【百二点】突破
「意外に遅いな……」
戦場を見つつ、悟は呟いた。
爆破、爆破、爆破に爆破。ARの破壊を可能な限り進め、悟個人でも既に十五機は上半身が吹き飛んでいる。
それ以外にも部下達が破壊に勤しんでくれたお蔭で全体の六割は破壊に成功し、敵の進行の足は見事に停止していた。未だに迫撃砲やミサイルを撃ち込もうとする機体は散見されるが、今では軽く動きを停止させるだけで怯えて勝手に動きを止める。
戦場では怖れを抱かせた方が有利になるものだ。全てを破壊して無謀な特攻をさせるより、ある程度残して縋り合える余地を残す。
周りに人が居るからこそ励まし合い、理性は最後の一線を超えない。狂気の沼に落ちる手前で引き上げられ、後は恐怖と怯えに支配されるのだ。
しかし、これは経験者である程効果が薄くなる。
経験の無い人間は相手の動きを予想出来ない。教科書通りと言うべきか、教えられたことしか出来ないのだ。これは常識的な話であるが、一回のダメージが深刻になりかねない戦場では経験不足は致命的である。
対し、経験豊富な者は次の動きを常に予測して行動している。この膠着状態の理由も正確に見抜き、タイミングを判断して攻勢に出るのは確実だ。
その上で、悟は戦場の遅さを意外に感じている。
もっと迅速に事が進むと想像していただけに、相手の遅さは逆に此方の焦燥を撫で上げていた。
終始時間稼ぎに励むべきなのに、今ならば攻撃を仕掛けても相手は反撃して来ないのではないかと考えてしまうのだ。
悟でもその思考が過るのなら、他の人間にも当然浮かぶ筈。特に相手の動きを下から見ることが出来ない重装部隊は常に頭の中で反撃の二字が回っているだろう。
「不気味だな。 何か異常は起きているか」
「何も動きはありません。 歩兵達も右往左往しているようで、推測に過ぎませんが指揮側に何か問題が起きたのではないでしょうか?」
「四家が? ……まぁ、彼等なら仲間割れを起こしても不思議ではないが」
周囲を観察している黒衣の者の意見は十分に考慮に値する。
数百の部隊を用意して、ARの装備も充実していて、バックに居る企業も決して弱くは無い。此方もバックは強いものの、十分な装備をくれる程の余裕がある訳ではないので差は広がる一方だ。
相手が自身は弱いと考える要素は少ない。下に居る者達が手を貸してくれない現状、攻めれば勝てる芽は依然としてある。
流石に攻勢を仕掛けて来ないことで四家も時間稼ぎが目的であるとは悟られているだろう。削られた今でも一気呵成に攻め立てられれば、多大な被害を齎しながらも彼等は内部に突撃することになる。
下の階でどのような防壁が作られているかは不明だ。
一切の説明が無い状況で不安が無いと言えば嘘になるものの、英雄が傍に居るのであれば此処に居るよりも安全だろう。
兎にも角にも、相手が動かなければ此方が有利だ。睨み合いのまま一日が経過してくれればそれで御の字である。
けれども、事はそう簡単には済んではくれない。
そろそろ五十分は経過した頃合いだろうか。全ARが一斉に武器を構え始め、それらを悟を含めた他の面々で一気に数機停止させる。
突然の停止に恐怖を感じてまた止まってくれればと思うも、停止させられなかった残りの機体は一斉に迫撃砲の構えを見せた。
傍で自爆をセットされた機体が居るというのに、彼等はお構いなしだ。
爆発されて自身が吹き飛ぶよりも先に敵を潰して安全を確保しなければという一心で必死になって照準をセットしようとしている。
その全てを防ぐのは不可能だ。発射される前に更に妨害するも、それでも出来たのは精々が数機程度。結局は相手の攻撃を許すこととなり、二度目の攻撃は同様に回避か建物を盾にするしかない。
爆音が辺りを包み込む。鼓膜を揺さぶる衝撃に気絶しそうになりながら、悟を含めた全員が必死になって耐える。
「終わった……いや、まだかッ」
顔を出そうとし、直ぐに再度自身の身を隠す。
直後に新たな迫撃砲が放たれ、今度は建物よりも幾分か外側に着弾した。――その一発一発は偶然であれど重装部隊に命中し、最後の言葉を残すことも出来ずに肉塊に成り果てる。
同時に複数の迫撃砲の余波を受け、盾の一部が歪んだ。地面に突き刺さっているだけの盾に支えは無く、集中的に攻撃を浴びせられれば流石に傾く。
さてそうなれば、いよいよ守れる壁が喪失する。これ幸いにと歩兵も進み出し、彼等を援護する形でAR達も片手に握っていた銃火器の引き金を押す。
一発一発は先のミサイルに比べれば弱いものの、それでも盾の歪んだ場所に撃ち込めば傾きはより顕著となる。
特に重装部隊がやられた所為で立て直しも難しい。
今からあそこに向かって盾を元通りにしようにも、その間に充填を終えた迫撃砲の攻撃をもらいかねない。
生き残りは居るには居るものの、指揮系統は大いに乱れた状態だ。これを相手がやってくるだろう数分後か十数分後までに落ち着かせるのは不可能である。
となれば、次に取るのは建物内部に後退しながらの遅延戦術。
即座に悟は指を咥えて笛とし、合図として周辺に居る部下に変更を伝える。彼等もそれを聞き、迅速に行動を起こす。
勝つことを想定していないからこそ、盾の一部が傾き穴が出来てしまっても動揺は少ない。
それに此処で死のうとも、己が目指す理想を進んでくれる主が居る。黒衣の部下に死への忌避は薄く、故に手際に乱れも無い。
必要なのは罠。そして道の封鎖だ。
やるのは創炎の力が無い者達のみ。創炎が使える組は盾付近にまで接近しつつ、隠れながらARの操縦権を奪って自滅させる。
その自滅行為は悟にしか出来ないだろう。他の者ではアクセスした瞬間に弾かれ、碌に抗うことも出来はしない。
それでも彼等が向かうのは、重装部隊の救出も兼ねているからだ。如何に繋がりが薄いとはいえ、同じ味方同士であるのは事実。
彼等との間に横たわるのは溝ではなく、出来れば利害関係であることが望ましい。
「……今の俺の創炎で突破が出来るということは、弾いている者は当主ではあるまい。 こんな状況で当主が直接干渉しないところを見るに、連中は居ないのか」
或いは、この程度なら子供達でも十分に乗り越えられると信じているのか。
どちらにせよ舐められている。此方を心の何処かで下に見て、本気を出す必要は無いと確信を含めているに違いない。
それは業腹ではあるが、同時に有難いことでもある。実際に現状の戦力で彼等を押し返すことは確かに出来ないのだから。
時間稼ぎであるからこそ全滅は免れている。そしてきっと、まともに戦う気が無いからこそ生き残れる人間も多いだろう。
重装部隊の生き残りを室内に引き摺る味方を視界の端で見て、次いで隣にも大きな穴を作ってやると言わんばかりに弾を連射する機体に照準を合わせる。
厚みのある防壁を強引に破壊して操縦権を奪い取り、そのまま引き金を押しっぱなしにしながら上半身と腕を動かす。
弾はのたくる蛇が如くに弧を描き、地面に居る味方に着弾して肉の破片へと変えていく。
されど、歩兵はもう止まらない。進むことこそが生存の道と捉え、死に物狂いで前にあるであろう安全地帯を求めて疾走していた。
この戦いの結末など歩兵達には解らない。生き残った重装部隊も内容の中身を深く知らないまま、歩兵と激突する。
戦場とは正しくこういうものだ。
知らないことばかりの中で、一兵卒は死ぬまで戦うことを強要される。命が限りなく軽い世界で、少しでも長生きする為に餓狼が如くに駆け抜けるのだ。
哀れであり、悲しくもあり、どれだけ時間が経っても物事の本質は変わらないのだと否応なく突き付けられる。
こんなことをしたい訳ではないのだと、悟は思う。
理性的な人間味のある解決こそが最上であるのに、どうして彼等はまともな話し合いすら提案しようとしないのだろう。
それが人間の限界なのか、彼等の限界なのか――――今の彼にはまったくと解るものではなかった。




