【九十八点】ボーイ&ガール
「まさか俺達の代でこんなことになるなんてな……」
渡辺・真琴は山の中を歩いていた。
隣には無言で歩む早乙女・美鈴の姿が有り、二人の間に流れる空気は決して甘酸っぱいものではない。
二人は基本的に部外者のように扱われた。未だ業務に携わっていない立場として四家同士の詳しい話し合いには参加せず、終わった情報だけを二人は知ることになる。
現状、彼等が俊樹を手にする為には障害が多い。組織で言えばヴァーテックスが、個人で言えば女帝が俊樹の前で防壁として機能している。
四家としては、特に渡辺家は女帝と事を構えたくはない。彼女の強さは折り紙付きで、言ってしまえば負けは必然だ。
今を生きている世代の中に怪獣と戦った経験を持つ者は居ない。五百年前から現れていないのだから当たり前だが、その差は如実に表れている。
「結局、ウチは他三家に押される形で参戦だってよ。 実際、中立を貫こうとするには生産装置による権威は必要だ。 土台が無い状態で中立を主張したとしても、誰も話は聞かないし潰されるだけだろう」
「…………」
「……どうかしたのか?」
疑問符を浮かべながら、真琴は彼女の様子の不自然さを尋ねる。
美鈴は前を向きながら無言だった。その目は景色を見ているようでそうではなく、彼女は過去に目を向けている。
中国から日本に戻った際、彼女は当主である祖母と話をした。
自分には仲良くなるようにしろと言いながら、実際は彼の本質を見抜こうとしていたのだ。
結果として彼と仲良くなることは不可能だと断じ、四肢を切り落としてでも捕縛し連れて来ることになった。美鈴にも当然ながら協力することを強制させられ、決められない彼女は考える時間を貰って結論を遠ざけた。
「前々から思っていたことがあります」
無言で歩く中、不意に彼女は呟くように言葉を発した。
足首に届く程の群青のスカートを揺らし、白いブラウスが女性らしさを強調させ、彼女は疑問を顔に張り付けた真琴と視線をぶつける。
おかしいという感情は遥か前より抱いていた。そもそも彼女は今の四家を嫌い、可能なら関係を絶ちたいと考えていた身である。
その思考は現在も健在であり、寧ろそれは増していた。最早直ぐにでも姿を消したい程で、しかしそれが成功する筈も無いことを知っている。
追われ続けて消されるか、洗脳でもされて使い潰されるか。兎に角碌でもない末路を辿るのは必至で、故にこうして嫌々ながらも此処に居る。
そして、彼女があれやこれやと思考している間にも俊樹は動いた。
動いて動いて、彼等は今旧生産拠点に居る。その理由は定かではないものの、数少ない四家が管理していない英雄所縁の地だ。そこに英雄が赴くとなれば、何かあると思うのは必然。
彼等がヴァーテックスと強い繋がりを有しているのは解っている。現在を全て知ることが出来れば、あの地に何も無いとも理解している筈だ。
隠された何かがあると四家は判断した。重装部隊が動いているとも報告を受け、それだけの戦力が動員されたのであれば確定と皆は思っている。
「私達、何かやりましたか?」
「何か……何かか」
「貴方は最初の引き金を押しました。 私も彼が鳴滝の家から逃げる際に立ち塞がりました。 ですがそれ以降、我々は我々の意思で行動しましたか?」
「それは……無いな」
真琴は過去を振り返り、彼女の言葉が間違いではないことを肯定する。
自分から何かを起こす。四家であれば酷く当たり前の行動を、この二人はしていない。
数少ない未成年であることもあるが、親達は積極的に二人を戦いに赴かせなかった。
それは二人を心配していたから――――などという愛情めいたものではない。
この二人は共に創炎を使えるにしても、技量も経験も不足し過ぎている。何より彼等の不始末が親の責任にもなりかねない状態で重い役目を与える訳にもいかない。
勝手に下剋上でも企てようものなら処分するが、そうしない限りは温い仕事をさせておく。
それによって間接的に関わらせつつ、直接的な戦いには引き出さないのだ。
全ては四家全員が決めていること。
芽のある子供は生かしたいもので、有望であればある程に死の危険が特に高い仕事には成人者を宛がうのだ。
来年になれば彼等も今よりずっと危険な仕事を任せられることもあるだろう。その時になって漸く二人は選択肢の幅が多くなる。
二人はそれを解っている。解っているが、納得はしていない。結局のところ、この話の中に二人の意思は混ざっていないのだから。
「私はこんな場所に居たくなどありません。 こんな、こんな何時までも過去の栄光に張り付いて倫理に背き続ける者達と同じ家に住みたくもありません」
「……今から逃げるのか」
「いいえ、それが不可能であることは知っています。 ですので、私は彼等に死んでもらおうと思っています」
「どうやって。 解っているとは思うが、今生きている面子だけでもお前を殺すのは容易い。 まともに戦わないにせよ、隙は少ないぞ」
「それも承知しています。 ですので、恰好の瞬間に叛逆させていただこうかと」
「――お前、まさか」
多数の企業との繋がりを利用し、金と装備を出させて即興の大軍を用意した。
狙うは旧生産拠点及び、桜・俊樹の確保。非常に困難であるが、彼を確保すれば英雄達も迂闊に手を出せない。
彼とて弱い訳ではないし、あちら側に付いた渡辺の人間も居る。
彼等を身内の恥であると真琴は思わない。実力主義であると言っても、格下に対しても一定の慈悲は与えるべきだ。
権威があるが故に仕事は多い。生産拠点を管理するにしても、一人二人で管理するよりも報告役などの人員を与えて一人当たりの仕事量を減らすべきだと彼は考えている。
機密を重視するのは良いが、それで一人の負担が増えては過労で倒れかねない。
創炎を使えば肉体的に頑健になれるものの、それは先延ばしにしただけだ。最終的に肉体が限界を迎えるのであれば、分業化は進めるべきだろう。
古い文化の全てを否定するつもりはない。けれど、新しい風は入れていくべきだ。
それはつまり、真琴自身も現状を良しとは思っていないことになる。このままを続けても最後には破滅するだけだと、彼女の言葉から自分なりに結論を出している。
真琴自身に必要なのは最後の一歩。勇気ある一足が進めば、彼女同様に己の理想へと加速していただろう。
「止めておけ。 あんな場所で叛逆を起こせばその場で処分される。 まだ生きていたいんだろ?」
「勿論です。 ……ですがそれ以上に、私はもうこんな暮らしを望んではおりません」
「俺が情報を漏洩させると思わないのか。 今から話せば、家の連中はお前を捕まえて部屋に閉じ込めておく筈だ」
「貴方は話しませんよ。 貴方がこの家の住人と同じ思考をしていれば、聞いた瞬間に有無を言わさず此処で殺そうとしていたでしょう? ――それに」
美鈴は一度目を閉じた。
そして開け、彼女の瞳から色が消える。寒さを抱かせる無の瞳は、人間味と呼ばれるものを悉く排除した。
「貴方は何をするにも勇気が足りない。 最後の線でどうしようかと悩み、悩んでいる間に機会が無くなって安堵する。 私を殺す機会があっても、貴方は悩んで通り過ぎるのを待つでしょう」
「――――」
鋭い刃が真琴に胸を貫いた。
咄嗟にそんなことはないと言おうとして、口からは何も言葉が出てこなかった。
反論の声が出なかったことに美鈴は何も返さない。踵を返し、己の目的の為に動き出す。
一人残された山道で、真琴は限界まで見開いた状態で静止していた。
頭を巡る言い訳の数々が彼女の言葉に対抗しようとして、けれど全てがまったく刃が立たずに崩れ去る。
渡辺・真琴には勇気が無かった。何をするにも親からの指示ありきの状態で、ついには美鈴から見捨てられる。
彼女は無の表情で言葉を送ったが、その内側には確かな侮蔑があっただろう。情けない男に付き合う女は居ないと、恐らく罵倒もされていただろう。
これが二人にとっての最後の会話となるのは明らかだった。




