6.リリシアと、もう一人の母
前回の更新が遅くなったので、ちょっと頑張ってみました。
リリシアはティグナの別邸の庭園で、優雅にアフタヌーンティを楽しんでいた。色とりどりの花の咲き誇り、目にも鮮やかだ。
咲き誇る花もすっかり秋のものに変わり、木々を飾る葉が色づき始めている。
日差しに暑さは残るものの、庭園にしつらえられた四阿のほどよい影の中、ときおり吹く風は涼を感じさせる。
彫りの美しい柱と、美しい八角形を描く屋根しかないが、その分広さを確保された四阿の中央には、繊細な模様を描くガーデンテーブルセット。テーブルの真ん中には、三段重ねのティースタンド。
一段目には軽食用のサンドイッチ、二段目には一口サイズのミートパイや、きつね色をした白身の揚げ物と、添えられたソース。一番上には、プチケーキやクッキーがフルーツに彩られて並び、テーブルの上にも花を咲かせている。
「リリシアは優しいわね」
リリシアの向かいで、ふふっと艶やかな笑みを見せるダイアナ。レイドの第二婦人で、ルディアの生みの母だ。
豊満な身体に、蠱惑的な笑み。咲き誇る花に劣らぬ、ローズブロンドの髪に、ルビーのような輝きを秘めた瞳。
鮮やかすぎる色合いに苛烈さを思わせるが、今はただ、その瞳は柔らかくとろけ、母性を感じさせる雰囲気をまとっている。
「そうでしょうか? 一度に対価をいただくのではなく、ゆっくりと末永く…一度にいただくよりもたくさんの対価を得ることができますわ」
くすくすとリリシアが微笑む。
「ちゃんと考えているわね。さすがよ、リリシア。でも…それでも今回の対価には安いと思うわ」
ダイアナは肩をすくめる。
「お義母様とお姉様のご指導のたまものですわ。それに…対価もこれでちょうどいいのです。お姉様にはいろいろと教わったご恩がありますし、お兄様はこちらから言わずとも求める以上のものを下さるはずです。問題ありませんわ」
リリシアはにっこりと無邪気にほほ笑んだ。
実の母・アマリアがリリシアの元を去ってから、急激にダイアナとリリシアの距離は近づいた。
それは単に、ダイアナが母親代わりというだけでなく、お互いに利になるからこそ、関係は強い。
実母に定期的に誘われるお茶会は、理由をつけて断ることも多いリリシアだが、その一方で、ダイアナとはよくお茶をしていた。
貴族にとって母親がいない状態は、何かと社交で不利になる。
流行のドレス、社交のマナー、貴族の言葉に隠された裏側。それはどれも家庭教師から学べるし、侍女たちもある程度は把握している。
しかし、移り変わるその情報を最新の状態で得ているのが、社交界に身を置く貴族本人だ。
それを、何の指導もなく一から自分で学び取るのと、母親の指導のもと学び取るのでは、学習に大きな差が出る。
その点、リリシアは、実母が寄り付かなくなってから、ずっとダイアナに“貴族の心得”を教わってきた。
それだけでなく、男親には相談しづらい女特有の体のことも、侍女から事務的にではなく、母の立場のダイアナから教わった。
だから、リリシアの中での“母親”としての位置付けも信頼も、実母よりダイアナのほうが大きい。
リリシアの母・アマリアは、『魔力なしの娘』から離れるために、拠点を移した。
そのため、意図したわけではないが、第三婦人のティアーゼと同じ地にいることが増えた。同じ地にいれば言葉も交わす機会が増えるし、互いを暇つぶしの相手とする。
アマリアと同じく生粋の貴族として生まれ育ったティアーゼも、なぜレイドが魔力なし認定をされたリリシアを、養女に出さないのか不思議でならなかった。
そのせいでというのか、そのおかげでというのか、第一婦人・アマリアと、第三婦人・ティアーゼは意気投合し、仲良くなった。
一方の第二婦人・ダイアナは、母は子爵家の出身だったが、父親がもともとは庶子。魔力があったことで、のし上がり、ダイアナの母と結婚した。
元庶子の父親と、その父親を受け入れ愛した母に育てられたダイアナは、生粋の貴族の考え方が受け入れられなかった。もちろん母親に教育され、社交には問題ない程度ではあるが、その芯は、アマリアやティアーゼとあまりに違った。
自然と、第二婦人のダイアナが妻たちの中では孤立することになった。
レイドが普通の貴族で、ササラナイト家が普通の貴族の家庭だったなら、ダイアナはササラナイト家の中で力を失い、発言権が低くなっただろう。
しかし、レイドを当主とするササラナイト家は違った。
ことリリシアに関しては、レイドとダイアナの考え方が完全に一致した。
さらに、ダイアナに育てられたルディア、一緒に育って影響を受けたルイスも、レイドとダイアナの考え方に賛同し、リリシアを守る形となった。
考え方が同じ嫡子を含めた三人の子供と、第二婦人のダイアナ。
思考がまるで違う第一婦人と第三婦人と、いまだ頭角を現さないひとりの男児。
レイドがどちらにつくかは明白で、ササラナイト家においてダイアナの発言権は強まった。
おまけに、リリシアのいる地にレイドもダイアナも基本的にいたので、レイドが夜会の際にエスコートする妻も、自然とダイアナになることがほとんど。
それに伴い、アマリアとダイアナの社交界での地位も逆転した。
だから、リリシアとダイアナは、とても仲がいい。
お互いを高みに押し上げるために、ともに在り、ともに戦ってきた。
14歳になり思春期真っただ中のお年頃だが、実母ではないことがいい方へと作用して、リリシアは今もダイアナにならば、どんなことでも相談できる。
血のつながりのない人間のほうが、相談しやすいこともあるのだ。
同じ年頃の少女たちと比べものにならないほど、リリシアとダイアナはとてもいい関係を築いていた。
「そういえば、魔術省へおもむくのは、いつなの?」
「7日後ですわ」
ダイアナの問いに、リリシアが微笑む。
「あら、では、衣装を選ばなくてはね。魔力の検査もあるというのでしたら、いつもより動きやすい服装のほうがいいかもしれませんわね」
「ええ。皇城とはいえ、さすがにドレスでは行けませんし…一緒に選んで下さいますか?」
「もちろんよ」
こころよく頷いたダイアナとリリシアは、そのあとも、これからについて、楽しく語り合った。
ここまでは、リリシアを取り巻く家族のご紹介。
ルイスとルディアが支払うことになる“対価”は、そのうちわかります。
次のお話からは、いよいよ本当のリリシアが解き放たれるはず、笑