【百一点】三非人
四家の組んだ軍隊は、時間が無いこともあって複数の懸念が残されている。
第一は練度がばらけていること。各々が均一の訓練を受けた訳ではなく、年代にも幅があることで質には大きな差がある。
ベテランと新人が混在するような隊では何処で足を引っ張るような事態が起きるかも定かではない。金欲しさに仕事を引き受けるような人間も確かに存在しているだけに、安定性という意味では皆無だ。
そして不安定であるからこそ旗頭が確りしておかねばならないが、それも現状は上手くいっているとは言い難い。
この戦いは大事なものではあるが、確証のある戦いではない。故に当主自らが表に出るようなことはなく、次期当主や有力な者に指揮権を与えている。
複数人を用意したのは裏切られることを加味してだ。
ただでさえ不安定な四家では離反を目論む者も居るかもしれない。それを危惧し、複数人による監視をさせた。
それは成功だと言えよう。成功してほしかった訳ではないが、美鈴が裏切る瞬間を一二三は見ることになった。
自身の婚約者が裏切りを選択する光景を見た彼の内情は決して平坦ではないが、それでも職務を遂行する為に刃を振るう。
それこそが本家の目論見通りだと気付かず、気付いたとしても彼は武器を振るう手を止めはしないのだろう。
如何にARがあるとしても、彼女の実力では彼には勝てない。
美鈴は次期当主の器として指定されてはいなかった。出力が低くないものの、それでも当主に比肩する程ではなかったのである。
一年も前の段階では次期当主は中国で管理をしていた者――咲になる予定ではあった。
出力が高く、実績もある。仕事に対する責任感も強い彼女は、基本的には投げ出すような真似はしない。真面目な上に利益を正しく追求する彼女の存在は、早乙女の家としては正しい行動だ。
「――お前は、西条か」
「私の事を知っているのかい?」
「最近になって有名になったからな。 西条の三非人」
「……カハッ、一括りにしないでよ」
本来であれば彼女の脱走は無謀だった。
実力の低い美鈴では一二三から逃げ切るのは不可能だ。戦う気が無いのも勝てないからであり、冷静な顔をしても内側では難しいと少々の焦りを抱いていた。
けれど、それは覆された。
モニター下部。機体の足元に居る女は、西条の三非人と呼ばれる人扱いされなかった西条家当主の不義の子だ。
当主の妻は知っていたものの、その三人は正式には西条家の人間ではない。血縁があるだけの実験体のような扱いであり、けれど今の西条家が存続しているのも三非人が結果的に壁としての役割を全うしていたからである。
この場に参戦を許した覚えは無い。
美鈴が最後に確認した限りでも彼女が参加するような情報は無かった筈である。にも関わらず三非人の一人はそこに居て、しかも手に持つ刃毀れの激しい刃を一二三に突き付けた。
「お前は今日、此処には居ない筈だ。 命令をしたとしても素直に聞きもしないのに、どうして此処に居る」
「――なに、思った以上に長生きできたもんでさ。 もっかい挨拶に出向こうと思ってたんだよね」
「挨拶?」
「そ、私の旦那。 未来の統治者様だよ。 本人は嫌だ嫌だって言ってたけどね」
事もなげに語るが、それが誰であるのかなど美鈴にも一二三にも想像がついた。
未来の統治者。それが意味するのは即ち、現在生産装置の全ての権限を握っている桜・俊樹そのもの。
何処で会ったのだと一二三は訝しがる。三非人であれば勝手に行動していても不思議ではないが、内戦に近い状態だったから少し前の四家から彼女が抜けていたという情報は一切入っていない。
美鈴としてもそれは一緒だ。何となく旦那という部分にも意識が向いたが、それよりも確認しなければならないことがある。
「会って、どうするのですか?」
「だから挨拶だって。 まぁ、ついでに他の二人も誘って向こうに住もうとは思ってるけど」
「お前……ッ」
一二三が激怒を滲ませる。
彼女の発言はつまるところ、四家と敵対状態になるということを指す。このただでさえ荒れ狂う状況で、更に混沌を投下しようというのだ。
許せるものではないし、絶対に阻止しなければならない。
彼の声を聞き、若草の瞳は悦に染まる。口角を妖しく曲げ、妖怪めいた格好で一二三を下に見た。
「あそこを攻め落とすのが君達の目的だったんでしょ? ……なら、私達としてはこれを阻止しないといけないねぇ。 じゃないと、君達が苦しんでくれない」
「解っているのか! 此処であの施設を占領出来ないということは、即ち我々の未来も無くなりかねないということだ。 あそこで何が行われているかは不明であれど、先ず我々にとって不利になるに違いない。 四家の力が完全に喪失するのだぞ!?」
「もう無いようなものでしょ。 それにぃ? 私は四家を滅ぼしたくて滅ぼしたくてうずうずしていたんだ。 こんな素晴らしい舞台を整えてくれたあの人には、一生を捧げたいくらい感謝しているよ」
怪しく、妖しく、そして悍ましく。
その目に理性の光は無い。己の目的が為、理想が為に狂気の沼に髪先まで浸かる。
これこそが非人のあるべき姿。無道を歩み、常識を放棄して突き進む様に人間性などまったく感じ取れない。
こうして会話が出来るだけでも奇跡的だ。それが恐ろしいことに後二人は居る――――一二三はそれを失念していた。
頭上から殺意。空気を斬る音を耳で察知した彼は、滑るような動作で安全圏へと退避する。
瞬間に落下した存在は地面を砕く勢いで着地し、土煙を上げながらゆらりと幽鬼の如くに立ち上がった。
「おーい、話は終わったかーい」
のんびりとした女の声が辺りに鳴る。戦場に似つかわしくない穏やかな声は、逆に異常性を際立たせた。
美鈴の背筋に怖気が走る。相手は何も発していないのに、本能的な部分がひたすらに逃走を選択させた。
煙が晴れた先に居るのは、二人の女。
片方は身の丈を超える太刀を肩に担ぎ、もう片方は両手に小刀を握っている。
各々の恰好は古めかしく、太刀を担いだ女は武者風で小刀を握っている女は忍者装束に身を包んでいた。
武者も忍者も髪は銀で、一房だけ黒に染まっている。それが唯一の人間らしさを持っているようで、故にそれ以外の全てが人間らしくない。
「終わったんならさっさと行こうぜ。 あっちの方が厳しいってんだろ?」
「厳しいって言っても戦力としては寧ろこっちが不利だけどね。 まぁでも、あっちは最高戦力を表には出したくはないだろうから重宝される筈だよ」
「……お前の誘いに今回は乗っているが、我々を納得させられぬなら殺すぞ。 良いな?」
「あはは、勿論。 ――でも勝てるとは考えない方が良いよ」
女武者は声が大きく、逆に女忍者の声は小さい。
双方共に戦場に居るには落ち着き過ぎて、幾度もの戦場を乗り切った貫禄のようなものが出ている。同時に、化生を思わせる独特な感覚が一二三と美鈴を襲った。
西条家でどんな実験が繰り広げられていたかは、各家の当主を含めた極少数しか知らない。
知っていたとしても西条の当主が責任を持つのならと無視され、半ば情報を探ることもされなかった。
であればこそ、どんな風に成長すれば人間らしさをここまで排除することが出来るのかと戦慄が湧き起こる。正に現代版の怪獣に遭遇したような気持ちで、レバーを握る美鈴の手は明らかに震えていた。
「んぉ? そこにいらっしゃるのは渡辺の次期当主の方じゃあーりませんか。 こんな場所で指示出しをしないで良いんですかぁ?」
「お前達を放置する方が危険だろう。 それに、他に指示を出せない人間が居ない訳ではない。 目的も共有化しているしな」
「その割には足を止められているようだな。 ……向こうの者達が頑張っているのか、それとも此方の質が悪過ぎるのか。 我々にとってはどちらでも構いはしないが」
煽り、指摘し、一二三は胸に確かな不快感を蓄積させていく。
指示出しが出来ないのは予定外の人員が居るからであるし、そもそもの裏切りが発生しなければ被害が拡大することもなかった。
それを言ったところで三人は一二三を貶すだけだろう。三非人は四家を嫌っているのだから。
ならば、彼がしなければならないのは一つだけ。
意識を研ぎ澄まし、余計な雑念の一切を排除する。
「言いたいことは終えたな? 今此処で、お前達を処刑する」
「やってみせろよ、糞男」
一二三の宣誓に、女武者が歯を剥き出しにしながら挑発した。
向かってくるのなら構いはしない。向こうに行くのが目的だったが、手土産の一つくらいは用意しておくべきだろう。
若草の少女の想い人の下に向かうのだ。少なくとも、仲良くなりたい者に対しては最低限の礼儀はしよう。
それが身内で出来る精一杯の応援だ。武者は内心で結論付け、喜々としてその目を濃緑に変えたのだった。




