31.吸魔の腕輪の改造
「さて、先週の素材の話だが、結論から言うと、迷宮素材のベルゼバトルコウモリの皮がいい。効果だけを見ると、ひとつ足のワイバーンだが、コストが高すぎる」
「変異種ですからねぇ。その点、迷宮素材は、一定時間をおけば、復活する。ベルゼバトルコウモリは集団生活をしていますし」
ノキアの言葉に、マグナイトが、はは…と笑う。
「それに、アレストカゲやひとつ足のワイバーンよりも、腕輪やネックレスに加工するのにサイズも手ごろで、硬度もそれなり。加工に使う魔力もたいして必要としない。容易に加工できる点も評価できる」
職人の省のブラントライナーが告げる。
「この結果だと、部分的に…例えば、イヤリングやネックレスの飾りとして、ヤーディーナ大鷲の羽を取り入れると、相乗効果も期待できそうね」
コロナが資料を見ながらふふっと笑った。
「そうそう、イヤリングやネックレスの件だけど、この魔石を使えば、体の各部位で吸収した魔力を、使用するときだけ親魔石に集約できそうだ。各自の目の前に用意されている魔封箱に入っている」
ノキアが小さな魔石を複数個と、大きめの魔石をひとつテーブルに載せて告げると、全員がその箱に手を伸ばした。
あちらこちらで、息をのむ音が聞こえ、ノキア・マグナイト・コロナはにんまりと笑う。
「試しに小魔石に魔力を込めてくれ。属性は何でもいいし、無属性のただの魔力でも構わない」
ノキアの説明に、それぞれが慎重に、息を詰めるように真剣な顔で、小魔石に魔力を込めた。
小魔石が淡く光る。
「【半透過結界】」
ノキアがつぶやくと、全員の真ん中あたりに結界魔術が丸く浮かんだ。
「その結界に大きめの魔石を発動させて、魔術をぶつけてみてくれ。魔力を吸収して閉じ込めるように結界を作っているから、周囲に被害は及ばない。だが、今回は室内だから、ほんの少しの魔力にしてくれよ。こちらも属性は何でもいい。ただの無属性の魔力でも構わない」
ノキアの非常識な言葉に、ひくりと頬をひきつらせつつも、各自言われたように魔術を発動した。
様々な属性の魔術が、結界に向けて一斉に放たれる。
その様子を、全員があんぐりと口を開け、呆然と見ていた。
「どういうことだ…? 火の属性の魔力を使ったのに、雷魔術になったぞ…?」
「私は、無属性でファイヤーボールが発動しました」
「わたしなど、氷魔術だ。そもそも風も水の属性も持っていないのに」
「魔法陣が組み込まれているわけでもない」
「そもそも、この大きな魔石ならともかく、この小さな屑魔石に、魔法陣など組み込めるはずもない」
「いや、こちらの大きめの魔石には、魔法陣でも魔力でもなく、魔術が封じられているようだが…」
「それを言うなら、この屑魔石にすら、魔術が封じられているからこその効果では?」
ぽろぽろと感想が漏れる。
全員の目が、ノキアに注がれた。
「すごいよね。画期的だよね」
にんまりとノキアが笑う。
「私も大興奮して、いろいろ試しちゃったわ」
「まぁでも、今のところたった一人しかこのベースになる魔石を作り出すことはできないから、コストはその分かかるけど」
コロナはいたずらが成功した子どものような表情で告げ、満足げにマグナイトも告げる。
全員の視線が、ハッとしたように無言でただ控えていたリリシアに注がれた。
「例のポーションと同じで、原理の解明は全く進んでいない。だが、ひとまずリリシア嬢が元気でいる限り、このベースとなる魔石を生み出してくれる」
ほくほく顔のノキアの言葉に、ギラリと、獲物を狙う肉食獣のような視線が、リリシアに突き刺さる。
リリシアはふふっと涼しい顔で微笑みを浮かべて、全員の視線を流し、そのリリシアの肩にはポンッと大きな手がのせられた。
「魔術省の一部を除いて、父の許可がない限りは自由にこの魔石を生み出すことや、研究することが制限された。効果を見れば、その理由にも思い当たるだろう」
大きな手の持ち主、グリードのセリフに、うっと全員がひるむ。
「幸い、ノキア殿たちはその制限されない一部ということで、私の監督下、極秘でさらなる研究を進めることになっている。だから、今回のこの研究会では、問題なく新しい魔石の応用が可能だ」
研究結果だけしかもたらされないが、それでも最新の技術や最新の発見に目がない面々の顔には、次第に笑みが浮かんだ。
新素材を誰よりも早く扱える機会が、この『吸魔の腕輪』改良の研究会だと、誰もが認識したからだ。
「では、基本方針、素材、魔石の選定は完了ということで。あとは、職人の省を中心に、試作品が出来次第、次回の会議招集とお披露目で。もちろん、それまでの時間に各部署、各自、試したいことがあれば試作してもらい、次回、同時に披露も可能としよう」
ノキアの宣言で、会議終了が言い渡される。
「散会前にノキア殿」
魔法陣研究室の総合室長、ハストナーが、すかさず挙手する。
「ん? 何だい?」
「例の魔石は、試作品を作るなら職人の省でなくても、回して頂けるので?」
その一言に、しん…と、痛いほどに会議室が静まり返る。
「あー…そうだね。ただし、管理が義務付けられているから、どんな効果の魔石が欲しいか申請してもらえれば、必要数こちらで届けよう。判断はこちらで」
ノキアの言葉に、無言のまま拳を握る者、ニヤリと笑う者、ホクホク顔で何やらメモを取るものなど、反応は様々ながら、歓喜されている。
そっとリリシアがこめかみを指でおさえ、苦笑したグリードがぽんぽんっと労わるようにその肩を優しく叩いた。
◇◇◇
「…泳がせておいて平気か?」
ササラナイト家の馬車の紋が、はっきりわかる位置に来て、唐突にグリードが問う。
「ええ。今更この身に噂話のひとつやふたつ…。全くわたくしには影響ございませんわ」
主語も脈絡もないそのセリフに、戸惑うこともなくリリシアが答えた。
「ならば仕掛ける機会はこちらから」
ひとつ頷くと、グリードが告げる。
「あら、噛まれるおつもりで?」
「ああ。守れてこその…だ。それに、引き金の一端は私に」
「では、今回はお任せいたしますわ、パートナー様」
ふふふっと笑い、グリードがあえて口にしなかった“パートナー”呼びをするリリシア。
グリードからガイスにエスコートがうつされたリリシアは、馬車に乗る。
「…お手並み拝見…と言われたようにしか聞こえぬ」
去りゆく馬車を見送りつつ、グリードから溢れた言葉に、控えていた侍従はそっと目をそらした。
今更気付いたコロナの名前…
近日中に全話変更するかもしれません、汗