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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【百点】少数軍勢

 何かを変えるというのは、規模によって困難の度合いが大きく変わる。

 個人の範疇であれば比較的簡単であり、世界にまで影響を齎すのであれば不可能の域にまで難易度は引き上げられるだろう。

 人は変われるとよく言われる。己のやった事によって社会を変えることは出来ると謳う者も居る。

 それは正しいようで、あまり正しくはない。

 断じることは出来ないのだ、この二つは。そうなるかもしれない程度で、変化に皆が気付けば万々歳である。気付かれない確率の方が高く、故に変化とは困難と表現されるのだ。

 ――であれば、あの場にて別離を選んだ女の意思の変化を男は気付くことが出来ただろうか。

 恋愛関係に無い。ましてや友人関係と呼ぶ程でもない。仕事の都合で顔を合わせているだけの関係の男が、彼女の変化に気付ける道理などあるのか。

 

「……ッ、!!」


 女――早乙女・美鈴は狭いコックピットの中で目を覚ました。

 全身に走った激痛は全て打撲によるもので、骨折や切断時の熱さは無い。眉を顰めながらも衝撃吸収スーツと呼ばれる灰色の密着型の服の状態を流し見て、次いで外の状態はどうかと操作盤に手を伸ばす。

 駆動音が鳴る。画面に表示されるモニターに欠けは無く、カメラが生きているのは明らかだ。

 けれども、周辺の状態は先程から一変していた。

 無数の草花は吹き飛び、欠損した死体が身動ぎもせずにそこに居る。音を拾えば、傭兵達の悲鳴があちらこちらから聞こえていた。

 草の中には未だ燃えている部分もある。そちらになるべく接近しないようにしつつ、レバーを操作して機体を立たせた。


 彼女のARは現在、企業から提供された量産機と同じ見た目をしている。

 ただし内部は完全に別物であり、性能差では此方に軍配が上がるだろう。四家の技術者による緊急改修によって耐久性は向上し、内部に設置されていた自爆用の火薬も全て抜いている。

 身長三m。巨大な体躯に異常を知らせる信号は無く、周りには自爆して上半身が吹き飛んだ機体のパーツが散乱している。

 戦いが始まっていないにも関わらず、AR達は自爆した。その理由を察せられない程彼女は馬鹿ではない。


「こんな序盤にいきなり自爆させられる者は……あの人ではないでしょうね」


 桜・俊樹は向こうにとって最重要の人物だ。

 少なくとも前線に出て来るとも思えず、考えられるとすれば別の人物。離反したと判断された渡辺家の人間が機体の操縦権を奪い、一気に自爆させたのだろう。

 事前の渡辺家からの調査によると、彼は立場としては弱かった。それは学生である美鈴や真琴よりも低く、よく下位の人間と共に創炎使用者がしないような汚い仕事をさせていたらしい。

 他に離反した者も彼と行動を共にした部下達だ。離反した理由など容易に頭に浮かぶ。

 これが彼なりの復讐であり、反逆であるのは瞭然。創炎を使える者が他に敵に回る状況は厄介であり、更に美鈴は明確に敵対行動に出た。


 この自爆による被害は元から大きかったのだろうが、それをより拡大させたのは美鈴が突発的な行動に出たからだ。

 事実を理解しつつ、それでも彼女の足が止まることはない。何よりも先ずは、此方が彼等の敵ではないことを証明しなければならないのだ。

 彼女に味方は居ない。愚かにも一人で決断し、一人で行動することを選んだ。

 

「――美鈴、お前も裏切るのか」


 常時音を拾い続けたマイクは、若い男の声も捉えた。

 咄嗟に顔をそちらに向ける。モニター下部の地面には一人の甚平姿の男が存在し、彼は苦々しい表情を浮かべながらその手に一本の刀を握っている。

 渡辺家次期当主。渡辺・一二三。

 今年で二十五を迎える若い男は、将来的には彼女の夫となる人物だ。

 

「いいえ、と言っても何も言い訳にはなりませんね。 先程の行動こそが全てです」


「何故だ。 少なくとも、君が不満を覚えることは無かった筈だろう」


 渡辺・一二三は婚約者である美鈴の目から見ても誠実な人間であった。

 元来、渡辺家は中立を謳っている。人間と非人間の天秤として行動し、度々西条家にも抗議をしたり罰則を与えていた。

 ヴァーテックスの管理を一時的に任せられたのも中立であったからだ。その為、人間性の腐敗も進み辛い傾向になる。

 とはいえ人間的な冷酷さは加速している。それは社会では優位になれるも、人間関係という意味では致命的な欠陥だ。

 しかして、その中でも一二三という男は特に普通の人間に寄っていた。

 常識的な善悪を持ち、その上で渡辺を背負う者としての重圧に耐えている。創炎の出力も高く、言ってしまえば最も安定している次期当主だろう。


「不満? ……不満だらけでしたよ、この生活は。 貴方とてそれは解っている筈」


「……確かに、彼等のやったことは悪だ。 渡辺の家として断罪すべき巨悪であるとも認識している。 だからこそ、私の代でこの流れを断ち切るつもりだ」


 一二三の語る言葉は真実であり、己の抱く理想も正しい。

 人であるが故の善性。それを取り戻す為に、一二三は渡辺の権力を使って全てを裁くつもりなのだろう。

 中立の天秤から冷酷性が抜け、代わりに与えられるのは優しさだ。

 四家に対する優しさではなく、世界に対する優しさでもって四家を断罪する。もう一度、まともだった家に戻す為に。

 その志は大変に素晴らしい。もっと無垢な時代に二人が出会っていたら、彼女は一二三の思想に染まっていた。

 けれど、だからこそ今の美鈴と彼の思想は相性が悪い。

 

「君にとっても過ごし易い四家に戻してみせる。 例えどれだけの時間が掛かろうともだ」


「――いいえ、無理でしょうね。 私はあの家に居る限り幸福になることは出来ません」


 彼が語るのは理想で、結局は可能性の話だ。美鈴が求めているのは確定であって、四家に属している一二三が理想を語る時点で信用など置ける筈もない。

 それを求めるのなら、何故今行動に移さない。どうしてこの段階で何処かと繋がりを持とうとしないのだ。

 一二三は二十も半ばに到達している。一社会人として既に活動し、彼の周りには大小様々な繋がりがある。

 それを使って何かをしようとしなかったのか。実績もある彼ならば、正式な制裁に現当主が乗り出せる機会もあっただろう。

 パワーバランスが故か、明確な証拠を手に出来なかったが故か。

 どちらにせよ、四家を処刑した実績は一二三には無い。そんな男に、美鈴がどうして信用を置けるのだろう。


「止めたいのでしたらご自由に。 けれど、私は全力で抗わせていただきます」


「……君が被害を拡大させたのは明白だ」


 刀を構える。男の相貌に覚悟の二字が浮かび、その様をコックピット内で美鈴は冷ややかに見つめた。

 結局、彼もそうするのだ。如何に誠実で、覚悟があっても、最後には大事なモノを切り捨てることを選ぶ。

 第一に己。現状を変えたいのもこの状況が不快なだけで、おかしくも納得出来る内容であれば彼は手を出さなかったに違いない。

 ――ああ、こんな男に付いて行こうとしなくて良かった。


「殺しはしない。 捕まえて部下に本家に戻してもらう」


「威勢が良いのは結構ですが――最初から私は戦うなどとは言っていませんよ」


「なに?」


 瞬間、一二三はその場から横に転がった。

 突撃する刃。彼の真横から飛来した刀は一二三を通過し、美鈴の乗るARにぶつかり宙を舞う。

 横に空いた隙間を一陣の風が過ぎ去り、落ちる刀を握って軽やかに着地する。

 それは女だった。黒の襤褸布を纏う、裸足の女だ。手に持つ刃は刃毀れが目立ち、とてもではないが手入れをされているようには見受けられない。

 けれど、決して切れないとは思わせない迫力があった。それは刃自体が鮮血を滴らせていたこともあるし、両者が見たことがあったからだ。

 

「やーやー我こそはってのは古いかな?」


 フードに包まれた顔を露出させる。

 若草の瞳を輝かせる少女は、狂気的な悦楽を隠すことなく戦場に現れた。

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