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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【百四点】愚かな集団

 爆音が近付く。

 誰かの指示出しが道に反響して広がり、地下で待つ者達の耳に届く。

 鈍重な物を運ぶ鈍い音。駆けていると解る間隔の短い足音。この部屋にまで繋がる道全てから濃密な殺意が流れ込み、室内を狂気の赤に染め上げていく。

 怯えはある。恐れはある。不安もあって、しかしてそれを表に出す無様な真似を誰もしない。

 怜が展開した無差別な壁は有効に作用した。

 爆発物でも時間の掛かる強固な壁は、まず殴る蹴るでは突破は出来ない。道が狭いことでARは侵入不可能で、重火器を持ち込まねばまともに進むことも出来ないでいた。

 けれど着実に彼等は進んでいる。外で大きな被害を受けてもなお、彼等は四家の命令に従って半ば強引に軍勢を道に押し込んでいた。

 

「安全など度外視にするつもりか、奴等」


「総隊長、元より彼等にとって兵は消耗品に過ぎない。 此処で全て失ってでも成功が引き出せれば、それは即ち勝利だ」


「最低な話ですな。 それが致し方無い状況であれば兎も角、まだどうにでもなるだろうと予測出来る段階で強行軍をするなどどうかしています」


「……焦っているな。 数分が経過するだけでも不味い事態に傾くと向こうは確信し、一秒の隙間を埋める為に消費することを選んでいる」


 俊樹の予測に全員は頷いた。

 相手は焦っている。ARが想定を上回る勢いで破壊され、俊樹達は知らないことであるが裏切りや乱入も起きていた。

 指揮系統は既に破綻しかけている。今は残りの四家で軍という生き物の手綱を握っているが、細かい指示など最早不可能だ。

 指示を下そうにも誰が何処の立ち位置の人間なのかを彼等は把握していない。自分が担当すべき所だけの人員を覚えれば良いとして、その他の一切を無駄と排除していた。

 だから予想外の出来事に対応出来ていない。こんな強行軍を取らねばならない状況に追い込まれている。


 とはいえ、それで逆に相手を蹂躙出来るかと問われれば否だ。

 最初よりも少ないというだけで、それでもまだ大人数が無事な武器を手にして血気盛んに飛び込んでいる。

 彼等と正面から撃ち合えば、現段階でも俊樹達は負ける。怜やルリが本気を出すのであれば完璧に時間を稼げるだろうが、ルリは兎も角怜は本気の冷気を発露する気配は感じられない。

 その事実に俊樹は内心苛立ちを覚えるも、文句を口にしては余計な混乱を招くだけだ。

 真実を知るのは極少数だけに留めておかねばならない。馬鹿の一つ覚えのように事実を拡散しても、結局面倒になるのは俊樹本人だ。

 

「各員展開しろ。 物音一つでも傍で聞こえたら大声を上げろ」


 低い声で命令された兵は広く位置を取る。

 武装は重火器一色。相手を一撃で倒すことを目的とし、肉の壁など何の意味も無い程の火力で怯ませる。

 ARの装甲も貫通させることが出来る火力があれば、装甲服があっても関係無く上半身か下半身が吹き飛ぶことだろう。

 そのまま更に全員は待つ。上から下まで迷わず進むには案内人が必要だ。

 それ無しに進むのであれば、求められる時間は自然と多くなる。彼等は床の崩落や天井の崩壊を警戒しつつ、一番奥にまで辿り着かねばならないのだから。

 二十分は簡単に超えて、氷の壁で道を邪魔されながら下へとゆっくり降りていく。


 これが怜による妨害であるとまでは彼等は考えていない。

 四家はそれを知っているが、向こうも余計な情報の拡散は望んではいない。消耗品相手に必要な情報を与えるよりも、消費しきった方が余程経済的だと考えているのだ。

 社会がどれだけ豊になっても、格差は存在している。

 差別する者とされる者は相変わらず存在し、常に双方は敵対し合っていた。それが崩れないのは、やはり差別される側の経済力が著しく低いからだろう。

 死ぬ為に兵は走る。そして殺す為に兵は戦う。

 近くにまで足音は届き始めた。道を封鎖され、ルートが限定されたが故に彼等は強制的に正解の道を突き進められている。

 その道を罠だと断じる兵は多く居る筈だ。その上で進むのは、一重に他に選択肢が存在しないからである。

 

「敵のシルエットが見えた段階で引き金を押せ。 タイミングは自由でいい」


『了解』


 静かに、静かに、その時を待つ。

 父は怜の傍で銃を構える。この場の誰よりも弱い彼では、小火器を使ってサポートに徹することしか出来ない。

 その少し前に俊樹が立ち、横に怜が同様に立つ。そして彼等を守る形で総隊長が居り、彼も自身の得物である武器を前方の道に向けている。

 ――そして、彼等の戦いは呆気無い程軽い物音と共に始まった。


「来たな」


 道から現れたのは三つの缶だった。

 黒いそれは宙を舞い、彼等の居る場所へと一直線に向かう。どう見たとしても爆発物にしか思えない物が迫り、それを怜は空気中に用意していた冷気でもって完全に氷結させる。

 突如として氷に覆われた缶は爆発を起こさず、起きたとしても氷を砕く程の威力は無い。

 同時にこの部屋へと突入を試みる足音も聞こえ、シルエットが見えていないにも関わらず隊員達は一斉に引き金を押した。

 

 火器の放つ轟音は室内を満たし、容赦の無い制圧射撃が道を埋め尽くす。

 狙いを碌に付けていない射撃に精度を求めてはいけない。必要なのは相手に脅威を感じさせることで、最初の斉射だけでも十分に恐ろしい物が道に向けられていると理解したことだろう。

 射撃を止め、次は五人程で手榴弾を道に投げ込む。

 爆発して負傷するならそれで良し。できなくとも、脆い道に爆発を耐える余力は残されてはいない。

 程無くして爆音が道から聞こえ、僅かに煙が室内に流れ込む。同時に倒壊する音も聞こえ、道が一時的に完全封鎖された。


「弾は温存しておけ! なるべく斉射時間を短めにし、敵の身体が少しでも見えたら攻撃を加えろ! 圧力を掛けてやるだけで良い!!」


「ルリ、進捗は?」


「電源周りは用意出来た! 後はゲートが老朽化の影響で酷い状態だから、そんなに時間は掛からないよ!!」


「よし、ならば時間を詰められるな」


 朗報だ。

 それを聞けただけでも隊員達の士気は向上する。俊樹も自身に炎を纏い、隊員達が攻撃を止めた瞬間に掌サイズの火球を道の中に投げ込んだ。


「援護を。 弾は俺達にとって生命線だ」


「感謝する! これなら三十秒間隔でもいけるぞ!!」


 火は空気中に含まれる酸素を強烈に吸い、一気に場を火の海に沈める。

 酸素の少ない場所で炎を出すのは悪手であると解ってはいる。だから使えるのはこの一回だけで、火が尽きれば後はやはり彼等の武器に頼らなくてはならない。

 相手は突然の火に攻めあぐねている。このまま突入しようとしても火に炙られ、弾で肉体を吹き飛ばされてしまうのは明白。

 かといって先程投擲した手榴弾は全て何故か爆発しなかった。

 手榴弾が全て不良品であるということはない。考えられるのは相手の妨害にあったということであり、しかしそんな事が短時間で出来るものだろうかと困惑する。


 進まねばならない。そして進めばここまでの努力が水の泡になる。

 二の足を踏まされた彼等は、後方から襲い来る殺意に背筋を震わせた。

 それが一体誰であるかなど態々考えるまでもない。四家の内の数名は姿を消しているが、まだ二名の四家が彼等の背後に居る。

 このまったく進んでいない状況に焦りと激怒を抱いているのだ。早く行けと殺意は告げ、多くの死者が生まれることをまるで問題と思っていない。

 死ね、死ね、死んでしまえ。お前達は所詮、死ぬ為に生きているのだろうが。

 含まれた言葉に何割かは涙を流した。自分で依頼を受けたが、こんな酷い仕事になると誰が想像しただろう。


 苦しい戦いにはなるとは思っていた。けれど現実的な範囲に留まると考え、結局彼等は埒外の法則に目を向けることはなかった。

 兵は走る。死ぬ為に、消費される為に。――――彼等を哀れと思うのは、人として当然だ。

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