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30.不穏な動き

本日、別視点です。




 快晴に恵まれたその日、ホイスラーはいつものように、帝都の冒険者ギルドに駆け込んだ。

 冒険者ギルドの受付が開始したばかりの時間。ギリギリで、今日も無事掲示板の前を陣取ることができた。

 まだEランクのホイスラーにとって、割のいい依頼にありつけるかどうかが、そのまま生活水準を左右する。

 休日冒険者の連中と違って、他に生きる術を持たないホイスラーは、天の日だろうと、休むわけにはいかなかった。


 コツコツと依頼をこしてきたおかげで、もう少しでDランクになれる。

 Dランクの依頼を問題なくこなすためには、装備も一新しなければ、己の命が危険にさらされる。

 同業者に臆病だと笑われようと、ホイスラーは、準備を怠る気にはなれなかった。

 準備を怠って死んでいった連中を、嫌というほど見てきたから。

 だから、冒険者でありながら、ホイスラーは本当の意味での冒険はしない。自分の力量をわきまえ、分相応の依頼にしか手を出さない。

 運が悪いときは、駆け出しの連中向けの、単価の低い依頼にだって手を出す。

 そうやってホイスラーは、命をつないできたのだから。


 特に天の日は、一般の安息日でもあるため、冒険者も自主休業する者が多い。

 休日冒険者が増えるので、普段と雰囲気も少し変わる。

 だが、ホイスラーに言わせれば、こういうときこそ稼ぎ時だ。

 ギラギラとした依頼の取り合いも少ないので、慣れた専業冒険者のホイスラーにとっては、掲示板の前を陣取るのも簡単だし、依頼の取り合いも楽だ。

 代わりに、翌日の地の日を自主休業日にしている。

 休みなく動き続けるのは、疲労が蓄積して、効率が悪い。


 貼り出されるたびに依頼に素早く目を通し、これだと思う依頼をサッと手にする。

 依頼をしっかりと読み込んだ上で、競り負けないように、文章を読む速さも訓練して身につけた。

 だからこそ、派手な収入はないものの、割に合った、分相応の依頼を手に入れることができた。

 あとはこれに、少し下のランクで組み合わせてできそうな依頼を探す。

 新入りたちの邪魔にはならないような、かつ、休日冒険者には少し荷が勝つ微妙に割の悪い依頼を2つ。今日はこれで十分だ。

 割の悪い依頼でも、本命の依頼や、常時依頼と組み合わせれば、それほど厄介ではなくなる。

 これで今日も、温かいご飯と、宿屋にありつけるだろう。


 カウンターへと向かったホイスラーは、その時初めて、ギルドの中の静けさに気づいた。

 何だろう…と不思議に思うホイスラーの視界を、ハッと息をのむほど美しい少女が横切った。

 さらりと艶やかなミルクティー色の髪の毛が流れる。

 心なしか、馨しさがここまで届くようだ。

 凜とした姿勢を崩すことのない歩みは、優雅でありながら、よどむことはない。


(なぜこんな所にご令嬢が…)

 内心思ったとき、ようやくその令嬢が、冒険者の装備を身につけていることに気づいた。

 意識しなければ、ドレス姿を幻視してしまうほどの所作。


新人(ニュービー)か…? にしても、何であんな令嬢が…)

 その辺の庶民とは一線を画す所作。

 いくら冒険者の装備を纏っていても、薄汚れた様子もない服に、傷一つない装備は、このギルドでは浮いている。

 危険すぎる。

 そう思ったとき、ようやくホイスラーの視界に、彼女が可憐な笑みを向けた相手が映った。


 すらりとした長身。一見細身に見えるが、バランスよく鍛えられたことがよくわかるしっかりとした体格。

 がっしりとした、見てわかる鍛え方ではない。

 一見優美に見せながら、抜身の剣のような無駄のない鍛えられた足運び。

 嫉妬するのも馬鹿馬鹿しいほどに、精悍に整った顔立ち。

 あの可憐な令嬢の隣に並んで、あれほど見劣ることのない男は、そうそういない。


 男前に目を取られていたが、ふっと息をつき、努めて冷静に見れば、かの令嬢は決して無謀ではなかった。

 令嬢とエスコートをする男前を中心に、付き添いらしき若い女性と、護衛らしき若い男が付き従っている。

 それだけでなく、彼女たちを先導するのは、何度見てもその雰囲気にホイスラーが圧倒される、Aランク冒険者のガイスだ。

 ガイスを知らない者は、この帝都のギルドにはいないだろう。

 Sランク冒険者の有名人とは違うが、本業がありながら、コンスタントに冒険者としての成果を上げる実力。

 専業冒険者ならば、魔力が基準に満たなくても、Sランクになれるだろうと、誰もが噂をする。

 そのガイスが守りについているのなら、危険が彼女の身に迫ることはないだろう。


「いい加減、ちゃんとしたパーティ名を考えなければ…。リード様がいらっしゃるのは、これっきりではないでしょう?」

「ああ、もちろん。パートナーである私を置いて行こうとしても、そうはさせないさ、リリー。だが…私は別にこのままのパーティ名でも構わないと思っているよ」

「まぁ…」

 男前の言葉に、くすくすとリリーと呼ばれた令嬢が笑いながら、お付きらしい女性を見上げる。

「ですってよ、お姉ちゃん」

 いたすらっぽく見上げられた女性は、へにゃりと眉尻を下げ、困惑の様子。

 男前の護衛らしき若い男と視線を交わし、お互い諦めたように、肩をすくめた。


 “お姉ちゃん”と、令嬢は呼んだが、こちらの女性は周囲に目を配り、令嬢を気にかけている。“姉”のそれより、気の配り方や視線が、何かしらのプロだ。

 同じく若い男も、決して男前と周辺から意識を逸らさない。それに、確かに若い男の装備は使い込まれているが、身のこなしは冒険者ではなく騎士、それも、身辺警護のプロだろう。

 ホイスラーが勘付いたように、実力ある者は、付き人だとわかるだろう。

 幸か不幸か、天の日のため、見抜ける目を持つ者は少ないはずだ。

「先輩、今日はさすがに俺が御者台に…。ガイス先輩に手綱を握ってもらうなど、恐れ多くて…」

「気にするな。それも含めてリリーに雇われてるからな」

「そうよ。ガイスお兄ちゃんには、今日も先生役を頑張ってもらうんだから」

 ふふっと笑う令嬢を最後に、一行はギルドを去っていった。


 見とれていたホイスラーはハッとして、一行に皆が気を取られているすきに、空いているカウンターで、ササッと受付を済ませる。

 それにしても…あの(・・)ガイスと、あの令嬢の親しさは本物だ。

 額面通り“お兄ちゃん”ではなさそうだが…

 そう思っていると、受付が完了して、ライセンスが戻ってきた。

 ホイスラーの動きに、ようやく我に返ったギルドの空気が動き出している。

 こんなことを考えている場合ではない、と、手続きを終えたホイスラーは、一足先にギルドを出る。

 すでに例の令嬢一行は姿がない。


「そこの冒険者、ちょっといいかい?」

 いつものように、乗合馬車の乗降所へ向かうホイスラーに、声がかけられる。

 振り返れば、一見商人のような服を着ているが、立ち姿がこの辺りでは浮いている男の姿。

 もっといい出自…恐らく貴族の下働きであろうと思える姿勢の良さだ。

「何か御用ですか?」

 だからこそ、依頼人に対するように、口調を改めつつ、ホイスラーは男の呼ぶ道の端へ。


「先ほど、とても冒険者とも見えない令嬢が冒険者ギルドから出てきたと思うが…」

「あぁ、そうですね」

 例の一行か、と、ホイスラーは頷く。

 関係者だろうか…

 だとすれば、あの令嬢は、大店の令嬢どころか、貴族の令嬢の可能性もある。


「何をしてたか、見ていたかい?」

「いえ…でも、依頼を受けた様子もなかったので、おそらくパーティ登録に立ち寄ったんじゃないですか?」

「パーティ登録…?」

「えーと…一緒に組んで狩や採取に出掛けるメンバーをあらかじめギルドで登録しておくことです。パーティ登録をしておくことで、依頼品を納品したときに、実績や金額をギルドで均等に振り分けて納金などもしてくれるので、誰かと組んで行くときには便利なんですよ。もめごとも減らせますし」

 ホイスラーの言葉に、身なりのいい男はふむ、と頷く。

「これを…」

 男は、ホイスラーに、銀貨3枚を握らせる。

 恐らく、聞くことがまだあるのだろう。


「ということは、やはり、あのとても冒険者とは思えぬご令嬢も、狩や採取に向かったということかい? だが、依頼を受けた様子がないと、さきほど…」

「常時依頼といって、常に不足している品だったら、別に依頼を受けずとも納品できます。それ以外でも、実際に狩や採取に行ってから、ギルドに持ちこむことで、依頼に出ていなくても買い取ってもらえるものなどもありますし」

 そもそも冒険者の仕組みをよく理解していないらしい男に、ホイスラーは説明した。


「そうか…。彼女は…恋人にエスカレートされていたが…ギルド内でも?」

 外で見ていたらしいので、隠しても無意味だと、ホイスラーは頷く。

「ずっと見ていたわけではないですが、確かにエスコートされてましたね。恋人かどうかは知りませんが」

 たしか、パートナーと言っていたはずだ。いろんな取り方ができるので、二人の関係まではわからない。

 親しいのは間違いないだろうが。


「そうか…。ほかは、若い男女のお付きがそれぞれ1名ずつと、いかにも手練れの男か…。君はあの手練れを知っているかい?」

「ガイス殿のことですか? もちろん」

「ん? 有名人なのかい?」

 問われて、どうせこの男が誰に聞こうとも知るであろうことを吟味する。

「はい。ガイス殿は、この帝都の冒険者ギルドの常連であれば、知らない者はいないかと。専業ではないにも関わらず、常に一定の功績。Aランク冒険者の中でも、トップクラスの冒険者です。恐らく、専業冒険者だったら、今頃は帝国有数の冒険者で、爵位でも貰っていたと言われてますね」

 実際は爵位が面倒で、断ることで国ともめるのを嫌い、ガイスが貴族の護衛になる道を選んだことを、ホイスラーは確かな筋から聞いていた。

 だが、そこまで教える必要はない。


「…君は、あのご令嬢が、どこの誰だか知らないんだね?」

 問われるまま、頷く。

「…では、あのガイスという男の本業は知っているかい?」

「詳しくは知りませんが、どこかのお貴族様の護衛だと聞いたことがありますね」

 これも、常連には“知られている”ガイスの噂だ。

 ホイスラーの言葉に、男は軽く目を見はると、頷いた。


「いい情報だったよ」

 男はホイスラーに硬貨を握らせると、人の増えてきたギルド前を離れると、大きな通りへと消えた。

 ホイスラーが手の中を確認すれば、銀貨5枚。

 最初の分と合わせれば、銀貨8枚。

 思わず眉根が寄る。


 この程度の情報に、銀貨8枚。

 思った以上の大物なのかもしれない。

 空を仰ぎ、ため息とともに視線を落とし、頭をかく。

 これは今日の狩り場を変えなくてはいけない。

 先に情報を集めてから、依頼に向かうか…と、ホイスラーは頭をかきつつ、門を目指した。



◇◇◇



 6つ半を過ぎた頃、ホイスラーは、帝都の西門から少し離れた、街道の分かれ道で、採取してきた薬草を仕分けていた。

 馬車が近づくたびに御者台を確認し、目的の馬車でないと知れば、すぐに仕分けに戻る。

「あ…」

 それほど待つことなく、ホイスラーの待っていた馬車が現れた。

 初めて見る形の改造馬車だが、その御者台には、確かにホイスラーの知った顔。

 手早く仕分けていた薬草を皮袋に戻し、街道の中央に立って、ホイスラーは御者台に向かって大きく持っていた剣を鞘ごと振った。


 ホイスラーの目の前で、馬車が停まる。

「…Eランク冒険者のホイスラーです。ガイス殿とお連れの方にお伝えしておくべきことがあって、待っていました」

 ホイスラーが一礼すると、ガイスはスッと目を細めた。

「確か…帝都のギルドの常連だな。聞こうか」

 帝都に入る前がいいのだろうと、ガイスは軽く馬車の中に声をかけてから、ホイスラーに御者台に乗るように告げる。


 ホイスラーがガイスの隣に乗り込むと、後ろの座席が結界で覆われているのが見て取れた。やはり、普通の商家の者にしては警護が厳重だ。

 ぺこりとそこにいたご令嬢たちに頭を下げてから、ガイスに向き直る。

 ガイスが馬車を出した。

 こうして馬車を走らせながらの方が、他の人目や耳を気にせずに済む。


「で? 何を伝えたいと?」

 帝都の外壁に沿って馬車を走らせつつ、ガイスは問う。

「今朝、ガイス殿たちが帝都のギルドに立ち寄り、去った後、俺も依頼を受けてすぐに外に出ました」

 それから、貴族の下働きらしき男に、ギルド内でのガイスたちの様子を聞かれ、パーティ登録や依頼の受け方などについて話したことを打ち明ける。

「他に聞かれたことは?」

「ガイス殿のことを。帝都のギルド常連が知る範囲の噂を伝えています」

「というと、本業の護衛のことも?」

「はい。いずれ知られると思ったので、貴族の護衛をしているという噂がある、と」

 あとは、専業冒険者なら、爵位でも貰っているであろう実力のAランク冒険者であることも、伝えた、と。

「一部しか知らない、元騎士らしいことや、爵位を面倒なく断るために、本業を貴族の護衛に変えたらしいという噂は、あえて伝えていません」

 ガイスは前を向いたまま、一瞬目を細め、何かを考えた様子だが、ひとつ頷くと、さらに問う。


「その男は、リードではなく、リリーの方を気にしていたんだな? あっちの少女の方を」

「はい。あのご令嬢が誰か知っているか、と、問われたので。隣のご令息が恋人かどうかはわからない、とも伝えています」

「そうか。それから…何故、待ってまで俺に伝えようと?」

 ガイスが馬車の向きを変えつつ、ちらりと一瞬ホイスラーを見る。


「情報の対価が、大きすぎたのです。手付けで銀貨3枚、別れ際に銀貨5枚。合計銀貨8枚の情報にはとても思えず…」

 ホイスラーは困ったように眉根を下げる。

「見合わない情報料ということは、下男ですら、金銭感覚が違うということがひとつ。そして…俺にとっては何気ない情報でも、どうしても知りたい者がいる。その人たちは…俺の想定以上に、上の…お貴族様が関わっている可能性がある…」

 告げたホイスラーは、ため息をついた。

「今、何も問題なくとも、今回あちらさんにとって、有益な情報を提供した俺に()がないとも限らない。調べろと言われる可能性もある。何をどれだけ話していいのか…その判断なんかが、完全に俺の手に余ります」

 ガイスほどの冒険者なら別だが、ホイスラー程度の冒険者は、下手な手を打てば、どこぞの貴族様に消される可能性もある。


「いい判断だ。Eランク冒険者とは思えない発想だ」

「…よく、同ランク帯の常連連中に、冒険者らしくないと揶揄されます」

 ホイスラーは苦笑する。


「同ランク帯じゃ、そう言われるかもな。だが、気にするな。お前のその考え方は、もっと上のランク帯で、徐々に身につけていくものだ」

 様々に情報を仕入れ、情報の価値を分け、出すべき情報を変える。

 複合的に考え、先の手を読もうとする。

 そして、先に懸念があるならば、それを打開する策をあらかじめ打っておく。

 その感覚は、上のランクで痛い目に遭いながら、身につけていくもの。


「“海風喫茶”は、知ってるか?」

「はい。ギルドのそばの洒落た喫茶店ですね」

「ああ。そこに、今夜7つ半…は、難しいか…。8の鐘頃、来れるか?」

「大丈夫です」

「それから…今日の依頼、見せてみろ」

 ガイスに言われ、首を傾げつつも、ホイスラーはライセンスを見せる。

「達成できてないのは、角兎(ホーンラビット)3匹か? 他は?」

「それだけです。他は、帝都近辺でも何とかなるので」

 ガイスが頷いて馬車を停める。


「悪いが魔石は抜いてある。依頼には問題なかったな?」

 馬車の荷台に回り、積み上げられた“お肉”の状態の角兎(ホーンラビット)の脚を3匹まとめて、ガイスが縛る。それとは別に、3匹分の皮と角を袋に入れ、ホイスラーに差し出した。

「しかし、ガイス殿…明日また狩りに行けば良いので、これは…」

「通常なら、当日達成できるはずの依頼が達成できてないのは、先ほどの話をするためだろう? どこから話が漏れるかわからない。不信の種は消すべきだ」

 ガイスに言われ、ホイスラーは納得とともに受け取った。


「我々は別の門から入る。8の鐘に、“海風喫茶”で」

「はい。お待ちしています」

 ホイスラーが頷いたのを確認して、ガイスは御者台に戻り、すぐに馬車を出した。

 ホイスラーも、何事もなかった風を装って、角兎(ホーンラビット)を肩に担ぎ、いつの間にか戻ってきていた西門へと向かって歩き出したのだった。





久々の投稿です。

コロナの影響で、引っ越しも目処が立たなくなり、PCが貸し倉庫にしまわれたまま、いつ出せるのかわかりません(-_-;)

地味にスマホでポチポチすることにしました。

更新はかなりゆっくりになるかと思います。

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