9.攻撃魔法の無効化と、貴族の心得
「いや、ほら、大丈夫だって。さっきも言ったけど、痛いと思ったら模擬空間が消えて、実際の空間に戻されるから。痛みもない状態で」
「そうそう。それで模擬空間が消えて、もう同じことはやりたくないと思ったら、やらなければいいし」
「それに、どのくらいの実力を持っているか、本人が知らないとね!」
ノキアがあっけらかんというと、マグナイトとコロナが重ねて言う。
「ノキア…」
頭痛をこらえる様子でテイラーがノキアの肩に手を置き、警護部の二人も研究部の二人を下がらせようとする。
それを討伐部の二人が、にまにま見ていた。
ふうっとひとつ息をついたリリシアは、背筋を伸ばした。
「大丈夫よ、ガイス、エヴァン。ハンナもありがとう」
にっこりとした笑みを浮かべ、リリシアが一歩進み出る。
「しかし…」
振り返ったエヴァンは、リリシアの瞳を見て、
「…かしこまりました」
素直に引き下がる。
仕方がないのでガイスとハンナも元の位置に戻った。
「じゃあ、ちょっとこちらから攻撃魔法をあてに行くね。できたらその攻撃を消すイメージを持って。無理ならそのままやってくる魔法を触ってみて」
にこやかに告げながら、テイラーの手を振り払ったノキアは、少し離れて、リリシアに正対した。その左右に、ちゃっかりマグナイトとコロナもいる。
「じゃあ、さっきのように次々行くよ。威力の弱いものから、だんだん上げていこう。まずは【水】」
ノキアはそう告げると、すぐに水弾を発動した。
リリシアは言われていたように、手を上げ、それを消すイメージ。”練習“と同じイメージをすると、すぐに水弾は消えた。
「【火弾】」
隣でコロナが火弾を発動する。
「【砂塊】
マグナイトが地属性魔法を発動する。
「【風】」
ノキアのつぶやきで空気刃が発動する。
次々と現れるそれに、ふたつ目からは、すでにリリシアは手をまっすぐ前に伸ばした状態のまま、動かなくなった。
だいたい、嬉々とした3人で次々と仕掛けてくるのだ。こちらから発動する暇などない。
そのかわり、まっすぐ飛ばしてくれるので、手のひらにそのまま当たってそのまま消える。
「うん、さすがにこれ以上は範囲魔法になるからやめるか」
地・水・風・火の上級単体魔法まで試し終えたノキアが、残念そうに告げた。マグナイトとコロナも残念そうだが、テイラーと警護部の二人はほっとし様子。
「リリシア嬢の無効化の魔術は、結界のはられている上空まで届くし、範囲も結構ある。今、だるいとか立っているのがつらいとか、あるかい?」
「いいえ。平気ですわ」
ノキアの問いにリリシアはスッと手を下ろして答える。
「ちなみに、火とか水とかの属性魔法は、まったく発動しなかったんだよね?」
「ええ。ちょっぴり期待を込めて、全属性を試したことがありますが、ひとつも」
ふむと、頷いたノキアは、念のためリリシアにやってもらう。
しかし、まったく発動する気配がなかった。
「だいたいわかった。会議室に戻ろうか。休憩しながら所見を伝えようと思う」
「あ、ノキア様」
満足そうに告げたノキアを、リリシアは止める。
「ん?」
「この模擬空間の設定を、痛みを感じる程度にして、だいたい3名ほどまで痛みを感じたら解ける設定に、できます? ちょっと試したいことがありますので」
にっこりと微笑むリリシアに、「ああ、簡単だ」といいながら、ノキアが設定を変える。
リリシアはちらりと後ろを振り返り、それからノキアたちに歩み寄る。
「ちょっと失礼しますわね」
そういって、リリシアがノキアの体に触れた瞬間…
一瞬にして距離を詰めたガイスの剣が、ノキアを斬った。
「「え…」」
みなが目を丸くしている間に、えいっとリリシアはマグナイトとコロナに、魔術無効化を放っていた。
続いてザンとバラスにも。
ザシュッ…シュッ…
軽い音を立ててガイスの剣がマグナイトとコロナを斬ると、模擬空間が解け、味気のない空間へ。
「「………………」」
斬られた三人は地面へ横たわり、それ以外の面々は驚愕の表情のまま、リリシアを見る。
無効化の魔術を当てられたザンとバラスも固まっていた。
「ふふっ…貴族たるもの、恩も恨みも感謝も痛みも…返せる程度のうちに、返しておきませんと」
咲き誇る大輪のように艶やかな笑みを浮かべたリリシアに、マルフェデート帝国最強とうたわれる宮廷魔術師たちが、思わずぶるりと震えた。
ザンとバラスが当てられるだけだったのは、笑っただけだったからだらう。
スッといつの間にか剣をおさめたガイスは、リリシアの背後に戻っている。
「それに、ノキア様ほどの方に対しても、ふいうちなら魔術無効化が効くとわかり、よかったですわ。魔術無効化と、物理攻撃のセットはとても相性がいいようですし」
くすくすと鈴を転がすような笑い声を立てるリリシアに…
「「「……ごめんなさい」」」
思わずノキアとマグナイト、コロナが謝罪する。
「あら、何のことかしら」
ふふふっと無邪気な笑みを浮かべたリリシアに、歴史上数名しかいない『至高の魔力なし令嬢』までのし上がった手腕をみた気がした。
気を取り直して会議室に戻った面々は、それぞれ紅茶で一息つく。
珍しく、リリシアたちを除いた面々が、それはれは深い息をついていた。
「それで、リリシア嬢の魔力なのだが…」
やがて、ノキアが口を開く。
「魔力自体の大きさは、おおよそリリシア嬢の御父上…レイド殿と同じくらいだろうね」
「そうかなぁ」
ノキアの言葉に、コロナがつぶやき、マグナイトも首をひねっている。
「二人の言いたいことはわかるよ。だが…こう考えたら納得できるのではないかな。つまり…リリシア嬢の魔術はまるで…特化型だ」
ノキアの言葉に、少し驚いたような雰囲気や、納得の空気が流れる。
「…特化型…と申しますと、あの医師の方々の…?」
リリシアが首を傾げる。
「ああ。リリシア嬢は、治療師と医師の差を知っているかい?」
ノキアの問いに、リリシアはしばし考える。
「たしか…治療師の方は、医療魔法のほかに、属性魔法を使える方も多いです。ですが、効果は医師の方には劣る…。逆に医師の方々は、医療魔法はとても強く優れていらっしゃいますが、ほかの魔法は使えない…」
記憶にあることを告げれば、ノキアは頷く。
「その通り。その医師たちが、なぜ医療魔法しか使えないのかというと…一生ほかの魔術を使えない代わりに、医療魔法が強力になるように、とある制御魔法をかけているんだ。“制御魔法”というと、聞こえが悪いから、“儀式”という言われ方をしているがね」
「制御…」
聞いたことのない医師の魔術の裏側。
「医師がなぜ治療師より、薬師よりも待遇が良く、地位も高いのか…」
ノキアはリリシアを見つめてニヤリと笑う。
「…制御魔法によって、医療魔法以外の魔術が使えなくなるから。……たとえ、医師を辞めたくなっても、他の魔術が使えるようには、ならないから…ですか?」
その意図を察して言えば、ノキアは満足気に頷いた。
「だから、医師の数は少ない。もちろん、もともと高い水準の魔力や技術、知識がなければ“儀式”はうけられない。だがそれは、治療師になれるほどの実力があるなら、あと少し技量を磨く程度で受けられるものだ」
ノキアが説明する。
「治療師ならば、辞めたくなったら他の魔術を活用して生きていくこともできる。しかし、医師になるための制御魔法は、医療魔法以外の魔法回路を切断するような強力な魔術だ。2度と戻すことができない。それを覚悟の上で“儀式”を受け、医療に従事するからこそ、医師は少ないし、待遇は良くなる」
リリシアは、なるほど、と頷いた。
「しかしね、その効果は劇的だ。“儀式”を受ければ、治療師の頃に使っていた、医療魔法、それに他の魔術を使っていた魔力…それらを全て合わせて、軽く倍にした程度の威力で医療魔法が使えるようになる。魔力増強の魔導具を使う程度の話じゃない」
ノキアは、それは楽しそうな満面の笑みを浮かべてリリシアを見る。
「リリシア嬢も、同じ状態だ」
ノキアの言葉に、なるほど、とばかりにマグナイトとコロナの瞳が輝く。
「魔力自体はレイド殿と同じ程度かもしれない。しかし、リリシア嬢は『無効化の魔術』以外は全く使えない。無属性魔法も使えないことから、恐らくそれは医療魔法と同じ状態。他の魔術回路が強制的に切断されているんだ。だからこそ、凄まじい威力を持っている。きちんと学んだこともないのに、宮廷魔術師が数名で張り巡らせる結界に綻びを作るほどに。そして…宮廷魔術師の上層部の魔術すら、無効化するほどに」
「しかも、今はまだ、きちんと学んだこともない状態…」
「さらに…これから魔術を学んだら、どうなるだろうね?」
ノキアに続いて、コロナとマグナイトも身を乗り出す。
その瞳が揃って実験用魔物を見るような光を帯びていて、リリシアはひくりと笑みをひきつらせる。
だが、こほんと空咳をして表情を整えると、まっすぐにノキアを見る。
「ノキア様、どうして、わたくしがそのような状態になったのか、おわかりになりますか? 予測で構いませんので」
「そうだね…」
リリシアの問いに、ノキアがまぶたを閉ざす。
「証明はできないが、恐らく…じかに見たことはないが、話を聞く限りでは、リリシア嬢の上のご兄弟は、レイド殿並みの魔力をもっているんだよね?」
「ええ。父の年齢の頃には、同じ程度か、より強い魔力になるだろうと、兄も姉も言われておりますわ」
「ということは、子どもの頃も、ある程度、強い魔力だったはずだ。赤ん坊がその魔力2人分から身を守るのは、通常ならば不可能。赤ん坊の状態で多少魔力があっても、2人分の魔術を無効化するのもね。しかし…無効化の魔術に特化して、それ以外の神経回路を捨てれば…倍以上になった魔力で、防げた。だから、リリシア嬢は無傷だった」
「…よく、理解しましたわ。ありがとうございます」
ノキアの言葉に、リリシアはにっこりと笑った。
心なしかひんやりとした空気に、スッとダグラスが侍女に視線を向けた。
心得た侍女たちがささっと動き、全員に温かい紅茶を入れ直す。
「今から勉強は必要だけど、魔力の強さではこちらから証明書を発行できるから、学院に編入しようと思えばできる。しかし、特化型となると、特別授業になるだろうね。だがオススメは…」
ノキアの顔が輝く。
「魔術省に宮廷魔術師の見習いとして所属して、実践しつつ学ぶことかな! そうすれば、豊富な経験を持つこの国のトップ魔術師たちが、リリシア嬢に1番合った訓練方法なども見つけられる」
ノキアの言葉はまさにその通りなのだろうが、心から楽しそうなその様子が、やはり実験用魔物を前にしているようにしか見えない。
激しく頷いているマグナイトとコロナの顔にも“いろいろ調べたくてたまらない”と書いてある。
「父にも相談して決めますわ。念のため、先ほどおっしゃっていた証明書をお願いしてもよろしいかしら?」
リリシアはその言葉の意図を無視して、にっこりと微笑む。
美しい笑みのはずなのに、無言の圧力を感じる。
「…あぁ、わかったよ」
ノキアが圧されつつも、仕方なさそうに頷く。
テイラーがスッと隣から書類一式を取り出し、ノキアの前に置いた。
「それから、もう1つお願いがあるのですが」
「ん? 何だい?」
サラサラと書類にペンを走らせながら、ノキアがリリシアに応える。
「可能ならば、どの程度の魔術師の方ならば、私の魔力を把握できるのかも、その証明書に加えて頂きたいですわ」
リリシアの言葉にノキアがピタリとペンを止め、顔を上げる。
「わたくしが3歳の頃の誕生日…魔力測定には、宮廷魔術師の方も2名ほど参加なさっていました。しかし、その方たちは、わたくしの魔力を見ることができず、魔力がないと認定されて、わたくしはこの歳まで過ごしてきましたわ」
リリシアの瞳は、一瞬だけ複雑な感情をよぎらせる。
「たとえ、こちらの証明書があったところで、例えば学園で、誰もわたくしの魔力を見ることができないのなら、疑いがでてきます。やっぱり、リリシア・フォン・ササラナイトは『魔力なし』なのではないか、と」
まっすぐにノキアを見つめて、リリシアは告げる。
「ですが、宮廷魔術師の方ですら、一部の方を除いて、わたくしの魔力を見ることができないと証明されているのなら、話は別ですわ」
「なるほど」
ノキアは納得し、テイラーを見た。頷いたテイラーは、一礼して部屋を出て行く。
すぐに手配されるのだろう。
ノキアの書いていた証明書は、ふわりと浮いてザンのもとへと。ザンもそれに魔法署名を書く。
その様子を、リリシアはにこにこと見守っていた。
旅先での更新です。やはり、パソコンで打つのと違って、入力が遅い…
昨日更新のはずが、今日になりました。
お待たせした方、すみません、