の山は物理的に壁を構築した。同じ場所で積み上がるように死に、それは兵にとって自身を守る盾となる。しかし、進行を妨害する障害物にもなっている。

 歩みは必然的に遅れた。遅れた分だけ道は詰まり、喚く集団が生まれる。

 真に厄介なのは無能な働き者だ。彼等が働くしかない状況に追い込まれても、そもそもの場が確り整っていなければ本領を発揮するなど出来よう筈もない。

 

「練度など関係無いな。 指揮も放棄している」


「……どうしてだ? 折角兵を集めたのに」


「思い付くのは三つだ。 一つは兵を指揮する経験が無い。 二つは兵が全部無くなっても勝てると想定している。 三つ目は指揮をしている余裕が無い」


「余裕が無い?」


 俊樹の疑問に怜は三つの予測を口にする。

 一つ目は可能性としては低い。そもそもこの戦いを重要であると当主達は捉えている筈なのだから、腕の立つ者を派遣するのは当然だ。将来的に人を率いる立場にある人間が、その辺に関する勉学を受けていないと考えるのは難しい。

 二つ目は彼等の性格から一番可能性が高い。

 四家以外を格下と見做す集団であれば、何人死のうとも構いはしないだろう。指揮などせずに消耗し尽くせば此方が疲弊し、簡単に目的を達することが出来ると考えると思えば納得は可能だ。

 だが最後。三つ目については少々現実的ではない。

 彼等の余裕が無くなるとすれば、自身に危機が訪れた時だけだ。それはARでも起きないもので、同等以上の創炎使用者でなければまず起きない。

 

 増援のARは確かに強力であろうが、それらは到着前に連絡が来る手筈となっている。

 今もまだ何の連絡も無い状態であれば、恐らくこのまま連絡が来ることはない。

 とくれば、他に襲撃計画が無ければ増援が来ることがそもそも無いのだ。可能性としては低く、二つ目の方が余程信憑性は高い。

 されど、それを怜が言ったのだ。他の人間であれば鼻で笑いたくなるような予測でも、彼女が口にしたのであればまったく根拠が無い訳ではあるまい。

 それらに根拠を付与する術を、彼女は間違いなく持っているのだ。


「――あまり力を貸すつもりはないが、限度を過ぎるのであれば流石に手助けはしなければなるまい。 ……お前にだけは伝えておくが、どうやら裏切った者が居るようだぞ」


 怜は現地球の管理者としての地位にも就いている。

 今は此方に降りている所為で全ての機能を制限されているが、地球で起きている様々な出来事を観測することは十分に可能だ。

 そして彼女は、暇な時間に上から敵の様子を見ていた。正しく神の視点で全てを把握し、離反者の存在を明らかにしたのだ。

 知っているのは、今この段階ではルリと俊樹のみ。銃撃轟く戦場では彼女と俊樹の会話は誰にも聞こえない。

 俊樹は驚いた。四家は腐った連中ばかりであるが、その中にも悟のような比較的信念を持った者も居る。

 そういった者達が現状に不満を持ち、己が上を目指したがるのもまぁ納得出来ることだ。しかしそれを今行ってしまえば、待っているのは四家そのものの破滅。

 

 此処で裏切るとは即ち、四家を滅ぼすことを意味する。

 そんなことを考える者が、果たして他に居たのだろうか。思い出す限り、俊樹の記憶からはそのような言動を取る人間はあまり無い。

 あるとすれば同年代のあの二人だが、彼等だけが裏切ったところで成功することはないだろう。

 もっと多くの、あるいは群を圧倒する個が居なければ成功は続かない。

 

「俺の知ってる奴か?」


「一人は、お前が学校で会っている女。 一人は以前東京で襲撃を仕掛けてきた女。 後二名が居るが、そちらは我々の知らぬ女達だ」


「見事に女ばっかだな。 てか、あいつら生きてるのかよ……」


 思い出すのは苦々しい記憶だ。

 協力する協力すると口にするだけの役に立たない雰囲気しかない女。暴れて自分の嫁になると宣言していた女。

 残りの二名はどうか解らないが、十中八九頭の螺子が飛んだ連中で間違いあるまい。

 彼女達が四家の者達を倒してくれるのは有難いが、そこには確かに自身への利益追求が含まれている。中でも若草色のメッシュを入れた女は、直球で俊樹との結婚を願っていた。

 

「あいつらもタイミングを見計らって消すか?」


「しても構いはしないが、今はまだだな――――ルリ、進捗報告」


 会話は、怜がルリに確認を行ったことで中断となった。

 尚、二人は戦場にて突っ立ったままだ。周囲には氷の壁を展開し、銃弾も爆発物も全て通さない。

 彼等は護衛対象でもあるので自分から防御手段を展開してくれるのは嬉しいが、隊員達は彼女の氷を一部別けてくれないかなと内心思っていた。

 さて、言われた側であるルリは壁に手を当てたまま無言を貫いている。

 声が聞こえていないことは有り得ない。彼女の耳は、人の常識範囲を容易に逸脱しているのだから。

 

 では何故無言になっているのかと言えば――唐突にゲートから不快な金属音を鳴らしたことが答えだ。

 表面上は何一つとして変わらぬ錆びついた正方形の扉。それがゆっくりと、しかし確実に開かれていく。

 突然の出来事に皆は戦闘を止めた。動く筈の無い物が動いている様に、唖然とした心持でそれを眺める。

 総隊長も一度振り返り、それが動く光景に目を見開いた。

 

「完、了ッ。 各部異常無し、エネルギー消耗率も予測値を超えていない。 海水への侵入も防いで、電磁発射場の準備も終了!」


 ルリの首には一本のケーブルが突き刺さっている。

 そこから仄暗い明りが灯り、ゲート下の廊下にまでケーブルは続いていた。

 開かれた先にあったのは新品同然の長方形の電磁加速器。円筒の形をした古代のオーパーツが、紫電の輝きを灯して再誕を告げる。

 

「発射用の受け皿が無いから、後は任せるよ!」


「ああ、任せておけ」


 いざ、時は来た。

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